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8. 白猫の妖獣の噂



 その晩、朔が熱を出したので、白梅はつきっきりで看病をした。

 汗が出れば丁寧に拭ってやり、彼女が呻いたら手を握って、呼吸が安定するまで、そばにいてやった。


 しばしば、朔の息使いは苦しげに荒くなり、呼吸が乱れていた。


(怪我が酷かったから……きっと怖い思いをしたんだろうな)


 そう白梅は考え、子守唄を口ずさんでいた。


「大地に根付く愛し子よ……花を追い、夢を追いかけ、風と共に舞い上がれ……」


 幼い頃に、村長に、よく歌ってもらったその唄を、白梅は懐かしく思いながら、丁寧に歌った。

 いつもより高い声は出せなかったが、今の声も新鮮で、我ながら、なかなか悪くないと感じる。


「真白の花に包まれて、あたたかなまどろみを……」


 この少女が、安心して眠れますように……

 そう、想いを込めて、優しい声で歌い続けた。


 そうしているうちに、日の出がはじまり、いつしか白梅は、寝床近くの床の上で、丸くなって眠りに落ちていた。



 ***



 早朝、白梅が目覚めて体を起こすと、股間に強烈な違和感があった。


 性別はまだ戻っておらず、白梅は、無意識に目線を下げそうになった。

 しかし、なんだかそこを見るのが恐ろしく感じたので、頭の中のごみ箱に、その違和感を放り投げて、勢いよく蓋を閉めた。


 そして立ち上がり、いつもどおり、何事もなかったかのように顔を洗った。


 顔を洗い終え、寝床を確認したところ、朔の姿が消えていた。


「朔、どこにいるの?」


 慌てて小屋の中を探すと、ふいに外から、ドサッという、地面に何かが叩きつけられるような、鈍い音が聞こえた。


 白梅が外に出ると、小屋から少し離れた場所に、朔が倒れていた。

 地面には、身体を引きずったような跡が、いくつもある。


 朔は、倒れたまま、項垂れているようだった。


 白梅に迷惑をかけまいとして、早朝に出ていこうとしたのだろうか?

 白梅は、項垂れたその姿を見て、なんだか健気だなと思った。


「まだ安静にしていようね」


 白梅は、朔に近寄り、優しく声をかけてから、軽々と体を抱き上げ、寝床に座らせた。


 朔は、どこか精気のない表情で、その場に座ったまま動かなかった。

 白梅は、調理場に向かい、ふたり分の朝餉の用意をすることにした。



 ***



「ご飯ができたよ!」


 白梅は、ふたり分の食事を用意して、調理場から戻ってきた。


「いただきます」


 昨日は、外で散策したため食べ物があり、村で調達した食材も豊富だったので、それなりに良いものを準備することができた。

 白梅は、料理の腕には多少自信があったが、朔がちゃんと食べてくれるかは不安だった。


 朔は、初めは少し警戒を示したものの、出された食事をゆっくりと食んで、完食した。


「美味しい」


 しかも、感想まで言ってくれた。

 白梅は、目を伏せながらそう言った朔の様子を見て、嬉しくなり、上機嫌で椀を片付けた。


 朔は、口数が少ないだけで、意外と素直な子なのかもしれないと思った。


 白梅も、恥ずかしがり屋な性格上、人と話す時は口数が少ないが、朔があまり話さないため、白梅の方がいつもより口数が増えていた。



 ***



 朔は基本的に、自分のことは自分でやりたがったので、白梅は、朔が自由に歩き回れるように、手頃な杖を用意して渡してやった。


 その他に、掃除や洗濯などの一通りの家事を終えた後、白梅は、午後の予定を考えていた。

 洗濯物がまだ乾いていないので、村に行って、替えの衣や、傷の手当て用の布などを調達することに決めた。


「この後、村に買い物に行くけど、何か欲しいものはある?」


 白梅が聞くと、朔は目を閉じて首を左右に振ったので、適当に必要そうなものを見計らうことにした。



 村で歩いていると、道行く人たちの会話が、聞こえてきた。


「ちょうどこの場所で、黒龍が暴れたって噂だ」

「三人倒れてたんだって? 全員昏睡状態らしいな」


 その場所は、先日に朔を襲った三人の人間を、白梅が運んだ場所だった。


(噂って、当てにならないものもあるんだね)


