6. 性別の変化
白梅は、村人を弔うと、近くの大きな村から、更に先へ進んだ、山の中を当てもなく彷徨った。
そして、長い間、誰も住んでいないと思われる、小屋を見つけた。
中は古びているが、まだ使えそうな寝床や調理場などがそろっていたので、必要な家具を揃えてから、そこに住むことにした。
本当は、早少女村からは、あまり離れたくはなかったが、今の精神状態的に、今まで通り村で生活ができるとはとても思えなかった。
***
実はその日、白梅は少し困っていた。
獣体から、元の姿に戻ったと思っていたが、微妙に違う姿になってしまったためだ。
朝から、村人を弔うことしか頭になかった白梅は、弔いにひと段落がついた今、この問題に直面せざるを得なかった。
今の白梅は、身長が伸びて目線が高くなり、手は筋張り、高い声が出せなくなっている。
池の水面に映った顔立ちは、以前とほとんど変わっていなかったが、少しだけ凛々しく引き締まっている気がした。
そして、胸にあったそれなりの大きさのふくらみが、今は無くなっており、代わりに股の辺りに感じたことの無い異物感がある。
「なにこれ……」
白梅は衣を脱ぎ、下半身を見下ろして……そっ閉じした。
今まで、異性の身体などまじまじと見たことはなかったが、全く知識がないという訳ではなかった。
というか、ここまで邪魔な大きさなものなのだろうか?
もしかして、このブツと、代わりに無くなってしまった胸は、大きさが比例しているのだろうか?
白梅はしばしの間、虚空を眺めた。
通常サイズが、ここまで邪魔な大きさであっては、生活においてたまらないはずなので、きっと胸の大きさと連動しているのだ……と最終的に結論付けた。
自分の身体について、悶々と思案していると、ふと、目に入った太ももとふくらはぎにも、変化があることに気付く。
体中をペタペタと触れてみると、いつもとは違う、力強い硬さを感じた。
白梅は、先ほど走った時に、実はいつもより長く早く走れていたのかもしれないと、薄々感じていた。
村人の弔いも、ずいぶん楽々とこなしていた気がする。
(もしかして、筋肉が増えてる……?)
そう思い至ると、今すぐにこの場所から駆け出して、色々なことを試してみたい気持ちで、いっぱいになった。
そして、動き回る際には、きっとこの髪の毛が邪魔になるだろうと考え、手近にあった紐で一つに結いでから、外に飛び出した。
***
一般的に、妖力量が多いほど、妖力のコントロールがうまくいきづらい傾向にある。
そして、妖獣が大人……成体になる前の、幼体の時には、特にその傾向が強い。
妖力コントロールがうまくいかなかった場合、感情や欲望の抑制が行えないなどの、様々な弊害が伴い、酷い時には、体内のホルモンバランス等が崩れて、性別までもが、一時的に変化してしまう。
殊に、妖力量が最高峰といわれている龍族などは、妖力コントロールが非常に困難である。
その強力すぎる妖力故に、暴走を起こして、成体になる前に命を落としてしまう者が多いらしい。
それゆえ幼体の龍族には、他者と体を接触しない、異性と会話をしない、といった、己や他者を守るためのいくつもの掟と、非常に厳しい修行があるほどだ。
白梅の妖力は、梅の花を初めて見た日に起きた奇跡以来、量が多くなっていた。
そして、ただでさえコントロールが不安定である中、獣体になる草を食べて、大量の妖力を消耗したため、一時的に性別が変わってしまっていたのだ。
白梅は、まれに性別が変わることがある、ということは知識として知っていたが、実際に経験したのは初めてだった。
(私、本当に男のひとになってるの……)
白梅は、自分の体を見下ろした。
体がいつ戻るのか、本当に元に戻るのか、分からないことは多かったが、既に吹っ切れてしまった白梅にとっては、些細なことだった。
***
白梅は、外に出て、木に登ったり木の実を取ったりして、今の身体を一通り楽しむことにした。
白梅は、生まれて初めて木に登って、高い場所から見晴らした。
その日はとても晴れており、小屋や先日行った村が、小さく見えている。
