魔杖操機ウィスタS ~異世界魔導師はロボに乗る~
魔杖操機ウィスタS ~異世界魔導師はロボに乗る~
天羽竜馬は趣味のハンググライダーを楽しんでいる最中、突風に煽られ墜落した。
目を覚ましたのは鬱蒼と生い茂る森の中。
そこで早々に絶体絶命の危機に陥ったのを理解した。
何しろ、自分のなど丸飲みできそうなほど巨大な蜥蜴モドキが、明らかに捕食しようと迫っているのだ。
当たり前だが命は惜しいし、痛いのも嫌だ。竜馬が即、逃げ出したのは必然の行動だろう。
しかし蜥蜴モドキは思いの外素早く、その巨大な体躯も相まって、追い付かれる時間の問題だった。
もうダメかもしれない。そんな諦めに近い思考が脳裏を掠めた頃、竜馬は視界に薄っすら青味を帯びた白銀の巨人を捉える。
正体不明の巨人は徐に両腕を突き出すと、翳した掌の前に魔方陣を描いた。
そして竜馬の存在に気付いていないのか、発光する魔方陣から炎の塊を撃ち出したのだった。
その唐突な行動に一瞬ヒヤリとするが、しかし炎弾は竜馬の頭上を通過し、寸分違わず蜥蜴モドキに着弾した。
こうして人生最大の危機は脱した竜馬だが、新たな疑問にぶち当たる。
目の前に現れた巨人の存在だ。いや、全体的に無機質な西洋甲冑っぽさはあるものの、ある種芸術品のような機能性、実用性を度外視した繊細かつ、奇抜なフォルムをしているそれは「ロボット」と形容した方がしっくりくる。
ともかく恐竜と見紛う巨大な蜥蜴モドキといい、それを一撃で屠る目の前の「ロボット」といい、竜馬の知識では遠い過去の生物、あるいは空想上の代物である。
と、竜馬が現実を受け入れられず惚けていると、白銀の「ロボット」の胸部がパカリと開かれ、中から幾何学模様が描かれた貫頭衣を身に纏う赤毛の少女が現れた。
「大丈夫か?」
魔導師ミスカと名乗った彼女の声色は、竜馬の安否を気遣っているように感じる。
今、置かれた状況が全て理解出来たわけでもないが、竜馬は一先ず助かったと胸を撫で下ろすのだった。
◇
どうやら異世界に紛れ込んだらしい。
それが魔導師ミスカとの会話から導き出した結論だった。
中世盛期を彷彿させるこの世界の人類は、災獣と呼ばれる外敵に常に脅かされている。竜馬が遭遇した蜥蜴モドキが正にそれで、その危険から身を護るため「街」呼ばれる城塞都市を築き、生活圏を維持している。
そして魔導師ミスカが搭乗していた白銀のロボット通称「ウィスタ」こそ、人類が災獣に対抗するための切り札という立ち位置だった。
竜馬はロボットモノのマンガやアニメに目が無かった。その手のゲームやプラモデルにも一通り手を出している彼は当然というべきか、「ウィスタ」にこの上ない興味を抱く。
この異世界から抜け出す方法がわからない現状、まずは生きていく手段を得なければならない。街を守る上で最重要とされる「ウィスタ」に関わり、活躍することが出来れば生活基盤を整えることが出来るのではないか。
そう考えミスカに相談し、どうにか「ウィスタ」に乗れないかと画策するが、どうやら搭乗者になるためには、魔法が使える魔導師である必要があるらしい。
竜馬は魔法など使えなかった。無理もない。そもそも生まれ育った日本では魔法など存在しないからだ。
そこでまず魔法を使えるかの素養を調べて貰うことにした。
魔法を使うには、第一にその源となる「魔力」を扱える能力が必要条件となるのだが、幸運にも竜馬はその数値が飛び抜けて高いことが判明。
その事実に竜馬は大層喜ぶが、しかし次の段階である呪文の詠唱が習得出来なかった。
この異世界の呪文詠唱の発音が日本人故なのか、はたまた竜馬個人の資質なのかは不明だが、どれだけ訓練しようと上手くいかない。
ウィスタとは魔法の威力増大のために魔導師たちが握る魔法の杖が発達し、大型化したもの。ウィスタを動かせたとて呪文が扱えなければ役に立たない。
目標を失いかけ、竜馬が落ち込む最中、滞在する街に非常事態の報が舞い込む。
訊けば災獣がこの街に迫っているのだと言う。
災獣の襲撃。それはこの異世界にとっては日常であった筈だが、今回は様子が異なる。
どうやら来襲した災獣が「天災級」と分類される、堅い城壁やウィスタを保有するこの街ですら滅びの危機と言える凶悪な存在だったのだ。
