【短編】ファジーファンタジー
目の前には女神がいた。
いや。本当に女神かはわからない。
でも、この神々しい雰囲気をまとっている彼女は、悪魔には見えなかった。
「選ばれしものよ。世界を救ってください」
彼女が口を開いた。きれいな声だ。
彼女はなんて言った?世界を救う?どうして、僕なんだろう?
「あなたの心が綺麗だからです。それは魔王を殺す武器となります」
僕の心が綺麗?いつも僕をいじめてくる奴らを憎み、いじめを黙認している教師を恨みながら生きている、この僕の心が?
「それは当然のことです。思うのは自由。しかし、あなたはその憎しみを実行していない」
できていないだけだ。
失敗したらどうしよう、仕返しされたらどうしよう、僕だけが罰を受けるのでは……。そういうことが頭を巡り、体がすくんでしまう。
「不安要素を考えることは、生存するのに役立つものです。だからこそ、あなたは選ばれました」
未だに信じられないけど、女神様が言うなら……。
「感謝します。あなたなら世界を救えるでしょう」
どうやって世界を救うんだろう。
「まず、あなたが救う世界はここではありません。こことは違い、魔物と呼ばれる凶暴な生物や、それらを束ねる魔王がいます。」
そんな世界に行ったって、すぐ魔物に襲われて、殺されちゃうよ。
「私の力を使い、あなたに武器を授けます。」
武器をもらったところで使いこなせないなら、どうしようもないじゃないか。
「言ったでしょう、あなたの心が武器になると。自分のものなのだから、すぐに使いこなせます。また、武器だけではなく、身体能力を向上させる力も与えます。これらを使い世界を救うのです」
何だか、やれるような気がしてきた。
「今から、あなたの部屋と向こうの世界を繋ぎます。つないだ先は、魔王がいる場所に最も近い小屋になります」
今から!?まだ武器ももらってないし、心の準備もできていないのに。
「心配いりません。向こうの世界からはいつでも、ここに戻ってくることができます。武器は、今授けるとこの世界に悪影響を及ぼすので、向こうの世界で授けます」
小説やアニメで見るような、世界を救うまで戻れないわけじゃないのか。よかった。いつでも戻ってこれるなら、気が楽だ。
「それでは、向こうと繋げます」
その声が聞こえた途端、目の前が真っ暗になった。
「着きました」
目を開ける。知らない部屋の中に立っていた。
「この部屋からしか、あなたの世界に戻れないので、注意してください。また、戻りたいときはこの部屋で、“転移”と唱えてください」
その説明を聞きながら、はやる気持ちを抑えられず、窓を開けた。
窓の外には、森が広がっていた。森の先に城が見える。城の周りには何もなく、あれが魔王のいる場所だとわかった。
「手を前に出してください。今から武器と身体能力向上の力を授けます」
言うとおりにすると、手の上が光った。まぶしくて目を背けてしまう。
光が収まると僕の手の上には、剣が乗っていた。
「まずは森で、どの程度戦えるのか、確認しましょう」
森に出ると、空気が変わった様な気がした。
「魔王が近くにいる影響です。魔物も他の場所より、凶暴になっています」
正直言って、怖い。
でも、武器と力を授かったし、女神様もあなたなら世界を救えると言ってくれた。今が勇気を出すところだ。
「魔物が近づいて来ています。あの木の向こうから来ます」
そう言われ、意識を向けると、僕にも気配がわかった。
鞘から剣を抜く。いよいよだ。
「落ち着いて。今のあなたなら、簡単にできます」
ガサガサと音が近づいて来ている。
豚のような顔をした、でっぷりとした体つきの人型の魔物が木の向こうから出てきた。
体は勝手に動いていた。
見えたと思った時には、足を踏み出し、駆け出した。身体能力向上のおかげか、次の瞬間には、魔物の目の前に迫っていた。
魔物と目があったと思ったら、剣を振りぬいていた。悲鳴を上げる間もなく、首を切り落とした。あんなに太い首を切ったのに、抵抗を感じなかった。
「よくできました。凶暴化していても、あなたにとってはこの程度です」
不思議と落ち着いていた。
もっと、嫌悪感や緊張するものだと思っていた。
「今日はもう戻りましょう」
女神様の言うとおりにし、元の世界に戻った。
あの魔物はどのくらいの強さなんだろう。女神様は凶暴化していると言った。それにしては、弱すぎじゃないだろうか。
「あなたは魔王をも殺せるのです。いくら凶暴化していると言っても、あなたの障害にはなり得ません」
そうなのか……。
「しかし、あなたには経験が足りません。今後は、森の奥に入りましょう。今回より手応えのある魔物が出てくるはずです」
確かにそうだ。経験を積むためにそうしよう。
魔王がいる城の近くには、より凶暴化している魔物もいるだろう。
今日は土曜日で学校も休みだ。
昨日は初めての経験をしたからか、ぐっすりと眠ることができた。
自分で思うより、負担が大きかったのかもしれない。
「今日は森の奥に向かいましょう」
そうしよう。
朝食をとり、部屋へと戻る。
“転移”
目を開けると、昨日と同じ部屋に出た。
早速、森の奥に向かう。
「雑魚は経験にならないので、避けていきましょう」
周辺に意識を巡らし、魔物の気配を探る。
昨日と同じような人型の魔物がいるところは避けて歩いていく。
城まで1kmくらいだろうか。部屋の窓からは遠くに見えたのに、今はこんなに近くにある。これも身体能力向上のおかげだろう。
