第65話 赤髪のフォルテ③
薬草の苗も植えたことだし、お風呂の準備に取り掛かろう。
【クリエイトウォーター∶温泉水】の魔法で浴槽にお湯をためて、入浴剤としてローズマリーのポプリを浮かべる。
石鹸は、普通の石鹸、バラの香り、それからミントの香りを準備しているけど、フォルテさんにとって初めての石鹸かもしれないし、今日はとりあえず普通の石鹸にしよう。
石包丁で、石鹸をサイコロくらいのサイズにカット。ちょうど1回で使い切れそうな大きさだ。
フォルテさんが、どの香りの石鹸を好むか分からないので、日替わりで使ってもらうために最初は使い切りサイズにしてみたのだ。石鹸を何人かで共有しない分、衛生的にもこっちの方がいいだろう。
この石鹸を包丁で切るというのは、実は前世で知ったライフハックだ。他には、石鹸をピーラーで薄くスライスしたりというアイデアもあった。面白い事を考える人がいるもんだと感心しつつ、良いアイデアなので素直に取り入れてみる。
さて、これでお風呂の準備は完了。
本当は綺麗な着替えとか、タオルとかもあったらいいんだけど、まぁそれはおいおいということで。
◆◇◆◇◆
「ほぅ、これがお主の言うお風呂か」
フォルテさんは、物珍しそうにお風呂の中をキョロキョロしている。
「はい。この入浴設備全体のことを、私はお風呂と呼んでいます。そして今いるこの場所は脱衣所です。お湯に浸かる前に、まずはこちらでお召し物を脱いでいただきます」
「ふむ。分かった」
フォルテさんが無表情のまま衣類を脱ごうとしたので、「まだいいですよ!」とアワアワ制止する。
フォルテさんが手を止めてこっちを見たので、早口で「お先に入浴方法を説明しますので、私達全員が外に出たら、鍵をかけた後に脱いでくださいね」と説明した。
するとフォルテさんも頷いてくれたので、ほっと一安心。焦って汗かいちゃったよ、私もお風呂入りたいなと思いつつ、脱衣所の先を案内する。
「続いてこちらの浴槽、お湯がたまっているところに浸かっていただくのですが、その前に身体を清めていただきます。こちらの桶で浴槽からお湯をすくって、身体にかけます。そうそう、頭から被って髪の毛をしっかり濡らすのも忘れないでくださいね」
「ふむ。とにかく全身濡らせばいいのだな」
「そうですね。熱いので気をつけながら全身にお湯をかけていただければと。それから大事な事がもう1つ。身を清める時は、必ずコレを使ってください」
「これは?」
「石鹸です。石鹸にお湯をつけてゴシゴシと泡だてます。その泡で、髪の毛や身体を洗ってください。はい、これは練習用の石鹸です」
フォルテさんに小さい石鹸を渡し、泡立て方をレクチャーする。といっても、少量のお湯をつけて擦るだけなので、失敗する可能性は限りなく低いが。
「なるほど。これが石鹸か。貴重な品とは聞いていたが、確かにこれは凄いな」
「ええ。白いふわふわの泡。確かにこれは気持ちよさそうです」
フォルテさんも、問題なく泡だてることができたようだ。
サイモンさんの反応も良好。実はサイモンさんにもお風呂を勧めたが、1度断られてしまった。悔しいので、こうやって少しずつ興味を持ってもらって、いつか「僕も入りたい!」と言わせたいと思っている。
「勿論気持ちいいですが、ちゃんと殺菌作用もありますよ。それといくら気持ちいいからといって、長時間無防備な格好で居たら風邪を引いてしまいますからね。しっかり洗ったら、すぐに髪や身体についた泡を十分に洗い流して浴槽につかってください。今日は初めてなので、15分くらい温まるのがよろしいかと思います」
一通り説明し、疑問点もないとのことなので、フォルテさん以外は外で待機することに。
サイモンさんと話しながら待っていると、お風呂から
「ぁ゙ぁ゙あああ〜」というしゃがれた声が。
「フォ、フォルテ様!?」
「ふふふ」「はは」
レオナやテオは、こうした声にはもう慣れっこなので、初々しく慌てたサイモンが微笑ましくて、思わず笑ってしまった。
「いや、問題ない!」
フォルテさんがお風呂から大きな声で返事をした。そうは言ってもサイモンさんは気が気でない様子。
