02 ˩˧˥˨˦ 小さな町
突然だけど、『コㇿポックㇽ』(korpokkur)って知ってる? 北海道の伝説に現れる小人のことだ。その名前はアイヌ語で『蕗の下の人』という意味のようだ。
その名の通り、木の葉の下にいるくらいだから随分体が小さい人だということね。大きさについては諸説あって、もしかしたら他の地域のコㇿポックㇽは違うかもしれないけど、私の知っているコㇿポックㇽたちは人間のちょうど10分の1サイズになっている。
普段コㇿポックㇽは森の中に住んでいて、あまり人間に知られていなくて謎も多いけど、私の住んでいるこの北海道の隅っこの小さな町では人間と一緒に暮らしているコㇿポックㇽがいる。しかもみんなは日本語もアイヌ語も流暢に喋れるようだ。
なお『コㇿポックㇽ』はアイヌ語の呼び方で、『ロ』と『ル』ではなく、小書きの『ㇿ』と『ㇽ』が使われているけど、それが一般日本人にとって発音しにくいから、日本語では『コロポックル』と呼ぶ方が一般だな。そしてアイヌ語は『パ』(p)と『バ』(b)の区別がないため『コロボックル』と呼ぶことも多いようだ。
私もアイヌ語があまりわからないから、最初は正しく発音することができないけど、コㇿポックㇽたちと一緒に暮らしていたら自然に発音に慣れてきた。まだアイヌ語が喋れるわけではないけど簡単な単語くらいならわかる。
そんな私、原瀬川澪梨子は、実はこの町出身ではなく、今年の冬から両親の都合で本州から北海道へ引っ越ししてきたばかりだ。今でもまだこの町のコㇿポックㇽのことはいろいろわからないところが多くて勉強の途中だ。
具体的にここは北海道のどこかは秘密にしておこう。内陸で海とは近くないだけは確かだ。それと、札幌からもかなり遠い。
ここは辺鄙で小さな町だけど不思議で神秘な場所で私はとても好きだ。なにせコㇿポックㇽが人間と暮らしているのはここだけのようで特別だから。
そして私の家にも可愛いコㇿポックㇽの女の子が住んでいる。しかも2人も。
水色のコㇿポックㇽ、ロㇰペㇾタㇻ(Rokpertar)。
桃色のコㇿポックㇽ、セㇷ゚チㇱレㇺ(Sepcisrem)。
どれも名前が独特で難しくてツッコミしたいところだよね。これはアイヌ語でも外国語でもなく、コㇿポックㇽ特有の言語らしい。いわゆる『コㇿポックㇽ語』? 意味はとくにないらしい。
発音に慣れていない頃は何度も間違えて校正されたね。省略して簡単に発音できる名前で呼ぶ人もいるけど、私はそのままにしておいた。だってなんかいい響きで私はこんな名前が好きだから。
人間の家は小さなコㇿポックㇽにとって大きすぎて、一緒に住むにはちょっとした工夫が必要だ。例えばこの部屋の机や本棚にはコㇿポックㇽ用の小さな梯子がついている。コㇿポックㇽは妖精ではなく翼を持っていなくて飛べるわけではないから高いところに行くには登るしかない。
私のこのベッドだって梯子がついている。今もロㇰペㇾタㇻとセㇷ゚チㇱレㇺがこれを使ってベッドに登ったんだろう。ロㇰペㇾタㇻは朝よく私を起こしに来るし。今日もそうだ。
私はさっきから自分の右手の中に掴まれていたロㇰペㇾタㇻをセㇷ゚チㇱレㇺの隣に置いて、座りながら2人を見下ろすという形になった。
この2人が並んで立っていたら身長の差が明らかに見えるね。人間と同じようにコㇿポックㇽも多様で体格差の違いもそれなりにある。
この前に物差しで測ったのでわかったんだけど、ロㇰペㇾタㇻの身長はちょうど15.0センチで、セㇷ゚チㇱレㇺは16.8センチだ。これが人間の尺度に換算すれば150センチと168センチね。体格もその身長相応だ。だから私にとってロㇰペㇾタㇻは少し子供っぽい友達で、セㇷ゚チㇱレㇺはお姉さんって感じだよな。
ちなみに私の最近測った身長は159センチだった。同じ尺度ならこの2人のちょうど真ん中くらいね。
そう考えて私はつい、15.9センチくらいに小さくなった自分がこの2人の間に立って等身大になった彼女たちと並んで立っている自分の姿を想像してしまった。なんかいい感じかも。
「なんでボクたちをじろじろ見て興味深そうに笑ってるの?」
「あ……」
今妄想の世界に入ってしまってつい。
「それは……2人とも相変わらずちっちゃいな、と思って……」
「何普通のこと言ってるの? まあ、あたしたちから見ればミオリコの方が大きくて巨人だけどね」
「あはは、まあそうだよね」
私が巨人……。自分が普通の女の子でいるつもりだけど、確かに彼女たちと一緒にいる時私は巨人に見えちゃうよね?
「ボクを呑み込めそうなミオリコの大きな唇は柔らかくて触り心地よくてボクは好き」
「……」
だからロㇰペㇾタㇻはいつも私の唇を奪ったんだよね。もう……。
「あたしを簡単に踏み潰せそうなミオリコの大きくていい形の足は足相が綺麗であたしは好きだわ」
「……」
またそんな怖いこと言って……。それに『足相』って何? そんな単語初めて聞いたよ。まあ恐らく『手相』と似た感じで足の裏の細部の形のことだろう? そんなものを意識する人はなかなかいないはずだと思うけど……。やっぱりセㇷ゚チㇱレㇺは変態だからだ。彼女はロㇰペㇾタㇻみたいに頻繁にキスしに来るわけではないけど、時々私の足を見つめたり触ったりしてくるし。ある意味やばいやつで警戒しなければならないのだ。
「2人ともあんまりそんな変なこと言わないでよね」
「変かな? まあ、要するにボクたちはミオリコのことが大好きだ」
「そうよ。あたしも大好きだわ。ミオリコのあれもこれも」
「そ、そうか。それならいいけど……」
これは彼女たちなりの愛情表現だろうね。好きって言われてもちろん嬉しい。私も2人のことが……まあ一応好きだよ? 口に出さないけど。
なんか厄介なところもあって振り回されて疲れてしまうこともあるけど、実際に一緒にいるとすごく楽しいしね。そんな2人のいる生活は私にとって充実だ。
私はこの物語を書くために北海道のことやアイヌ語をいろいろ勉強しました。
教科書はウィキペディアや『ニューエクスプレスプラス アイヌ語』の本(https://www.amazon.co.jp/dp/B0BP11ZZ66)などです。アイヌ語に興味がある方はおすすめです。