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7. 出会い



 怪我の手当が落ち着いたところで、白梅は、改めて相手を観察した。


 さらさらと流れる黒髪は、艶やかで透明感があり、右の肩口で、ゆるく一つに結ばれていた。


 まるで、美の女神の祝福を、あふれんばかりに賜ったその容貌は、涼しげかつ可憐な顔立ちをしており、とても美しかった。


 瞼を彩るまつ毛は長く、その色は髪と同じで黒いはずなのに、側窓から刺しこむ光を浴びて、繊細な金粉を塗したかのように、煌めいている。


(綺麗……)


 白梅は、今は閉じられた瞼の下にある瞳が、一体どんな色をしているのか、とても気になった。


 顔色は、少しよくないが、肌は滑らかできめが細かく、色は、透けるように白い。

 白梅もよく、他人から肌が白いと言われるが、彼女の太陽のごとく内側から輝いているような肌とはまた違った、少し青みかかった、透き通るような白さだ。


 白梅は思わず、その澄んだ白い頬に指を置いて、ぷに、と押してしまっていた。


(今日は……いつもより大胆になってるのかも)


 白梅は、自分の指を見ながらそう思った。



 少女からは、妖力が感じられるため、妖獣であるはずなのだが、人間とほとんど変わらない見た目をしていた。

 白梅は、少女の種族が知りたかったが、容姿からは判別することができなかった。


「そうだ、紋章を見れば……」


 妖獣は、生まれつき左の上腕に、自分の礎である獣を表す紋章が付いている。

 しかし白梅は例外で、ネコ族の見た目だが、左腕にはイヌ族の紋章がついていた。

 白梅はこれについて未だに疑問は残るが、既に慣れてしまっている。


 目の前の少女は、見た目から種族が判別できないため、紋章を見れば分かるかもしれないと思い、白梅は、少女の左腕を確認した。


「この種族は一体?」


 結論、少女の左腕には紋章があったが、それを見ても、白梅には、何族の紋章なのかが分からなかった。


 紋章に描かれていたのは、丸い円に雲のようなものが二つかかっている図だった。


 基本的に、紋章には、種族の元となる獣が描かれているため、白梅には、このような抽象的な紋章は分からなかった。



 白梅は切り替えて、少女の足の傷に効く薬を作ることにした。


 小屋の外に出て、近所の草木が生い茂っている場所に行き、傷に効く薬草を探して、数本摘んだ。

 ついでに、精神安定作用がある薬草も摘んでおいた。



 ***



 数刻後、白梅が小屋に戻ると、その物音を聞いて少女が目を覚ましたようで、かすかに息を吸い込む音が聞こえた。

 白梅は、慌てて少女の顔を見ながら、言った。


「起こしちゃってごめんね」


 しかし、目覚めた少女の様子は、白梅の予想していなかったものだった。


「……」


 その瞳は七色の色彩を湛え、キラキラと瞬いているが、涼しげな容貌に、さらに凍てつく氷のような近寄り難さを加えていた。

 そして、その眼光は、全く穏やかではなく、真っ直ぐに鋭く、白梅を睨みつけている。


 視線の標的となってしまった白梅は、顔を赤らめた後、なんだか周囲の温度が10度くらい下がった気がして、小さく身震いした。


 白梅は、思わず両手を上げて、首を左右に振りながら後退り、弁明した。


「あなたは、この小屋の近くで倒れていたんだよ。傷が酷かったから、私は手当てをしていただけ」


 知らないひとの前で話し慣れていない白梅は、自分の顔が赤くなってゆくのを感じたが、初めて会った妖獣の子に嫌われたくなくて、少し必死になった。

 勿論、頬にいたずらをしたことは伏せた。


「……」


 少女は、傷口の手当てがされていることに気付き、ついでに、胸の圧迫感がなくなっていることにも気付いたようで、無言で顔を少し青ざめさせた。

 そして咄嗟に、地面に足をついて、寝床から立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかったためか、その場に崩れ落ちてしまった。


