偽聖女忌憚
ご飯ができるまであと15分かかるって言われたのでその間にできた話。15分クオリティなのでこまかい事は気にしない人向け。
昔々のお話です。
トプカ大陸北方にあるロアーナ地方。
王都セルリアの近く、ユーラの森と呼ばれるその中に、小さな小さな村がひっそりと存在しておりました。
村の名前はギザイ。
そこは何があるでもない、本当に小さな村だったのです。
昔に比べれば魔物の脅威もそれなりに少なくなってきましたが、それでも完全になくなったわけではありません。森にも当然魔物はやってきました。
とはいっても、その森に出る魔物が溢れて王都へ……などという被害はなかったと聞いております。
どちらかと言えば、王都の南西、ルギス鉱山を縄張りとする魔物の被害の方が王都からすれば深刻なものだったようです。
鉱山は国から見ても捨て置けない場所でしたから。だからこそ、日々鉱山の魔物退治で人が訪れていたのだとか。
それは城から派遣された兵士であったり、冒険者ギルドで依頼された者たちであったり。
かなり深くまで掘り進められた鉱山は、ある種のダンジョンのようになっていたようです。資源が尽きていたならば王家もいっそ諦めて鉱山を封鎖したでしょうけれど、資源はまだ枯れていなかった。それ故に、そこは一つの防衛線のようなものにもなっていたようです。
鉱山から出て来た魔物が王都へ向かったならば、確かに一大事ですので。
とはいえ、戦う相手は魔物です。
人と異なる形状の、時としてどういう攻撃に出るかもわからないものも存在しております。
それ故に怪我人は後を絶たず、聖教会には治癒魔法を求め訪れる者も大勢おりました。
聖女と呼ばれる治癒魔法に特化した能力を持った方もいたようです。
けれども、治療費は決してタダではありません。
教会を維持するための費用、親を失った子たちを受け入れる孤児院への資金。
聖女含め聖教会にて働く神官・巫女たちの治癒魔法はそれらを稼ぐ手段でもありました。
市販のポーションで治る程度の怪我であればまだしも、そうでなければ治癒魔法に頼るしかありませんからね。生きてさえいれば大抵の大怪我はお金で解決できるのですから、そういった意味では良心的でありましょう。
お金も払わず治して欲しい、というのであればそれこそ――そういった相手を探すべきなのです。
大抵は、ポーション以下の効果しかない治癒魔法の使い手でしょうけれど。
王家にも勿論お抱えの治癒魔法師はおりましたが……怪我人の数に対して魔法師の数が少なすぎました。
聖教会から引き抜こうにも、当時の聖女は王家が治癒魔法師を使い潰すだろうと警戒していたのでそれも上手くいきません。
そんな時です。
ギザイ村に、聖女様がいるのだという噂が流れたのは。
聖教会の聖女様とはまた別の人です。
というか聖女は一つの国に一人しか現れないとの事なので、聖教会の聖女様がいる以上ギザイ村の聖女とやらが本当の意味で聖女かはわかりません。他の国から聖女が来ないとも限りませんが、しかし聖教会の聖女よりもギザイ村の聖女は年下。なおかつ幼い頃から村を出た事がないらしいとの事。そして聖教会の聖女様もまた、生まれてからはずっとこの国で聖女として務めておりました。
どうして聖女と呼ばれるようになったのか。
その村の聖女も治癒魔法の使い手でした。どんな怪我もあっという間に治してしまう程だったとか。
そして彼女が聖女だと呼ばれるようになったのは、聖教会と違い彼女が無料で治してくれるから。
たまたま訪れた冒険者たちの怪我を、ギザイ村の聖女様は治療費を取ることなく治してしまわれたのだとか。
そうして村はたちまち噂になりました。
お金がなくて中々治療に踏み切れなかった者たちも、こぞってギザイ村へと押しかけるようになりました。
小さな村は連日やってくる人たちで大賑わいです。
とはいっても、小さな村には宿屋だってそうありません。
自分を優先して治してほしい、なんて言う者たちまで現れて村は危うく殺し合いにまで発展しそうな程殺伐としたそうです。
けれども、村に訪れた者たち全員を治すので争う事は禁ずる、とギザイ村の聖女に言われてしまえば大人しくするしかありません。折角ただで治療してもらえるのに、治療以前に村から追い出されたら来た意味がありませんからね。
中には王都の貴族がこの村の聖女を連れていって、自分のお抱えにしてしまおうと目論んだりもしたようですが、しかし治療待ちの冒険者や王都で暮らしていた民たちによって凄まじい勢いで糾弾されて追い返されたそうですよ。数の暴力って怖いですね。
