10 ˥˦˧˨˩ 4分の3
「では、行くの。澪梨子お姉ちゃん」
「うん」
私の寝室に入ってしばらく準備したら牧星菜ちゃんの魔法は始まる。どんな魔法を使うかまだ教えてもらっていないからちょっと不安な感じもしたけど、楽しみという感じの方がいい。
「……エネアンウㇱケタポンチセアカㇻワアン……」
牧星菜ちゃんは詠唱を始めた。聞き取れない言葉だけど多分アイヌ語の呪文か何かだ。
その時私は自分の体が薄く白い光に包まれていくと気づいた。どうやらこの魔法の対象は私のようだ。
ちょっと眩しくてつい一瞬目を閉じてしまって、次に目を開けたら光がすでに治まったみたい。だけどすぐには何かが起きたようには見えない。一体何をされたのかまだよく呑み込んでいない。
自分の体を調べてみても変なところは見えない。ただ、周りを見てみたら……なんか上手く説明できない違和感は確かにある。
「成功なの。澪梨子お姉ちゃん。うふふ」
その違和感の正体を把握できる前に、牧星菜ちゃんは私に近づいてきて、その違和感が明らかになってきた。
「牧星菜……ちゃん……?」
気の所為かな? 今なぜか牧星菜ちゃんは私を見下ろしているように見える。普段なら私より小さくて、見下ろすのは私の方だったのに。今牧星菜ちゃんの方が高いように見える。
もしかしたら高い靴を履いているとか? それとも段差がある? そう考えて足元を見たけど全然そうではない。家の中だから当然靴なんて履いていなくて素足で、段差などもなく2人とも同じように立っている。
「澪梨子お姉ちゃん、可愛くなったの~」
牧星菜ちゃんは私を見下ろしながら満足そうに笑った。いつもの子供らしい笑顔だけど、今なんか少し怖く見えるのは気の所為かな?
「牧星菜ちゃん、もしかして身長伸びたの?」
成長期だし。急成長はありだよね?
「えへへ、澪梨子お姉ちゃんにはそのように見えるの?」
「違うの?」
確かに見た目はそのままで別に大人に成長しているわけではないみたいだしね。
「さあ、どうだろうね~」
なんか誤魔化されているみたい。自分で答えを見つけろっていうの?
もしかしたら……と思って部屋のあっちこっち見回してみたらやっぱり……。
机も、本棚も、ベッドも、少しだけど何もかも大きく見える。普段背伸びしなくても簡単に届く上の棚も今は背伸びしても全然届かない。
ということは……。
「私が小さくなったの?」
「正解! やっと気づいたか~」
「やっぱりそうだったね」
牧星菜ちゃんの呪文が私にかけられたのだから、その変化が私にあるのは当然だよね。まあ、実は最初から薄々気づいていたけど、ただまだ納得いかなかっただけ。
「そんな小さくなった澪梨子お姉ちゃんは、今簡単に抱き締められるの~」
そう言って牧星菜ちゃんは私をギュッと抱いてきた。今私は彼女の腕の中に収まっている。普段私の方が抱き締める側だったのに、サイズが逆転になるとこうなるんだよね。
子供に子供扱いされて変な気分になったけど、これもこれで悪くないかも。私はなんかわくわくしてきた。
「牧星菜のことも、『お姉ちゃん』って呼んでもいいの。澪梨子ちゃん~」
「え? いや、それはさすがに……」
私の方が牧星菜ちゃんの妹か? そんなこと想像したことない。私にとって牧星菜ちゃんは小さな子供だとずっとそんな風に思っていたら。
でも確かに今の私はまるで子供の頃に戻ったって気分で不思議な感じだな。
「ね、牧星菜ちゃん、今の私って何歳に見えるの?」
この部屋には残念だけど鏡がないから自分の体を自分で調べることはできない。
今私から見たら10歳の牧星菜ちゃんもお姉さんに見えてしまっているから随分小さい子供になっているだろうね。
「ふん? ううん、澪梨子お姉ちゃん。何か勘違いしているようだけど、別にこれが若返りの呪文ではないの」
「え? そうなの? ではいったい……」
「わかってくれたと思ったら、結局まだ何もわかっていないのね」
牧星菜ちゃんは呆れたような顔をして、私を腕から解放した。
「あのね、これは『縮小化』の呪文なの」
「縮小化……って?」
「つまり澪梨子お姉ちゃんの体が小さくなったのは子供に戻ったのではなく、元の姿のままでただ尺度が小さくなるの」
「何だと?」
こういうことか。そういえば服も違和感がない。着ているものが一緒に小さくなっているからだろう。もしただの若返りだったら服がダボダボになっているはずだ。
「ボクも小さくなっているの?」
その時ツッコミ入れてきたのはロㇰペㇾタㇻだった。彼女は今も私の胸のところに乗っている。さっきまでずっと牧星菜ちゃんとばかりやり取りしていたけど、実は2人のコㇿポックㇽも一緒にいることは忘れてはいけない。
「うん、ロㇰペㇾタㇻちゃんは澪梨子お姉ちゃんとくっついているから一緒に小さくなっているようなの」
やっぱりそうか。もしロㇰペㇾタㇻは一緒に小さくならなければ相対的に大きくなるように見えて違和感が生じるはずだ。
「ボクはあまり実感がないけど……」
「まあ、ただ4分の3サイズ程度で変化が僅かだから比較対象がないとわからないのね」
4分の3か、少しだけ小さくなったとはわかっているけど、具体的な数字は初めて聞いた。つまり身長159センチの私は120センチになっているってこと。通りで牧星菜ちゃんとは身長差が逆になっているってわけか。
「ほら、これでわかるでしょう?」
牧星菜ちゃんはセㇷ゚チㇱレㇺを手に乗せて、私の胸のところまで運んできた。そしたらロㇰペㇾタㇻとのサイズ差は比較できる。
「本当だ。セㇷ゚チㇱレㇺ、いつもより大きいぞ」
「ロㇰペㇾタㇻはちっちゃいわね」
セㇷ゚チㇱレㇺは元のサイズのままだから私から見ても確かにセㇷ゚チㇱレㇺはいつもより少し大きく見えるね。まあ、私から見れば彼女は手のひらサイズであることはあまり変わりないけど。
「ミオリコの胸も小さくなっているわね」
「……っ! そ、そんなこと……ない。よね?」
元々あまりないのに、小さくなってどうするのよ? いや、今体ごと縮んだから胸もそうだろうけど、そんな意味ではない。どうせ形は変わらないはずだし。
逆にもし体が小さくなって胸だけそのままだったら相対的に大きく見えるんじゃないか? と、変な想像もしてしまったけど、やっぱり無理あるよね。
「みんな楽しそうなので牧星菜も嬉しいの。だけどこれはまだ始まったばかりなの」
「まだ何かあるの?」
「えへへ、実はね。もっともっと小さくできるの~」
牧星菜ちゃんがそう言ったら、私の体はまた光ってきた。
もしかして……。