08 ˥˨˧˦˩ 小さな魔女
『ブー』
家の電鈴が響いて誰かが来たとわかったので、私は玄関に向かった。ロㇰペㇾタㇻとセㇷ゚チㇱレㇺも一緒で、いつもみたいにロㇰペㇾタㇻが私の胸に、セㇷ゚チㇱレㇺが私の肩に乗っている。
「あ、牧星菜ちゃん、おはよう」
「おはようなの。澪梨子お姉ちゃん。ロㇰペㇾタㇻちゃんとセㇷ゚チㇱレㇺちゃんも」
ドアを開けたらある小さい女の子が現れた。あ、今の『小さい』は物理的ではなく、年齢のことだ。コㇿポックㇽみたいな小人ではなく、普通に人間であり幼い子供だから小さいのだ。
彼女は隣の家に住んでいる子で、名前は北白沼牧星菜ちゃん。10歳で小学5年生。身長は年相応、140センチくらい。私より頭一つ分くらい低い。
本州から来た私と違って彼女はこの町出身でずっとここに住んでいる地元の人間だ。日本人だけど、『フㇱコアイヌ』(husko aynu)という民族の血を引いているようだ。
フㇱコアイヌというのは北海道の少数民族であるアイヌの一種だ。今純血はもう残っていないようだが、フㇱコアイヌの血を引いている混血の人はたくさんこの町に住んでいる。彼らは昔からこの辺りのコㇿポックㇽたちと親しんでいつも見守っている存在とも言える。私の知らないコㇿポックㇽに関する歴史や秘密も知っているようだ。牧星菜ちゃんだってまだ子供だけど私よりコㇿポックㇽのことが詳しくて慣れている。
そしてフㇱコアイヌは他のアイヌにはない特徴もいくつか持っている。例えば外見のことだ。黒髪の他に銀髪の人も少なくない。牧星菜ちゃんも綺麗な銀髪になっている。ちなみに彼女の髪は後ろの方が首の少し下まで伸ばし、前髪は左と右が鎖骨に当たるくらい長い触角で可愛らしい。その髪の上にマタンプㇱ(matanpus)というアイヌのよく使う鉢巻を付けている。
「ところで牧星菜ちゃん、今日の天気そんな服を着て暑くないの?」
今牧星菜ちゃんが着用しているのは『カパラミㇷ゚』(kaparamip)という昔からアイヌがよく着る着物だ。どんなものか私の語彙力があまり足りなくて説明しにくいが、基本的に木綿から作られた着物だ。袖が手首まで、下半身は脹脛まで長い。露出は少ない。寒い時に向いているような衣服で北海道の天気にはぴったりだとは思うけど、今は真夏でその格好はどうかな。ただ見ている私まで暑さを感じそうだけど、こんな格好の牧星菜ちゃんはすごく似合って可愛いからそれでいいかもしれないけど。
「魔法で何とかしているから全然平気なの」
「なるほど。やっぱり魔法って便利だな。私も使えたらいいのに」
そう、魔法だ。実はフㇱコアイヌの人々は不思議な力……つまり魔法が使えるらしいよ!