その貴族がもし無理矢理周囲の邪魔者を殺して聖女を連れていったなら、果たしてどうなっていたのでしょうね。
そこまで話が広まれば、当然聖教会にもその聖女の話は聞こえてくるわけですが、聖教会は特に何かをする事はありませんでした。いつもと変わらず、教会が定めた正規の治療料金を取って治癒魔法をかける。文句があるならギザイ村の聖女の所へ行けばいい、そう言っていたようです。
とはいえ、最初の頃はともかく今となっては大人気になってしまったギザイ村の聖女の所では治療待ちの人が朝から晩まで順番を待っているのです。すぐに治して欲しいなら、聖教会でお金を払って治療した方があっという間に治るのです。
多少森を切り拓いて、いくつか宿泊施設を作ったようですがそれでも全員が収まる事はなかったようですよ。えぇ、比較的軽傷の人たちは村の中で野宿もあったのだとか。
朝から晩まで治療に明け暮れる聖女様。正直よくもつなぁと話を聞けば思うものです。
聖教会のみならず、勿論その噂は王家にも届きました。
そして当時の王子はその聖女に興味を示しました。
無償で怪我を治す慈悲深い女性。怪我を治してもらった者の噂だとまだ年若く、また愛らしい姿をしていたとの事。
王子の年齢ともそう離れていないようですし、これはいいと王子はほくそ笑みました。
王子と聖女が結婚すれば、聖教会の人間を引き抜くまでもなく優秀な治癒魔法師が手に入る。
運が良ければ、治癒魔法の力を受け継いだ子供が生まれるかもしれない。
えぇえぇ、とてもわかりやすく呆れるお話ですね。
そりゃあ王子というくらいです。生まれた時から周囲に傅かれ、自分の望みが叶わないなんて事ほとんどなかったのでしょう。それにしたって……とは思いますが。本当に。
供を連れ、王子はギザイ村へとやってきました。そうして村の聖女に結婚を申し込んだのです。こんな小さな村で人を治すより、城に来ればもっとたくさんの人が収容できるし王都には宿もたんまりある。ここで待たせるよりよほどマシだなどと言って。
見え見えですよね。
宿に数日泊めて店の売り上げに貢献するような言い方ですがどうせ後からそれに関する税金でも取り立てようって魂胆だったに違いありませんよ。王家って存外自由に使えるお金ありませんから。
税金で豪遊なんてもってのほかですし、個人資産は優秀な人物ならともかく、この王子には恐らくそこまでなかったでしょうね。無能はすぐ優秀な人材から搾取しようと自分に都合の良い妄想を捗らせるのですよ。そんなんだからロクな末路にならないのですけれど。
ギザイ村の聖女は何を思ったのかその結婚の申し込みを受け入れました。
王族に逆らわなかった、と当時は思われていたようですが。
ですがまぁ、お顔だけは良かったらしき王子なので。
ぱっと見はまるで物語のようですよね。
せっせと人に奉仕して親切にしていった結果、最終的には王子の嫁。
まぁ、そんなお綺麗な話じゃないんですけどこれ。
えぇ、その後国はどうなったか。
聖教会の聖女と同じかそれ以上に凄い治癒魔法を使えるギザイ村の聖女を嫁に迎えた王子は、貴族たちを優先して治し、自らの派閥を急速に拡大していきました。王子派になればどれだけの怪我をしても無償で聖女の治療が受けられるとなれば、安いものと思ったのでしょう。
軽度の怪我ならともかく重度の怪我を治すなら聖教会に支払う金額はとんでもないものですからね。
それでも命をお金で買えるうちは安いと思うのですが……
ともあれ、そうして朝から晩までロクに休みもないまま王妃となった聖女は働き続けました。
これだけ聞けば可哀そうですけれどもね。彼女はそれを不満に思っていないようでした。
そうしていくうちに、聖教会の立場は低くなっていきます。
タダで王家が治してくれるのに、お金を取るなんてなんて強欲なんだ。この守銭奴! そんな感じで責められていったのです。酷い話ですね。そのお金で教会の修繕や孤児院で親を失った子たちを受け入れ養っていたというのに。決して自分たちだけで酒池肉林の贅沢をしたわけでもなく、正当な労働の報酬だと思うのですが。
結果として、聖教会は国から出て行きました。この国に残りたい、という者、共について行くという者。どちらの意思も尊重して、ついて行くと言った者たちだけを連れて。
聖教会関係者は全員出ていったし、孤児たちもほとんどが国を出ました。
多少聖教会と関わりがあった人たちもいましたが、そちらはどうやら王家を選んだようです。
その後その国は滅びましたよ。
どうして?
