第43話 人生の転機 side:テオ
俺はテオ。
職業:剣士。
ここグライスナー領の領主の娘、レオナ様の護衛騎士をしている。
今日もいつものように、朝からレオナ様をお屋敷まで迎えに行き、
屋敷裏庭の薬草畑
第二地区西側のポーラさん達の畑
屋敷側の井戸
第一地区北西の井戸
第一地区南西の井戸
第二地区北西の畑
の水を補充して周った。
基本移動手段は徒歩なので、5歳の女の子にはかなりハードだと思う。さすがのレオナ様も、最初の頃はほぼ毎日のように帰りはおんぶされていた。のだが、最近はそれも無くなった。1年以上もこの生活を続けていたし、体力がついたのだろう。
水補充の仕事が終わったら、屋敷で軽くお昼ご飯を食べて、今度は薬草畑で作業だ。
レオナ様が魔法で薬草を栽培している間、俺は庭師のアランさんと草刈り等の畑の整備をする。
これが終わったらやっと休憩〜ではなくて、すぐ近くにあるポーション小屋でエリスの作業を手伝う。何故かというと、レオナ様が魔力水を発明してから、ポーション作りはエリスの担当になっていたのだ。
まぁ、俺は少し不器用なところがあるから、薬草を煮出す作業だけしか手伝えないんですけどね。(あと、俺程じゃないけど、意外と器用ではないレオナ様も煮出し担当だ)
俺達以外にも、アーサー様や、ガッツさん、ポーラさん、カリンちゃん、カイルも暇さえあれば手伝いにきてくれる。
時間がある者が集ってみんなでワチャワチャしているこの時間が、最近では俺の1番の癒やしの時間になっていた。
幼なじみのエリスも凄く楽しそうで、見ていてホッとする。
(本当、俺達を拾ってくれた、アーサー様とレオナ様に感謝だな)
◆◇◆◇◆
俺の実家は、狩りで生計を立てている。といっても、この辺り一帯は緑が少ないせいで、動物がほとんどおらず、遠くまで狩りに出てやっと少しの収穫がある程度だった。そんな余裕がない生活を送るうちに、俺は領主に対して不満を持つようになっていった。
だから幼なじみのエリスが、領主の娘レオナ=グライスナーのもとで働きたいと言ったときは、「何を言ってるんだこいつは」と正直思った。
話を聞いてみると、小さなこどもが、短い腕を精一杯伸ばして、従者と思われる男性に抱えられながら、毎日必死に井戸の水補充をしている姿に心を打たれたらしい。
俺からすれば、目の前にある井戸の水補充とか場当たり的な対応じゃなくて、もっと領地全体が豊かになるような抜本的な施策をしてほしいんだが。
だから、そんな風に評価していた領主のもとで働くのは正直気が乗らなかったが、エリスを一人で遠方にやる訳にはいかない。
幸い俺は、狩りで鍛えた戦闘力には自信があったから、エリスと一緒に面接を受け、見事通過し、第2回派遣で州都に行くことになった。
そんな少し捻くれていた俺が、領主に対する評価を考え直すきっかけになったのは、州都派遣の引率をしてくれたアーサー様だった。
俺より年下なのに、領主の息子なのに、たった一人で、月の大半は過酷な行商の旅をしていたらしい。
グライスナー領で見かけるときは、割とお調子者な感じだから、(あと、見た目がthe王子様なのもあって)これほど苦労している方だとは知らなかったのだ。
アーサー様とは、州都に着くまで色々な話をした。
俺は、領内の知り合いの話とか、狩をするときの話とか、あと、現状への不満も少し。
アーサー様は、あの街はどうだこの街はどうだとかの話もしていたけど、大半は妹のレオナ様の話だった。
ほとんどかわいいしか言ってなかったけど、既に魔法を授かっていて、毎日井戸の水補充やら、薬草の栽培やらを頑張っているって話もチョロッとしてくれた。
俺は、その時は「へぇ~兄弟揃って優秀なんだなぁ」くらいにしか思っていなかった。
州都に着いた翌日、この旅の目的である魔法適性の確認をするため、皆で教会へ。
何も授かれなかったらと不安に思っていたが、無事、剣術スキルを授かることができた。
(剣か。得意分野だし、最高だな)
アーサー様に報告すると、「ほんとか!」と両手を握って喜んでくれた。
また、それだけでは留まらず「お前って奴は〜!ありがとう!」と抱擁してくる。
(ちょ近い近い)
続いて、エリスが薬学スキルと分かると、
「ありがとう!ありがとう!」と泣きながら、握った手をブンブンしていた。
感情を爆発させながら喜ぶ姿に呆気にとられ、何が何だが分からず、2人で佇んでしまった。
◆◇◆◇◆
グライスナー領への帰路にて。
その日は野宿になりそうだったため、アーサー様と二人で火をおこしていたところ、
「教会では取り乱してすまなかったな」と謝られてしまった。
「い、いえ」
「不思議に思っただろう?実はな······」
元々この派遣事業自体が、レオナ様の護衛を探すために始まったこと、その収入は、薬学スキルによる薬草で作ったポーションなのだと教えてくれた。
「だから、お前が剣術スキルを授かったって聞いてさ。あぁレオナの努力が実を結ぶんだ〜と思うと嬉しくて、ついな!男泣きってやつだ!」
少し照れながら話す姿に、あぁ〜この人達も、この人達なりに、一生懸命領地のことを考えていたんだな、と気付き、今までの自分の考えの浅さが恥ずかしくなった。
領主への不満はもう無くなっていた。
むしろ、アーサー様と、この人がこんなに大事にしているレオナ様に誠心誠意尽くそう、そう決意していた。
◆◇◆◇◆
「テオ?どうしたの、ボーッとして」
「すみません。少し昔のことを思い出してて」
「昔って、テオがまだガキ大将だった時のこと?」
「うるさいぞ、エリス」
「へぇ、テオにもそんな時代があったのね」
「いや、エリスの嘘ですよ!」
焦る俺をクスクス笑うレオナ様とエリス。
「はいコレ。新作の飲み物なの。落ち着くよ」
「ありがとうございます!いただきます」
俺をからかう事に飽きたのか、レオナ様とエリスはカリンの所に行き、何やらキャッキャッと話しながら楽しそうにしていた。
ここで働くまで見たことがなかったエリスの穏やかな笑顔に、なんだか急に胸がジーンとなる。
ずっとこの時間が続けばいいのに、なんて、らしくないことを思った自分が恥ずかしくて、レオナ様の新作の飲みもの〘たんぽぽコーヒー〙を口に運んだ。
「あ、コレ美味い」