第67話 ふわふわを目指して②
会ったばかりのキヌさんに、バスタオルの生産を依頼したレオナだったが、有り難いことに、キヌさんは2つ返事で了承してくれた。
今、最も求めていた人材の協力。
あまりにタイミングの良い出逢いに、私ってもしかして運がいいのかも、なんて自画自賛する。
キヌさんという新戦力も加わり、トントン拍子に進んでいるように見える家族風呂計画。
だがしかし、レオナには1つだけ気になったことがあった。
それは、キヌさんが使っていた道具だ。
機織り機を購入したと聞き、てっきり日本史の教科書に載っていたような、本格的なものかと思いきや、出てきたのは簡易な卓上機織り機。
私、前世での子どもの頃、似たようなおもちゃで遊んでたから知っているぞ。卓上機織り機って、たて糸の上下を変える時いちいち手でレバーを捻ったり必要があるから、結構手間がかかるんだよね。
家族風呂の運営にあたっては、来てくれる利用者のタオルは全てレオナ側で準備したいから、用意すべきタオルは大量なのだ。
だけど、スピード重視でキヌさんに雑な仕事をさせるわけにはいかない。
そうなると、無駄な手間はできる限り省いた方がいいに決まっている。
だから、ちょっと口出しすぎかなと思いつつも、帰り際にヒントを出すことにした。
「ああそうそう、たて糸の上下の切り替え、手じゃなくて足でできるようにしたら便利かもね」
ここまでヒントを出せば、ガッツなら機織り機の改良をしてくれるだろう。きっと江戸時代あたりまで、文明を発展させてくれるはずだ。
◆◇◆◇◆
レオナには、優秀なガッツの心配をするより、やるべきことがあった。
思うに、今キヌさんが持っている糸は、出来上がった布の肌触りからして絹糸だ。
正直、シルクの肌触りは大好きなのだが、今後大量生産していく事を考えれば、自領で生産できない(少なくとも今は)絹糸は都合が悪い。
そうなった時に、代替品として候補に挙がるもの。
そう綿糸だ。
前世でもタオルは絹より綿の方が多かった気がするし、何より綿花なら農業スキルで栽培できる。
そう思い、綿花の栽培を試みることにした。
まずは綿花栽培の新スキルを創造して、すぐさま習得。
▽農業スキル
◯サブスキル
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綿花栽培(SP0/3)
綿花の種を蒔く
縦1メートル横0.2メートル
栽培期間7日
消費MP1
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薬草は収穫まで15日かかるが、綿花は約半分の7日で収穫できるようだ。
そのため、綿花の栽培を思いついてから、スキル取得→栽培→収穫までは、然程時間はかからなかった。
ドサッ
綿がたっぷり入った木箱を持って(といっても大半はテオが持ってくれているのだけど)、向かうはガッツの工房。
まずは綿から糸を紡ぐ作業が必要なのだが、不器用なレオナがするより、キヌさんに任せてしまう方がいい。太さが不揃いだと、なんとなく編みづらそうだし。
そう思い、収穫したままの綿花を持ってきたのだ。
キヌさんは既に経験があったのか、特に悩む素振りもなく、たんたんと糸を紡いでいく。そして、紡いだ綿糸を機織り機にセットした。
あ!機織り機、ちゃんと足踏み式になっているじゃん。さすがと思い、ニヤニヤしながらガッツを見ると、ガッツは照れくさそうに頭を掻いた。
ガシャガシャガシャガシャ
キヌさんが猛スピードで編んでいく。
手慣れた手つきに圧倒されながら、隣で観察する3人。
「なるほど、たて糸1本に対し、横糸は1本使っているのね」
いわゆる平織ってやつだ。
レオナが昔、遊びで作っていたのもこの平織りのタオルだ。
横糸を1本のみ使う平織は、生地が薄い分、乾くのが早いという特色がある。
が、乾燥地帯のグライスナー領で、タオルの乾きやすさを重視する必要はあるだろうか?いや、ない。
ハンドタオルくらいのサイズのタオルが完成したところで、口を出す。
「ねぇキヌさん。今度はこんな感じで編んでほしいんだけど」
レオナが提案したのはパイル織。前世で使っていたタオルは、たいていこのパイル織だった。
あるとき、バスタオルの表面に、
ΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩ
このような輪っかがたくさんあることが気になって、どうやってこの輪っかを作っているのか、調べたことがある。
どうやらこのパイル織は、たて糸1本に対し、横糸を3本使っているらしく、また、この輪っかのおかげで、ふわふわになりやすいんだとか。
レオナはバスタオルは吸水性が命だと考えるタイプ。だから、家族風呂で提供するバスタオルも、このパイル織によるものを推したい。
完成した2つのハンドタオルをみんなで見比べる。
「みんなはどっちのタオルが好み?」
「私はパイル織が好きですね」
これはキヌさん。
「私は平織りは結構好きです。暑苦しくないというか、鍛錬中にサッと吹くのに向いてそう」
テオは平織り派らしい。
ガッツは、普段遣いや長旅ならかさばらない平織り。お風呂用ならパイル織がいいとのこと。
見事に意見が分かれたな。
「パイル派1名、平織り派1名、中立1名。これはレオナ様次第になりましたな」
「レオナ様はどちらのバスタオルがお好みですか?」
「私は······」
テオには悪いが、答えは決まっている。
「パイル織」
◆◇◆◇◆
「じゃあ、これはテオさんに」
採用されずかわいそうに思ったのか、なんとキヌさんからテオに、平織りのハンドタオルのプレゼント。
「えっいいんですか?ヨッシャー!」
「いいなぁ」
「羨ましいですぞ、テオさん」
平織り推しがテオだけだったからだと思うけど、かなり羨ましい。ガッツも同じことを思ったのか、「あの時平織りと言っていれば。いや、それだとレオナ様にパイル織ハンドタオルがプレゼントされることに。あぁ」と悔しがっていた。
3人でワイワイしていると、「グスッ」と嫌な音が。
振り向くと、涙ぐむキヌさんが居た。
「え、キヌさん、どうしました!?」
「すみません、お仕事中に泣いてしまって!あの、私、今まで家事ばかりしてきたから、自分がした事で誰かにこんなに喜んでもらえたの初めてで······。だから、あの、凄く嬉しいんです」
なるほどそういうことか。
でも確かに、この環境だと【誰かの役に立っている】という実感は、なかなか得られにくいのかもしれないな。
今までは、水や食料の確保で精一杯なグライスナー領だったけれど、これからは、そういう【社会に貢献したい】という欲求を満たすような施策も必要な時期に差し掛かっているのかもしれない。ともあれ。
「じゃあこれから、キヌさんは大変ですね。だって家族風呂の運営を始めたら、きっと街中の皆が喜びますから」
「そうですぞ」
「はい。私、頑張ります!皆が喜ぶタオルを、たくさん作ってみせます!」
「まぁ!キヌさんがその気なら、私も負けていられないですね。綿花を育てに行ってきます。テオ、行きますよ」
いくらキヌさんがやる気に満ち溢れていても、材料がなくてはタオルも作れないからね。綿花の在庫が無くならないように気をつけないと。
「おっと。私も作業に戻らないと。あ、レオナ様、家族風呂建設の会議は3日後でしたね。色々案を考えていますので、その時に」
「えぇ、よろしく」
石鹸も準備した。
タオルもこれから量産できるだろう。
あと必要なことは、お風呂の建設だけだ。
レオナ=グライスナーに転生して約4年。ようやく、グライスナー領に、公共のお風呂ができる。
「楽しみだな」
早く皆の反応が見たい。
その日が待ち遠しいレオナであった。