 白梅は、猫耳を隠しながら、そそくさと村を後にした。


 そして帰りがけに、木の実を取って、おやつに食べることにした。



 ***



 小屋に戻ると、朔が、寝床で座っていた。

 白梅は、朔の隣に腰掛け、先ほど採取した木の実を取り出した。


「私の好きな木の実なんだ。一緒に食べよう」


 朔に木の実を分けてあげながら、白梅は、その実を美味しくいただいた。


 朔は、いまだに白梅と目を合わせようとしなかった。

 それでも、目を伏せながら、隣に座って、木の実を一緒に食べていた。


 そうして、この日は無事に過ぎ去った。



 ***



 次の日の朝、白梅が目を覚ますと、また朔の姿が無かった。


「朔!」


 外に探しに出ると、朔は、小屋の近くで座りこんで、入り口の方を見ていた。

 足元には杖が転がっており、地面には、入り口に向かって体を引きずった跡がある。


 白梅は推測した。

 昨日は、朔が大きな音を立てて倒れたせいで、白梅に気づかれて、家に連れ戻されてしまったので、今日は休みながら、立ち去ろうとしたのではないだろうか。


「ほら、やっぱりまだ安静にしていないと」


 そう言って、そばに近寄ると、朔は力無げに目を閉じて、ふるふると首を軽く左右に振った。



 ***



 白梅は、朔を連れて小屋に戻ると、朝餉を用意し、ふたりで食べた。


 朔は、料理に入っているほとんどの食材を珍しがり、初めは警戒していた。


 白梅にとっては、あまり珍しい食材を使ってはいないはずなので、少し不思議に感じた。

 この周辺でも、普通に採れるものばかりだ。

 朔の実家は、偏食だったか、何かしらの事情があったのだろうか?


「これも食べたことないの?」

「ない」


 しかし、朔は好き嫌いをせずに、白梅の料理を全て食べてくれた。


 白梅は、朔に、珍しい食材や料理の話をした。

 基本的に、白梅が一方的に話すばかりで、朔は静かに聞いていたが、時折返事をしたり頷いたりして、しっかり話に耳をかたむけているようだった。



 ***



 白梅は、懐かしい小屋の中で、我に帰った。

 どうやら、自分は寝床に腰掛けており、近くの壁には、朔夜が腕を組みながら、寄りかかって立っていた。


 また記憶を、少し思い出したらしい。


「ここで起きたこと、少し思い出したよ」


 白梅がそう言うと、朔夜が腑に落ちたように、頷いた。


「そういえば昔、朔夜にそっくりな顔をした、朔って名前の女の子に会ったの。朔夜の家族か、親戚かな?」


 そう聞いたが、朔夜は目を伏せながら、


「いずれ思い出す」


 とだけ言い、それ以上は答えなかった。

 白梅は、それもそうかと思い、特に追求はしなかった。

 しかしやはり、その目を伏せた仕草は、どこか朔にそっくりだと感じた。


(朔は、今、元気なのかな……)



 不意に、小屋の外から、子供の鳴き声が聞こえてきた。

 恐らくその声の主は、この小屋から比較的、近い場所にいるようだった。


「誰かが近くで泣いてる……!」


 白梅は、その声が気になったので、小屋を出て、子供の鳴き声が聞こえる方向に、走り出した。


 声を頼りに、山道を進むと、人間の子どもが泣いていた。

 まわりに大人の姿はなく、一人きりでこの場にいるようだ。


 白梅は慌てて、子どもに近寄った。


「大丈夫?」


 白梅が、長い睫毛に彩られた目をパチパチと瞬きさせながら、声をかけると、


「おうちに帰りたい!」


 と、子どもは安堵したように、泣きじゃくりながら言った。


 そこへ、白梅を追っていた朔夜が辿り着き、冷たい視線を子どもへ送った。

 すると子どもは、さらに激しく泣きわめいてしまった。


 白梅は、子どもの前に出て、ゆっくりと片膝をついた。


「じゃあ、おうちに一緒に帰ろう。おんぶしてあげる」


 目線を合わせながらそう言って、子どもに向かって、優しく微笑みかける。


(さっき、山道に入る前に村が見えたから、そこに住んでいる子かな……)


 白梅が背中を向けると、子どもは、白梅の肩に手を置いてしがみついた。


 白梅は、よいしょ、と声を上げながら、子どもを背中におぶって、立ち上がった。

 白い猫耳が、ピョコピョコと動いた。


 その後、白梅たちは、朔夜に案内してもらいながら、先ほど通りかかった村へ行くことにした。



 ***



 徐々に、陽が傾いてきていた。

 しかし、村は小屋から近い場所にあったので、まだ明るいうちに辿り着くことができた。


 村の入り口近くに到着すると、一人の女性が、辺りを見渡しながら、必死で何かを探しているようだった。


「かあちゃん!」


 その女性を見るなり、子どもがそう叫んだので、白梅は、その場所に連れて行ってやった。

 そして、子どもを背中から丁寧に降ろすと、母親と思われる女性は、ふたりに向かって何度もお礼を言った。


「本当に、ありがとうございます……!」


 白梅は、このように御礼を言ってもらえるとは思っておらず、逆に申し訳なくなって、へこへこと何度も頭を下げ返した。


 そして女性は、困ったような愛くるしい笑顔を湛えている白梅を見ながら、少し言いづらそうな素振りで、話しはじめる。


「近頃、この辺りで、白猫の妖獣が悪さをしていると噂されています。私たちは、その妖獣を見つけたら、すぐに引き渡すようにと言われていまして」

「そうなの? 私はさっきこの辺りに来たばかりで、何もしていないのだけど」

「そうですよね、私もあなたがそのような方だとは思えません。ですので、もしよければ、この布をお使いください」


 女性はそう言うと、白梅に、寒さ避けの布を差し出した。


「粗物ではありますが、その御耳は隠せるかもしれません。人目のある場所では、あまり容姿を目立たせない方がよいかと思います」


 それを聞くと、白梅は、女性の気遣いに感謝して、お礼を言いながら、非常に有り難い仕草で、布を受け取った。

 そして、すぐに布で頭を覆い隠してから、村に入ることにした。


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