01 ˥˨˦˩˧ 小さな唇
「朝だよ。起きるぞ。ミオリコ……!」
私の名前を呼ぶ可愛くて甲高い女の子の声が耳の近くで響いてきた。
「まだ寝ていた~い」
私は目を開けないままそう答えた。だってもう夏休みでしょう? ここ北海道の夏休みはちょっと遅いけどやっと今日からだ。中学生にとって勉強と同じくらい睡眠も大事だよ。
「まったく……。いつ起きるの?」
「後30分くらい……?」
しつこいっぽい女の子の質問に対して私は適当に答えた。
「駄目に決まってる! もう……」
そんな呆れたような声を私はとりあえず無視した。そしたら……。
「ね、起きないとちゅうしちゃうぞ~」
「……え?」
まだ覚めていない私の頭がその言葉を呑み込む前に、下唇に小さくて柔らかいものが当たったような感覚がした。触れたのは下唇の小さな一部だけだけど、よく覚えている感触だった。
それってまさか……。そう思うと私は目を開けた。
「ロㇰペㇾタㇻ? 今何をしたの?」
やっと目が覚めた私の視界にすぐ入ってきたのはやっぱり『ロㇰペㇾタㇻ』というちょっと風変わりな名前の女の子だった。さっきまでのうるさい声も彼女のものだったらしい。
そんな彼女は今私の胸の上に立っている。そう、つまり今私は彼女の両足の下にある。でも別に全然重くも苦しくもないよ。いつものことだし。
だって、彼女は小さな小さな女の子だから。身長は15センチくらいしかなく、私の手のひらの長さと同じくらいね。体重もただ50グラム未満だし。
「朝のちゅうだぞ。やっぱりこうやったら起きてくれるんだ。ミオリコの弱点ね。えへへ……」
「『えへへ……』じゃない!」
私は突然体を起こして足を伸ばして座ったという体勢になったら、ロㇰペㇾタㇻは転がって私の胸から太腿に落ちた。ちなみに私が着ているのは寝間着のネグリジェで布が薄くて柔らかいから彼女がこんな風に転んでも痛くないだろう。
私は彼女の小さな体を右手で優しく掴んで自分の視線と同じくらいの高さまで持ち上げて睨み付けた。
「キスは……、唇は人間にとって大事だと言ったでしょう!」
そう、ロㇰペㇾタㇻは人間ではない。まあ、そもそもこんなちっちゃい人間がいるわけないしね。彼女はいわゆる『コㇿポックㇽ』という種族だ。北海道民ではない方にはあまり聞き慣れない名前かもしれないが、要するに小人族だと認識してもいい。姿はほとんど人間とは変わらないけど、スケールは違う。人間の姿をそのままちょうど10分の1サイズに縮んだって感じね。
それと、生まれや年齢や寿命の概念も人間と違うらしい。ロㇰペㇾタㇻの見た目年齢は14歳の私と同じかちょっと下くらいに見えるが、実際に本当の年齢は人間の常識で判断できないそうだ。
その他に人間と違うのは目と髪の毛の色くらいかな。コㇿポックㇽの髪の毛は色とりどりでバリエーションが多い。例えばロㇰペㇾタㇻの髪は鮮やかな水色だ。ちなみに髪型は彼女の身長の半分くらい長いツインテールで、とても可愛らしい。
服装もその髪の色に見合う可愛い水色の和服っぽい着物にしている。ただし普通の和服の着物と比べて露出が多い。首のところは広く、鎖骨が隠れていない。腕の部分も肘くらいまでしかない。下半身の方も短くて膝が露わになっている。
髪の毛と着物の色と体付きから見れば正に水の妖精って感じだ。翅は付いていないけど。
そんな彼女の唇ももちろん10分の1サイズで、キスと言ってもただ彼女の唇は私の下唇の小さな一部に当たるだけで、私にとって感覚が薄くてあまりキスって感じではないかもしれないけど、やっぱりつい意識してしまう。
「だってミオリコはなかなか起きてくれないから」
「そうだけど、ちょっと危ないじゃないか」