簡単な話です。
ギザイ村の聖女が原因でした。
魔物の中には人に寄生するものがいるのをご存じでしょうか?
あ、それは知ってる。それは何よりです。
脳に寄生するだとか、はたまた身体に卵を産みつけるだとか、方法はいくつかあるようですが、ギザイ村の聖女にはある虫の魔物が寄生していたのです。
バシリッサエントマ。
よりにもよってクイーンです。
大きさは大体大人の握り拳とそう変わらず、普通であればそこまで脅威でもないのです。
けれどもクイーンが産みつける卵はとても小さく、故に気づくまでに時間がかかり、傷口から侵入したそれに身体を乗っ取られた後は元に戻るのがほぼ絶望的と言われています。
ギザイ村の聖女に宿ったそれは、通常のエントマ種であったならまだしもよりにもよってバシリッサエントマ。えぇ、繁殖に長けているのですよ。
身体の中を作り変えて治癒魔法を使えるようにし、そうして治療した相手にも卵を産み付けていく。
聖女に助けを求める者たちは怪我をしていますからね。傷口に触れるのは容易です。そして卵はとても小さい。クイーンが産みつけるそれに気付ける者はいませんでした。
孵化をしてもすぐに症状が出るだとか、そういう事はありません。
徐々に思考を乗っ取られるものの、人格が大きく変わるだとかの変化もなく、表向きは何も変わっていないのです。
ですが、ある程度育ってきた時点で。
ある者は口から成虫となった魔物を吐き出し、ある者は内側から食い破られ……見る間に国は魔物で溢れました。えぇ、王子も勿論犠牲になりました。
むしろ国に残っていた者たちのほとんどはそうだったのではないでしょうか。
そうじゃなかった者たちも、突然周囲の人が魔物を吐き出したり身体を突き破ったりするのを見てマトモな判断ができるはずもありません。
寄生されていなかったとしても、直後餌食になったのは言うまでもないでしょう。
こうしてこの国は滅んだのです。
寄生された人たちの中には冒険者もいました。
そして、聖女に治してもらった後でこの国を出て他の国に行った者もいます。
そちらで爆発的に増えたりしたことはないらしいですが……けれども、この国があった場所はすっかり人が住める土地ではなくなってしまったようです。
人がいなくなれば他の動物に、別の魔物に寄生して増えるみたいですから。
ところで最初に昔々のお話です、と言いましたけれど。
実はこれ、ほんの十年程前の話です。
しかもお隣の国で起きた出来事です。
えぇ、決して他人事ではないのですよ。
聖女に寄生していたクイーンがどうなったか。今も聖女としているのか、それとも身体を捨てて別の寄生主を探しているか……
寄生されていても、そうだとわかる明確なものはないのですから。それこそ最後に宿主が捨てられる時でもない限り。
それに冒険者たちの中に寄生された者がいたとして、既にこの国に入り込んでいる可能性もあります。だからといって確証もないうちから他国からの冒険者の立ち入りを禁ずるなんてのはできるはずがない。
冒険者以外にも、商人だとか、移住者だとか。
他国から来る全てを拒絶するわけにはいかないでしょう。
自国だけで生産も何もかも賄えるならともかく、我が国は決してそうではないのですから。
まるで初めて聞く話、みたいな顔をしていますけれども。
常識ですよ。この国以外でも。
だって当時かろうじて生き残って逃げてきた人たちと、あとは聖教会にいた遠隔魔法の使い手が確認した映像と、まぁ証拠も証言もありましたから。寄生された人が死ぬ間際助けを求めたりもしてましたし。
どの国も決して他人事ではないのです。
知らないうちに寄生されている可能性があるのですから。
それに、最近タダで治癒魔法を使って怪我を治してくれる女性がいる、とか言ってましたよね?
まず最初にこの話を思い出してほしかったです王子。
いかに普段の授業を聞いていないか、バレてしまいましたね。嘆かわしい事です。
平民だって知ってる話ですよ。学校に通えなくても冒険者たちだとか、それこそいろんな人から聞くことができる話ですからね。
……まぁいいです。
今までの教育のほとんどが無駄に終わっている、というのが判明しましたし、これはもうどうしようもありません。
そのタダで怪我を治してくれる女性に関してはこちらで調査を進めますが……貴方は再教育確定でしょうね。
ねっ、そうですよね、王妃殿下?
王子が振り向けば背後には、怒りのオーラを纏いながらも笑みを浮かべる自らの母の姿があった。
ひぅ、と王子の喉から情けない悲鳴が漏れたが……その後の事はお察しである。