迎え撃つため出撃するこの街のウィスタ部隊。
何も出来ない自分に歯痒い思いをする竜馬だが、いてもたってもいられずこの街の統治者に出撃許可を求める。
「魔法が使えないお前が行ってどうなる?」
そう問われた竜馬は、
「囮でも何でも行けばやれることがある筈。このまま街が潰されて後で悔やむより、俺はやれることをやりたい!」
その真っ直ぐな瞳に本気を感じ取った統治者は、竜馬に一機のウィスタを貸し出すことにした。それはこの緊急時に藁にも縋りたい為政者の性だったのかもしれない。
格納庫の奥にしまわれていたウィスタ。それは竜を二足歩行にしたような外見をしていた。
天災級の災獣の一種を模して作られているらしい。統治者はその畏怖すべきデザインにあまり好意的な感情を抱いていないようだったが、竜馬は一目で気に入ってしまった。恐らく竜に対するイメージの違いであろう。
ファーニバルと呼称された竜型のウィスタに乗り込み出撃、他のウィスタと合流を果たす。
そして街滅亡の危機を招く、踏み付ける者と呼ばれる天災級の災獣を目にした。
見た目はアルマジロ。だが、特筆すべきはその巨大さで、高さ十数メートルもあるウィスタですら玩具に感じる程だった。
まずはウィスタ部隊の魔法攻撃。一撃一撃が必殺の魔法の筈だが、しかし天災級に分類されるドランプルの甲皮は分厚く、まるで効いている気配がなかった。
絶望に打ちひしがれるウィスタ部隊。そうしている場合にもドランプルは街へと歩みを進めていく。
業を煮やした竜馬は無謀にも格闘戦を挑む。
ドランプルの動きが鈍重だったお陰で、一方的に殴打を繰り出すことに成功。そのしつこい攻撃に嫌気が差したのか、ドランプルは来た道を引き返すのだった。
一時的とはいえ、天災級撃退の快挙を果たす竜馬。その功績は勿論のこと、その戦闘スタイルに皆、驚きを隠せなかった。
当然だ。ウィスタとは飽くまで魔法使うための補助具であり、格闘用には作られていない。天災級の災獣が怯むほどの力で殴りつけては腕部が破損しかねない筈なのだ。
統治者は竜馬の異質な力に興味を抱く。すぐに街へ取り込む決断をし、正式に功績を認めるのだった。
◇
魔法を使えない以上、魔導師は名乗れない。
そこで統治者は新たな役職「魔杖操師」を与える。
こうして魔導師と同等の地位を手に入れた竜馬は、呪文を使わずウィスタを扱う自分の能力を調べるために街の研究機関に協力しながら、新たな対策を模索していた。
というのも現状、竜馬の攻撃手段は肉弾戦のみ。
ドランプルは鈍重な災獣だからよかったものの、もっと素早い反応をしてくる生物が相手だったらリスクが大きくなるだろう。
竜馬はファーニバルに持たせる、自分用の武器の作成を統治者に提案する。
魔法さえ習得出来れば無用な物になるが、今のところ目途が立たない以上代替品を用意しておくのも止むを得ない。
まずは携帯火器。幸いにもこの世界には火薬を使用した大砲が存在していた。
ただ、魔法が主流だったためか科学はあまり進歩していないようで、先込め式の連射が効かないタイプ。無論、戦いながら弾込めなど、とても現実的ではなかった。
次に候補に挙がったのは、ぐっと技術レベルを落とした剣と弓。
近接用の剣はウィスタのサイズに合わせて作るだけとして、問題は飛び道具である弓の方。
災獣の外皮を貫ける強度で作るには弓本体は兎も角、弦に相応しい素材が思い付かない。
竜馬は頭を捻るがそもそもこの世界に存在する物質はまだよくわかっていない。
そこでウィスタの開発にも携わり、モノづくりに精通しているという統治者に頼ることにした。
後日、彼が作り上げたのは一丁の銃。正確には、コイルスプリングで矢を射出するクロスボウといったところか。やはり弦に成り得る素材が見当たらなかったため、構造から新たに考案したらしい。
その後、新造の剣と、新式弓である通称スプリガンのテストを兼ねて、魔杖操師としての初任務に赴く。
道中、空を飛ぶ鳥を見かけ、ふと思い付く。
ファーニバルは竜を模した外見で、その背には蝙蝠のような翼膜を一対備えている。
飛べたりしないのか?