「レオナ様。先ほどのフォルテ様のうめき声?は一体何だったんでしょうか?」
「ふふふ。あれはですね、初めてお風呂に入ると、気持ち良すぎてああいう声が出てしまうのです。私もそうでし」
「私もです」
テオが間髪入れず同意する。
まぁレオナの場合は、今でも毎回出るのだが。
「は、はぁ」
サイモンさんには、上手く伝わらなかったようだ。うん、君も体験してみたらわかるよ。
しばらくすると、頬を上気させたフォルテさんが顔を出した。
「フォルテ様!」
駆け寄るサイモン氏。
「フォルテさん、初めてのお風呂はいかがでしたか?」
レオナは余裕の笑みでゆっくり近づく。そしてさり気なく、お水を渡すのは忘れない。何故なら沈黙治癒ポーションが完成したら、このタイミングでポーションを飲んでもらおうと考えているからだ。勿論、急に水からポーションに変えると怪しいので、ハーブティや麦茶、たんぽぽコーヒー等、入浴剤同様こちらも日替わりで変えていく予定だ。抜かりはない。
サイモンさんが問題ない事を確認した後、水に口をつけながら「確かに気持ちよかった!が、これで治るのだろうか?」と、戸惑うようにフォルテさんは答えた。
「ふふふ。何事も継続が大事ですよ」
◆◇◆◇◆
フォルテさんは、何だかんだお風呂を気に入ってくれたようで、あれから毎日欠かさず入浴してくれた。そして、成長したペラ草を採取した翌日____。
バタバタバタ
「アーサー殿!」
「来たな。_____おぉ、サイモン殿か。そんなに慌ててどうした?あなたらしくもない」
「し、失礼しました。ですが、緊急事態でして。フォルテ様がお元気になられたのです」
屋敷から外を見ると、元気に火魔法をぶっ放しているフォルテさんの姿が。中々にワイルドですな。
「それはようごさいましたね!」
「レオナ様もありがとうございます!!!」
「とんでもございません。毎日きちんと入浴された成果ですね」
正直騙している罪悪感はあるが、人助けしつつ身の安全を確保する方法がこれ以外思い浮かばないので、申し訳ないけど仕方ない。入浴自体にも免疫を強化することで病気を予防する効果はあるんだし、完全な嘘ではない······と思う。と無理矢理自分に言い聞かせる。
なにはともあれ、フォルテさんが元気になって本当に良かった。
◆◇◆◇◆
後日、フォルテさん達から提案があった。
何やら2人共、本格的にグライスナー領に住みたいらしい。どうやらレオナ達が思っていた以上に、お風呂を気に入ってくれたらしいのだ。
グライスナー領に滞在する間は、その代わりとしてグライスナー領近辺の警備をしてくれるとのこと。
こちらとしては願ってもない話だが、これまでと違い、治療中以外は毎日の入浴は難しい。それ相応の対価を払えないと説明したが、助けてもらった恩もあるし、それでも構わないとのことだった。
「よろしいのではないですか?風呂好きの人間に悪い方はいらっしゃいませんわ。だって、たとえ醜い感情を持っていたとしても、アカと一緒にキレイサッパリ流れ落ちているはずですもの」
楽観的な意見はお母様。不治の病を乗り越えた彼女は、もう怖いもの無しだ。
「シャロン殿。ありがとうございます」
「私も兼ねてからシャロンには護衛をと考えていた。実は、シャロンを狙ったターニャが闇属性魔道士かもしれないという報告を受けている。力がある者に警備してもらえるなら安心だ」
最終的にはお父様のこの一言で、フォルテさん達の継続的な滞在が認められた。
ちなみに、フォルテさんを沈黙の状態異常にしたのは、ターニャとは別の魔道士らしい。恐らく、今後厄介な相手になりそうな格上の敵を戦闘不能にするのが目的で、追撃する勢力的な余裕は無いだろうという事だった。
まぁ、2人も闇属性魔道士が居るというのも、それはそれで恐ろしい話だが。
兎にも角にも、フォルテさんという新しい戦力を迎え、大浴場建設に向け更に気合が入るレオナであった。
やっと重めのシーンを抜けました。次話から完結までは、お風呂の話ばかりになる予定です。