そして牧星菜ちゃんも魔法の素質があって、今魔法を勉強中だ。魔法なんて最初は私も簡単に信じなくて冗談だと思っていたけど、実際に牧星菜ちゃんは魔法を見せてくれたから信じるしかない。
可愛いだけでなく魔法まで使えるなんてすごいよね。眩しすぎる。
「澪梨子お姉ちゃん。そんなにじっと見つめて、牧星菜の顔か体に何か変なの?」
あ、つい見つめすぎたか。
「いや、なんか牧星菜ちゃんって本当に偉いな、って」
そう言って私は牧星菜ちゃんを撫で撫でした。その時セㇷ゚チㇱレㇺは私の肩から牧星菜ちゃんの頭の上に移動した。なんか栗鼠みたいにちっちゃくて簡単に人間の体の上に登って移動できるんだよね。
「マキセナの髪の毛、やっぱり綺麗でつやつやであたしは好きよ」
セㇷ゚チㇱレㇺは牧星菜ちゃんの髪の中で気持ちよさそうだ。いいな。私もそんなに体が小さかったら同じようなことをしたいかも。
「いいよね。こんな可愛い銀髪。私は普通の真っ黒の髪で」
セㇷ゚チㇱレㇺとロㇰペㇾタㇻも鮮やかな髪の色だし。私だけ地味で普通。
「ミオリコの黒くてつやつやな髪がボクは好きだぞ」
「あたしも好きよ。ミオリコの黒も、マキセナの銀色も」
ロㇰペㇾタㇻもセㇷ゚チㇱレㇺも時々私の頭の上に乗っているけど、その時どんな表情しているか、私は見えないから確認する方法がない。
「牧星菜も澪梨子お姉ちゃんの黒髪が好きなの。牧星菜もみんなみたいに黒髪になりたいのに」
「いやいや、牧星菜ちゃんはこんな銀色の髪で一番だ。そのままにしてね。せっかくこんな綺麗で可愛い髪だから」
黒髪の牧星菜ちゃんも想像してみたら確かに可愛いかもしれないけど、やっぱり今のままの銀髪は一番似合うと思う。
「澪梨子お姉ちゃんがいつも可愛いと褒めてくれて嬉しい。牧星菜はそんな澪梨子お姉ちゃんのことが大好きだから」
「もう、またそんな……」
牧星菜ちゃんといいコㇿポックㇽたちといい、みんな私に懐いて、私のことが『好き好き』って……。まったくね。私なんかそこまで彼女たちに好かれるような要素があるのかな? どこにもいる普通の日本人の女の子のつもりだけど。
でも牧星菜ちゃんの場合はまだ子供だから本当の『好き』の意味はわからないだろうね。実際に彼女は「澪梨子お姉ちゃんと結婚するの」と言ったこともあるし。どうせ大人になったらそんなことは忘れてしまうと思うから私は気にしないけどね。
「ところで、もしかして今日もまた何か魔法を見せるのかな?」
私は牧星菜ちゃんのカパラミㇷ゚(着物)とマタンプㇱ(鉢巻)の不思議そうな文様を見つめながらそう訊いてみた。この着物は地が薄紫色の織物でアイヌの特徴らしい文様が濃い紫色で描かれている。詳しいことは知らないけど、その文様は『魔法の源』で魔力を集めるという役割だそうだ。別にこの服を着なくても魔法は使えるようだけど、こんな装備をしておいた方が使いやすくなるそうだ。
だから何か魔法を使う時に牧星菜ちゃんはよくこんな服を着用している。今回もそうみたい。
「うん、実は新しい魔法を習得できたから、今日澪梨子お姉ちゃんと一緒に遊びたいの」
「本当に? どんな魔法なの?」
「それは見ての楽しみなの」
「あ、そうよね。とりあえず中に入ろう。どの部屋でいい?」
「澪梨子お姉ちゃんのお部屋でいいかな?」
「いいけど、狭い寝室で問題ないの?」
だって魔法を使うのなら広い場所の方がいいよね?
「うん、むしろ狭い部屋がいいの」
「そうか。わかった」
狭いところの方がいいってどんな魔法だろう? あまり想像できない。でも暴れたり物を壊して困らせるようなやばい魔法ではなさそう。
とにかく楽しみだ。
今回はアイヌの話いろいろ出ていますが、これはあくまでこの物語の中の設定で、現実とはいろいろ違います。まずフㇱコアイヌは実在しません。
アイヌの文様は現実では魔法とは関係なく、ただ魔除けのためです。どんな文様なのか言葉で説明するのは難しいので、読者の想像に任せます。
ちなみに牧星菜ちゃんの服装と髪型は大体アニメゴールデンカムイのアシㇼパと似ているって感じです。