 その様子を見て、白梅は、少女の傷に触らないように、その体をゆっくり抱き抱えると、もう一度寝床に寝かせてやった。


「せめて傷が良くなるまでは、ここで休んでいったら?」


 少女は、目を閉じて、状況を整理するために思案しているようだった。

 しばらく経ってから、白梅が話しかけた。


「私の名前は白梅。鈴音白梅。あなたは?」


 それを聞いた少女は、力の抜けた瞳を伏せながら、小さく口を開き、透き通った声で


「さ……」


と何かを言いかけたが、口元に手を置いて、少し考える素振りをした後、続けて答えた。


「朔、と呼ばれている」

「苗字は?」


 白梅は、初めて女の子の妖獣と会話していることに、少し興奮を覚えつつ、さらに尋ねると、朔は、力なく首を左右に振った。

 どうやら、その質問には答えたくないようだ。


 妖獣は、種族によって使われる苗字が決まっていると、村長は言っていた。

 いくつかの主要な種族の苗字は、教わったことがあるので、少女の種族が分かるかと思ったが、またもや知ることができなかった。


 白梅は、種族について探るのは諦めて、少女の身を案じることにした。


「足の傷が深かったから、しばらくは安静にしていた方がいいよ。薬を持ってくるね」


 そう声をかけると、薬を作るために調理場へ向かった。

 白梅は、傷に効く薬草と、精神安定作用のある薬草を混ぜて、薬を作りはじめた。


(村長に教えてもらった知識が、役に立ったよ……ありがとう)


 村長はいなくなってしまっても、教えてもらったことが活きていることが、とても嬉しかった。



 ***



 まもなく薬を作り終え、寝床の近くに戻ると、朔は、先ほどと同じ姿勢で横たわっていた。

 その顔には、表情が無かった。

 

「傷に効く薬だよ。変なものは入ってないから、全部飲んでね」


 白梅はそう言って、朔の上半身を起こし、口元へ、薬を混ぜた白湯の入った椀を近づけた。


 朔は、少しの間、躊躇っている様子だったが、意を決したように椀を受け取り、白湯を口に含んだ。

 一口飲んでから、咳をしたので、白梅も一緒に椀を押さえて、注意深く様子を見ながら、ゆっくりと慎重に傾けた。


 朔は、途中から苦しそうに目を閉じていた。

 そして、椀の中身を全て飲み干すなり、上半身が力なく、白梅に向かって倒れてきた。


「大丈夫?」


 白梅は、慌てて朔の上半身を起こしたが、まもなく規則正しい息づかいが聞こえたので、ひとまず安心した。

 薬が効いたのか、眠ったようだ。


 白梅は、ここまで即効性のある強い薬を作った覚えはなかったので、疑問に感じた。


「あの草、そんなに強い薬草だったのかな?」

「私の身体は元来、植物の類の成分が効きやすい」


 まさか、返事が帰ってくるとは思っておらず、驚いて少女の顔を見たが、先ほどと変わらず、目を瞑ったまま規則正しい寝息が聞こえている。


 どうやら、寝ながら答えているようだ。


 白梅は、混ぜた薬草のうちのどれかが、予期しない作用を働いていると、推測した。

 精神安定作用のある薬草だろうか?


 白梅は、試しに一つ聞いてみた。


「今あなたに質問をしたら、答えてもらえる?」


 朔が頷いてくれたので、白梅は、思いついた質問を聞くことにした。


「あなたは何歳?」

「16」


 白梅よりも、二つ年上のようだ。


「どうして怪我をしていたの?」

「人間に攻撃された」


 白梅は、朔に攻撃をしたのは、先ほど村に届けた三人の人間なのだと思い至った。

 現在、人間と妖獣は不仲ではあるため、襲われることもあるのだろう。

 しかし、このように可憐な少女を、三人がかりで襲うのも酷い話だと思った。


 白梅は、ふいに、早少女村の出来事を思い出して、気分が沈んだ。


「あなたの種族は何?」


 静かにそう問いかけてみるが、今度は、わずかに重い空気が流れるのみで、一向に返事はなかった。


 怪訝に思い、朔の顔を見ると、一筋の小さな涙の雫が、玉のように美しい頬を静かに流れて、煌めきながら滑り落ちた。


 白梅は、何か見てはいけないものを見た気がして、いたたまれなくなり、これ以上質問することをやめた。


注: 性別が逆になっています

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