「すごい、こんな世界もあったんだ……」
白梅は、今自分が生きていることへの感謝、早少女村の人々への感謝を捧げながら、全てへのお返しとして、せめて笑顔でいようと心がけた。
思い切り体を動かすのは、心地が良かった。
そして、外で見つけた色々なものを換金するために、近くの、大きな村に向かうことにした。
あの村で出会った恩人には、まだ再会できていなかった。
***
白梅は村で換金し、そのお金で、生活に必要なものを買った。
途中に厠へ寄ったが、いつもと違う身体に、色々とどうしたらよいか分からなかったので、とりあえず拭いた。
白梅は、少し泣きそうになっていた。
買い物を終えて村を出ると、陽が傾きはじめてきた。
小屋に向かって、山道を歩いていたところ、周囲から血の匂いが漂い始めた。
(様子がおかしい……気をつけて進もう)
白梅が警戒しながら進むと、道中に、赤い衣を着た三人の人間が、切り傷で血まみれになって倒れていた。
白梅が恐る恐る近付いて、生死を確認したところ、まだ息があったので、とりあえず一人ずつ抱えて、元来た道を辿り、村に運んだ。
人間達を、それぞれ村の中の見えやすい場所に、寄り掛からせると、誰かに見つかる前に、急いでその場を退散した。
白梅は、怪訝に思いながらも、内心、大人の人間の体を軽々と持ち上げられる今の腕力に、感動を覚えていた。
(本当に私の体なの……? ちょっとすごいかも)
今なら、いつもより、背伸びした気持ちで過ごせるかもしれないと思った。
***
白梅は、山道に戻り、警戒を続けながら、小屋へ向かった。
なぜなら、小屋の方向に向かって、血の跡が、道に続いていたためだ。
もうすぐ小屋に到着する、といったあたりで、また人影が倒れているのを見つけた。
「この辺りも物騒なのかな……」
人影に近付いて確認すると、倒れていたのは、黒い髪の美しい少女だった。
少女からは、わずかに妖力が感じられるので、妖獣なのだろう。
白梅が生まれて初めて目にした、妖獣の子だった。
(女の子だ……!)
少女は、その身体に対して、ずいぶんと大きな黒い衣をまとい、腰に小刀を二つ下げていた。
片方の小刀には、美しい虹色に輝く玉が埋め込まれていた。
衣は血に濡れて破けており、元はとても綺麗だったであろう左足から、大量に血を流して、気を失っている。
先ほどから、地面にあった血の跡は、この少女のものなのだろう。
足の傷口には、薄い布が巻かれていたが、止血ができていないようで、出血多量を起こしているようだ。
「早く手当てをしなきゃ……!」
白梅は、自分とさほど年齢が変わらないであろう、その少女が可哀想に思い、小屋まで抱えて帰り、寝床に寝かせてやった。
小屋の中は、少女の血の匂いで充満した。
足の傷口を見ると、血や土に混ざって、いくつかの葉が付いていた。
その葉は、血流をよくする特徴があり、止血には全く向いていない葉だった。
恐らく、怪我をしたあとに、転んだのか、運悪く傷口にその葉の成分が入り、止血がうまくできず、意識を失ったのだろう。
白梅は、出血多量の原因が分かったので、その葉を取り除き、傷口を綺麗に洗ってやった。
葉を取り除く途中に、つい、いつもの癖で傷口を舐めそうになったが、思い留まった。
「っ……」
突然、少女が小さく咳き込んだ。
少女は、まだ意識が戻らず、顔色がとても悪かったので、腰の小刀を外して、着ていた黒い衣を緩ませてやった。
すると、なぜか布がきつく巻かれた胸元が現れた。
白梅は、その苦しそうな布を解いてやると、少女の可憐な姿からは想像し難い、なんとも素晴らしい大きさの豊満な胸が、目の前に現れた。
白梅は、衝撃を受け、その滑らかそうな肌に、指を置いて揉みしだいてしまいたい衝動に駆られた。
そしてその時、なぜだかわからないが、股の間が少し熱くなったのを感じた。
しかし、ふいに目の前の少女が身じろぐ様を見て、思い止まり、怪我の手当を最優先にすることにした。
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