その気付きはすぐに好奇心へと変わる。
そして色々テストしてみれば、翼の構造上羽ばたくことは難しいが、翼を広げることで滑空することは可能。ハンググライダーの経験が生きた瞬間だった。
そして災獣が出没したとされる街道に到着すると、竜馬はこの異世界の初めて顔を合わせた蜥蜴モドキの別個体に遭遇。そのまま交戦するが、決着寸前新たな災獣が割って入り、予期せぬ戦いを強いられる。
その新たな災獣は黒毛のネコ科を彷彿させる俊敏さが特徴の生物で、既存のウィスタから撃ち出される魔法ではなかなか捉えることが出来ない難敵とのこと。
素早い動きに翻弄されスプリガンでは仕留め損なうも、剣による近接戦にて辛くも勝利を掴む。
新たな武器を使いこなし、初任務を成功で終えるのだった。
◇
暫くて再び天災級の災獣、踏み付ける者ドランプル接近の報が竜馬のもとに届く。
剣と弓を手に入れた竜馬だが、流石に彼の天災級の災獣相手では心許ない。
しかし新たな力を望み、手に入れたのは竜馬だけではない。
竜馬がこの異世界で初めて接触した人間、赤毛の魔導師ミスカもまた新たな魔法を習得していた。
絶大な威力の魔法らしく、今回の防衛戦では彼女の一撃で決着を付ける作戦を組むとのこと。
というのも、威力と引き換えに長い呪文詠唱が必要な魔法らしく、竜馬含め他のウィスタで少しでも足止めし、その時間を稼ぐという段取りだ。
また魔力の消耗が激しいため連発がきかないことから、確実に万全の体制で彼女に繋げなければならなかった。
ここ数百年、近隣で天災級の災獣を討伐できた記録はない。
一方で天災級の災獣に蹂躙された街は指折り数える。現に赤毛の魔導師ミスカも過去住み慣れた街を滅ぼされ、この街に流れ着いた一人。因縁であり、故郷の仇とも言える相手であった。
自分たちの居場所である街を守るため、また魔導師ミスカの敵討ちを成すためにも、何かしらの成果を上げたいところだ。
再度会敵した直後、魔導師ミスカを除くウィスタ隊から一斉に魔法が放たれる。
竜馬もその列に加わり、新式弓スプリガンを撃つ。
足止め出来ているのか疑問だが、それでも手を止めるわけにはいかなかった。
焦りの感情ばかりが募る頃、魔導師ミスカから待ちに待った必殺の魔法が放たれる。
青白い稲妻が踏み付ける者ドランプルに直撃し、その巨体を揺らす。
その一瞬、竜馬たち喜色ばむも、踏み付ける者ドランプルは健在。
非情な現実を目の当たりにし、打つ手なしと魔導師ミスカとウィスタ隊は絶望的な空気に包まれる。
「まだ諦めるなよ!」
意気消沈するウィスタ隊に竜馬の声が響く。
何か具体的な解決策あるわけではない。ただ、手足を止めたくなかっただけ。
この絶望という名の生物を倒す何か手掛かりを求め、空を滑空しながら近づく。
目を凝らしてみれば背中の甲皮、魔導師ミスカの魔法が直撃した部分が黒ずんでいるのがわかった。まるで訊いていないわけではなかったのだ。
「ミスカ! さっきの魔法をもう一発だ!」
「でももう魔力が……」
「回復する時間は俺が稼ぐ!」
剣を抜き、再び行く手を立ち塞ぐ竜馬。必死の思いで時間を稼ぐ。
「リョーマ!」
準備が出来たのだろう。魔導師ミスカの声。
「今から俺が目印を付ける! そこ目掛けて放て!」
再度宙を舞った竜馬は剣を構え、急降下。自重を乗せて剣を突き立てたのは、黒ずんだ甲皮の中心だった。
切っ先がめり込み、甲皮に罅が走る。
そこへ追い打ちの雷撃魔法が直撃した。
甲皮が砕け散り、内臓が露出。弱点を晒しだした天災級にウィスタ部隊の魔法が襲う。
身体の内側から抉られては、流石の天災級もひとたまりもなく、絶命するのだった。
◇
天災級の災獣の討伐という快挙を成し遂げるウィスタ部隊。
その結果、竜馬は自分を居場所を作ってくれた人たちに恩を返せたと感じるのだった。
ただ、天災級の討伐の報は、良い意味でも悪い意味でも近隣諸国に響き渡る。
ある街では天災級に対抗する手段が確立された、と。
ある街では天災級を屠れる魔法が外交に影響を齎す、と。
これを機に、時代が大きく動きだすのだった――。