彼女の顔は私の口よりも小さいのだから、もし私が寝惚けて食べ物だと思って口に入れてしまったら……。いやいや、さすがに私はそんなことしないはずだと思うけどね。
私だって自分を食べられるくらいの巨人の口が近くにあると想像してみたらなんかきっと怖くて……。やっぱりそんな想像はやめよう。
「ボクはミオリコのことが好き。食われても別にいいぞ。むしろ好きな人の口で嬉しいかも」
彼女は冗談っぽく微笑みで言った。
「いや、そんなこと冗談でも笑えないかもよ」
食べるなんてそんな……。確かにロㇰペㇾタㇻは『食べたいくらい可愛い女の子』だとは思ったことがあるけど、それはただ比喩的というか……。
「冗談じゃない。本当に好きだぞ。さっきもボクはちゅうしたいからしたんだ」
「ロㇰペㇾタㇻって、すぐ簡単に『好き』って言っちゃうなんて」
彼女はいつも私のことが好きって言っているし。もう挨拶と同じくらいって感じかな。
「ミオリコはボクのこと好きじゃないの?」
「え? いや、それは……」
もちろん好きよ。だけど口に出すのは恥ずかしい。それにそんな意味の好きじゃない……って、そもそも今私はどんな好きって想像してるんだろう? もう……目覚めたばからの頭はまだそこまでまともに動かない。
「ふたりとも朝からイチャイチャしてるわね。あたしも混ぜてよ」
私たちの会話に突っ込んできたのはもう一人の女の子。彼女は私の足の裏から覗き込んできている。そう、彼女もロㇰペㇾタㇻと同じくらい小さいのだ。足を伸ばして座っている私の足の裏に隠せるくらいね。
「セㇷ゚チㇱレㇺもいたのか」
私は彼女の名前を呼んだ。この名前もロㇰペㇾタㇻと同じくらい呼びにくいけど。そう、この女の子……セㇷ゚チㇱレㇺもコㇿポックㇽだった。容姿は大体ロㇰペㇾタㇻと似ているところもあるけど、子供っぽいロㇰペㇾタㇻと違ってセㇷ゚チㇱレㇺは顔も体付きももっと大人でお姉さんって感じだ。髪の毛が桃色で自然に場して太腿まで長い。格好は同じようなデザインの着物だけど色は髪の色と同じ桃色だ。
「ずっといたんだけど……。ロㇰペㇾタㇻばかりずるい。あたしもミオリコとあんなことやこんなことしたいわ」
「セㇷ゚チㇱレㇺまで……。もう……」
そんなセㇷ゚チㇱレㇺも実は私のことが好きなようだ。ロㇰペㇾタㇻほどぐいぐい来るわけではないけど、その代わりに彼女は……なんというか……変態?
「まあ、あたしは今ミオリコの足の香りだけごちそうして十分だわ」
「やっぱり変態だ!」
さっきまであそこにいて嗅いでいたの? そう考えると鳥肌が立った。こんな小さな少女なのに私に恐怖を感じさせるとは。
とりあえず私はすぐ体勢を変えた。伸ばした足を戻して体操座りにした。これなら足の裏は隠せる。
「足のところにいたら危ないでしょう。その……踏まれたらどうするの?」
我ながら怖い想像をしてしまった。もちろん踏むつもりはまったくないけど、万が一ミスをする可能性も考えられるだろうから。
「あたしはむしろその可愛い形で芳しいミオリコの足ならご褒美だわ。うふふ」
「……」
私は言葉にできないくらいひいた。今は冗談のように聞こえるけど、やっぱり変態だ。ドMってやつだな?
「まあとりあえず、おはよう。ミオリコ」
「え? うん、おはよう。セㇷ゚チㇱレㇺ。あ、ロㇰペㇾタㇻも」
「おはよう。ミオリコ!」
朝っぱらから騒いだけど、これは別に今日だけのことではない。この小さな二人とじゃれ合うのはもう今の私の日常だからね。
とにかく、こうやって私の新しい朝は始まった。
今回は北海道を舞台とするほのぼの日常作品です。よろしくお願いします。
『コㇿポックㇽ』に関しては次に説明していきます。
(物理的に)小さな女の子は可愛くて好きで仕方ないですね!