第1話 絶対にお風呂を作る!
ここは、アルマー王国ファンドン州グライスナー領。
領土の大部分が乾燥地帯という過酷な土地である。
そして私は、領主アレス=グライスナーの長女、レオナ=グライスナー(3)
私にはある野望がある!
それは、この水を飲むのも苦労するこの乾燥地帯に、《お風呂》を作ること!
何故水を飲むのも苦労する領地に住んでいるのに、お風呂の存在を知っているかというと、それは____
◆◇◆◇◆
お母様によると、私は小さい頃(といっても今もまだ3歳だけど)から身体が弱かったらしい。だから、3歳になるまでは激しい運動はせずに、基本的には室内で暮らしていた。
3歳を迎えたある日、その日は、普段より少しだけ日差しが落ち着いていた。だから久しぶりに、お父様とお兄様と一緒に屋敷の外に出掛ける許可が下りたんだ。
久しぶりのお出かけにはしゃぎながら動き回る私。
お父様が「レオナ、今日は沢山遊んだね。そろそろお昼ご飯だから、お家に帰ろう」と諭しても、「いやだよ〜だ。もっとあそぶもん」とワガママを返した。
(久しぶりにお外に出られたんだもん。もっとあそぶの!)
がしかし、そんなワガママを諌めるかのように、急激に存在感を主張し始めた太陽。そして、照りつける日差し。
元々体力がないうえに久しぶりにはしゃいでしまったことで、底をつき始めていた体力。
急に頭がフラフラとし始めた、と思った瞬間には、もう眼の前が真っ暗になっていて、ダンッと音をたてて地面に倒れ込んでしまった。
地面に寝転がったまま、自分の意思とは無関係に口が動く。
「まえが見えない。耳がきこえない。み、水。きゅうきゅうしゃ······」
「レオナ!」
「おい、レオナどうした!?まさか、気を失って!?」
意識が朦朧とする中、家族の声は耳に届かず、ただ自分が口走った聞き慣れない言葉について考えていた。
(あれ、きゅうきゅうしゃって何だっけ?)
◆◇◆◇◆
気がつくと、私はクーラーの効いた明るい部屋で、テレビゲームをしていた。
(なんか、変な夢を見ていた気がする)
今日は日曜日。時刻は夜の9時。ということは。
「明日から仕事かぁ〜。嫌だなぁ〜」
自分が好きな事を仕事にしたはずなんだけど、それでも会社に行きたくない日はある。というか毎日行きたくない。
仕方ない。こんな鬱々とした気分の日は長風呂でスッキリさっぱりしよう!
「よ〜し!今日は奮発して、バラの香りの入浴剤にするぞ♪」
ふんふんふ―ふんふんふん♪
ふんふんふ―ふんふんふん♪
「○○○〜!もう1時間お風呂に入ってるよ〜。のぼせる前に出な〜」
(もう1時間か。お湯もぬるくなってきたし、そろそろ上がるか)
浴槽で立ち上がると、ムワッとした湯気が立ち込める。
(換気扇つけ忘れたかも)
頭がクラクラして、「あ、これヤバいやつだ」と思いつつ浴槽を出て、脱衣所でバスタオルを身体に巻く。
しかし耐えきれず、「う、うぅ」
バタン!!
大きな音をたてて、その場に倒れ込んでしまった。
「○○○!?すごい音したけど大丈夫!?ってすごい顔色!!」
「み、水。救急車」
「○○○!○○○!しっかりしろ!今水持ってきてやるから!」
バタバタバタバタ
「ほら水!」
「ゴクッゴクッ。はぁ~。ありがとう、もう大丈夫」
「心配した〜。もう今度から長湯禁止な」
水を飲んでしばらく座っていると、先程までのクラクラが嘘のように普段通りに元気になった。
「心配掛けてごめん〜。でも長湯禁止は勘弁して〜笑」
私が冗談を言うと、誰かは安心したように「だめ〜笑」と笑った。
誰かと笑い合っていると、ふと、あれ?と何かが引っかかる。
「救急車って、つい最近も呼ぼうとした気がする······?」
すると突然眼の前にモヤがかかって、
「何言ってんだレオナ。グライスナー領に救急車があるはずないだろ?」
(レオナ?私はレオナじゃないよ。グライスナー領?って何なのお兄様。ってなんでここにアーサーお兄様が!?)
・・・・・・・・・・
・・・・・
・・・
・
◆◇◆◇◆
ガバッ
「はぁはぁはぁはぁ」
「レオナ!良かった無事で······」
「え、お兄様?私······」
「いいからまだ寝とけ。父上を呼んでくる」
(思い出した。さっきのは夢じゃない。私の過去の記憶だ)
あまりの出来事に身体が冷えて、室温は高いはずなのに、反射で身震いしてしまう。
そうだ。私は昔、というか記憶上はついこの間まで、日本という国に住んでいた。
貧乏家の次女だったが、死ぬ気で勉強し、日本でも有数の大学に入学。それなりの企業に就職し、優しい夫と結婚。
子宝こそ恵まれなかったが、平々凡々な暮らしを楽しんでいた。
正直何が原因で死んでしまったのか、そして転生までしてしまったのかは覚えていない。でも、今現在未練が残っていないということは、きっと不幸に巻き込まれてとかではないのだろう。
だから前世の事はもう気にしない。
それより問題なのは、そんな普通の日本人女性だった私の趣味、《お風呂》がこのグライスナー領では全く浸透していないのだ。
仕事から疲れて自宅に帰ってきたら、直ぐに浴槽に熱いお湯をためて、暖かいお風呂にゆっくり浸かる。特別な日には、シュワシュワと泡が出るゆずの香りの入浴剤をいれて。疲れを癒す。
至福の一時だったのに。
お風呂が無ければ、これから私は何を癒やしに頑張ったらいいんだ······。
いや、お風呂無し生活なんて考えられない。
絶対に、今世でも毎日お風呂に入りたい!
そのためなら、どんな努力だってするつもりだ。
◆◇◆◇◆
待ちに待ったこの日がやってきた。
父アレスに頼み込み、州都の教会にて、魔法適性の確認をしていただけることになったのだ。
魔法適性が確認されるのは、早くて5歳、遅い者は30歳前後と言われている。
人によって、魔法適性が芽生える時期が違う理由は不明だが、どうやら精神の成熟が影響しているらしい。
私は身体は3歳だが、前世を合わせると精神的には少なく見積もっても35歳くらいなので、もしかしたらと思って連れてきてもらったのだ。
父には「レオナはまだ3歳だからなぁ〜あと3年したら行ってみよう」と何度か断られたが、私があまりにしつこく頼み込むものだから、遂に根負けして、州都での仕事ついでに教会に寄ってもらえることになった。
「レオナ!起きなさい!!」
あれ?どうやら寝てしまっていたみたい。
「ほら、あれが教会だよ。」
(あれが?なんか思ったより質素だな)
教会風の結婚式場を想像していたけど、目に入ったのは四角い白壁の建物。まるで前世で食べた豆腐のようだ。
そうだ、お豆腐!
たっぷりのお水があれば、お豆腐の再現だって出来るだろう。
そのためには、やっぱり水属性魔法がどうしても欲しい。
神様仏様どうかどうか、私に水属性魔法をお与えください。