「強い魔物の気配がします」
城の方角からものすごいスピードで近づいて来ている。
姿が見えた。サイのように角が生えている魔物だ。ダンプカーぐらいの大きさがある。
昨日の魔物とは段違いの強さであることがわかる。
鞘から剣を抜き、駆け出した。
まずは脚を切りつける。少し抵抗があったものの、切り落とすことができた。
雄叫びをあげ、こちらを威嚇している。警戒して近づいてこない。
動かないなら只の大きな的だ。
地面を踏み込み、魔物の前に駆け出す。急いで角で応戦しようとするが、遅い。
顔の真正面から真横へと旋回する。魔物は大きく角を振り上げたが、そこにはもう僕はいない。がら空きになった首へと剣を振りぬく。
魔物の首が落ちる。
先ほどの脚を切り落としたくらいの抵抗を感じたが、それだけだった。
「一度、あなたの世界に戻りましょう。今の戦闘で魔王が気付いたようです」
周りを見ると、木々は倒れ、剣を振りぬいた先は、地面まで切れていた。
雑魚を無視して、小屋まで最短距離で駆ける。
そのまま、部屋へ入り元の世界に戻った。
「先ほどの魔物もあなたにかかれば、雑魚と同じようでした」
その通りだ。
昨日の魔物よりは明らかに強かった。でも、危険を感じるほどではなかった。
「恐らく、あれ以上の魔物は現れないでしょう。もしかすると、魔王も同じように殺すことができるかもしれません」
その程度なのか……。
「正直、予想以上です。あなたを選んで本当に良かった」
女神様に認められた。
そう思うと、自然と涙があふれた。
いじめられ、周りを憎んで生きていた自分が救われたような気がした。
この気持ちが薄れないうちに、動き出すことに決めた。
明日、魔王を殺す。
「あなたならできるでしょう。私もついています」
ああ、なんと頼もしいのだろう。
「明日に備えて、今日はもう休みましょう」
僕は、幸せを抱いたまま眠りについた。
目が覚めた。
清々しい気分だ。今から魔王を殺しに行くとは思えない。
いや、逆だろう。
「向かいましょう」
“転移”
目を開ける。ほんの2回しか訪れていないのに、もうここには来ないと思うと、感慨深いものがある。
「今日は最短距離で魔王の元まで向かいましょう」
僕は頷くと、駆け出した。
途中で遭遇した魔物は、すれ違いざまに殺していく。抵抗される間もなく殺せるので、手間ではなかった。
城の前についた。城門は固く閉ざされていたが、馬鹿正直にここから入ることもないだろう。
少し力を入れジャンプすると、2階のベランダへ飛び移ることができた。
部屋の窓を割り、そこから入る。ガラスの割れた音が響いただろうが、関係ない。
向かってくる魔物は殺して進めば問題ない。
気配を探り、最も強く感じる場所へ向かう。そこに魔王がいるはずだ。
案の定、向かう途中に魔物が向かってきたが、すべて殺した。まるで作業のようだ。
豪華に装飾された扉の前に立つ。
この向こうから、魔王の気配を感じる。王の間というものだろうか。
扉を開ける。
奥の方にある椅子には、魔王であろう人が座っていた。
一目見た感じだと、人と違いは見つけられない。角も生えていないし、翼も生えていない。しかし、気配は最も強く感じる。
「なんでお前が!」
魔王が叫ぶ。
僕とは初対面のはずだ。女神様に言ったのだろう。
魔王にとっても、想定外のようだ。
「奴は油断しています。立て直す前に殺してください」
女神さまが囁いた。
僕は言うとおりにする。
駆け出しながら、鞘から剣を抜き放つ。魔王は驚愕したままだ。
首めがけて剣を振り抜く。
「やめろっ!」
魔王は叫びながら剣を避けた。さすが魔王だ。
しかし、僕は体勢を崩した瞬間を見逃さなかった。
剣を切り返し、心臓に突き刺す。
「ぐぇぇ」
気持ちの悪い声を聞きながら、剣を更に心臓に押し込む。
魔王はあっけなく動かなくなった。
「おめでとうございます」
女神様の嬉しそうな声が聞こえた。
「そして、楽しませてもらいました」
どういうことだろう。
「周りを見てください」
ここは……、学校の教室だ。
手には血が付いたナイフが握られていて、床には僕をいじめていた奴が血を流して倒れていた。
ピクリとも動いていない。
廊下からは悲鳴が聞こえる。
吐き気が込み上げてきた。
そうだ……。僕が殺したのだ……。
「その通りです。ネタ晴らしをしましょう。あなたは、別の世界には行っていませんし、特別な武器も力も授かっていません。すべて、私が見せた幻覚です」
女神様は、ニタリと笑った。
「幻覚といっても、あなたが殺したことは幻覚ではありません。最初の豚の顔をした魔物は、道を歩いていた男性になります。サイのような魔物は、トラックの運転手でした。魔王は言わずもがなですね」
「私は女神ではありません。精霊と呼ばれることが多いです。いたずら好きで知られていますね。人間とは違う存在なので、勘違いしたのでしょう」
「あなたを選んだ理由ですか?いじめられていたからです。そういう人は、私の話を聞いてもらいやすいのです。つまり、幻覚にかかりやすいということですね」
「あなたがトラックの前に飛び出し、タイヤをパンクさせ、困惑した運転手を殺した時には、笑いをこらえるのに必死でしたよ」
殺してやる。
目の前の存在にナイフを振りかざす。
しかし、手ごたえもなく、女を素通りしてしまった。
「殺せるはずないでしょう」
遠くからサイレンの音が聞こえる。
「ああ、あなたを選んで本当に良かった」
もう目の前に女の姿はなかった。