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たそがれタイムマシン

作者: 木嶋 ゐを

海の近くの高台に建てられた古い団地の三階に僕と母は住んでいる。四階建てだけれど、エレベーターはない。もともと高台にあるので、学校からくたくたで帰ってきて坂を上ってさらに階段を登るのに、絶望的な気分になることがあるが、そんなものだと思っているうちに慣れてきていることに気が付いた。いや、単に体力がついてきたから何とも思わなくなったのかもしれない。


僕は高木。江南北高校の三年生だ。今は十月だが、来年には皆受験を控えているので、もうそろそろ学校の雰囲気が殺伐としてきている。成績は悪いほうではないので志望校への合格率は八十パーセントを超えており、ゆっくり追い込みをかけているところである。大学生になったとしてもその先の人生に保証があるわけではないが、少しはましな生活ができるようにいろいろと頑張る必要はあるだろうと思っていた。


僕の住む団地は、一番端に建てられていて、部屋の窓から遠くの海に沈む夕日が見えた。団地の敷地は海に向かう公園のようになっていて、ベンチが五台ほど三メートルほど離れて海側を向いておいてある。左右には大きな欅の木が植えられていて、まるでベンチを守るように大きく枝が広がっている。海風が心地よく吹く早朝や夕方には、時々人が座っていた。


朝、学校に急ぐ自転車で通った時に、老婦人の背中が見えた。七色に見える不思議な色のセーターを着ていた。そして学校で過ごして、帰ってきた早めの時間にも、おなじベンチに七色のセーターの老婦人が座っていた。朝は八時に通ったからあの人は八時間、同じベンチに座っていることになりはしないだろうか。なんだか心配になってきて、部屋からもベンチを見てみたが、その時には老婦人はいなかった。ただ、明日も晴れるのだろう、青空が白く薄れ淡いオレンジの色が広がり、黄昏が始まっていた。


「無事に、帰れたのだろうか?」


認知症になってしまった老人が、出かけて家に帰る道を失って警察に保護されニュースになることもある。長い間ベンチに座っていた老婦人は、大丈夫だったのだろうか。それ以来、そのベンチに座る人を見るともなく気にするようになった。


朝から座っている人もいれば、二時ごろから座っている人もいるが、夕暮れが始まると皆同じようにいなくなった。不思議なことに、来る人も帰る人も見ない。ただベンチにこつ然と現れて、夕暮れが始まると、なぜかふとした瞬間に消えるように、僕には見えて不思議だった。そんなことって、あるのだろうか?


ベンチに座る人たちを観察するようになって、二十日は経っただろうか。見た人を、手帳の隅にメモするようになっていた。毎回、違う人が座っていて、同じ人は来ないように思えた。不思議だった。どんな人たちなんだろうかと、気になっていた。わけがわからないままだと受験勉強に身が入らないと、理由にもならない理由で、ベンチに座っている人に話しかけようとうずうずしているある日、ベンチの後ろを自転車で通りかかかった時に、一陣の風が吹いて、ベンチの人がかぶっていたスカーフが飛んだのが見えた。僕は自転車を降りてそのスカーフを拾い、びっくりして立ち上がった落とし主に渡した。後ろ姿からはわからなかったが、正面から見た皴深い顔にはケロイドのような跡があり、右の眼の色が白く曇っていた。受け取った人は素早く顔を隠すようにスカーフをかぶり、頭を下げた。僕は驚きを押し隠し、記憶の中では顔を見なかったことにして自転車に乗り、学校に急いだ。


そう、今まで観察したベンチの人たちには、どこか違和感があったのだ。片方の肩が下がりすぎていたり、斜めに座っていたり。そしてなんていうのか、生命力が薄かった。だからいつも、僕は見ている人たちを、この世のものではないような、うっすらとした違和感をもって見ていた。もしも友達に話したら、「僕にはそんな人見えないよ」と言われそうな気がして誰にも話したことがなかったし。


その日の日暮れ、うちに黒いタートルネックを着た地味な人が訪ねてきた。母は仕事でいなかったので、僕が玄関に出た。立ち話では何なので、と言われ、その人をうちの居間に招き入れながら、ポケットの中のスマホの禄音スイッチを押した。


彼は尋ねた。

「今日、ベンチでスカーフを拾ってくださいましたね」

「あ、はい、風で飛ばされたスカーフ拾いました」

「その落とし主の顔を見ましたか?」

「いえ、ちゃんとは見ていませんが」


僕はしらばっくれた。


 「彼女は、病気なのです」

 「どういうことですか?何か不都合があったのでしょうか」

 「君は、見てはいけない人を見てしまったのです」


ここは突っ込みどころだと思って、さっそく言った。


 「どういうことですか?見てはいけないものって」

 「君が見たのは、ベンチにいるはずがない人なのです」


黒いタートルネックは、問われるままに詳しく話してくれた。あのベンチに座る人たちは未来から来たのだそうだ。およそ100年先の未来は、地球の環境汚染が進んでいて、人が住める場所は少なく、人はドームの中に閉じ込められ、空は見えず、見えても灰色の空で、出生率も低いらしい。太陽系外の惑星に移住することもできるが、地球にしがみついて生きている人もいて、そういう人たちは、死期を悟ると今までの貯金をはたいて、権利を購入するのだそうだ。


 澄んだ生の空気を吸い、青い空を見てから息を引き取りたいと切望するのだそうだ。


「ということは、未来からやってきた人たちなのですね?」

「単的に言うと、そうです」

「っていうことは、あるのですね?」

私は声を潜めた。


「何がですか?」

黒タートルの人も、つられて声を潜めた。


 「タイムマシンが」

 「はははは、、ありますよ、実用品ではないですがね」

 「実用化されてないんですか?」

 「浦島太郎、っていうおとぎ話がありますよね」

 「あ、あの最後におじいさんになっちゃう煙のことですか?」


「そうです。タイムマシンは、この時代のアニメのドラえもんのように自由に時間と場所を行き来できる実用品ではなくて、そんなことしたら、身体が弱ってしまう死の機械です。だから、死を覚悟している人にしか使うことが許されていないのです」


「このベンチで、息を引き取るとそちらの世界に戻るのですか?」

「そうです、ご遺体は、こちらの世界に戻します。」

「そういうことですね。なんとなくわかりました。」


ちょっと夢がないな、と私は独り言ちた。


「え?今、なんて言いましたか?」

「あ、いえなんでも在りません。(!)ということは、あなたは、人ではない!」

「そうです、よくわかりましたね。私はトラブル対応のために作られたかなり優秀なAIが搭載されたアンドロイドなんですよ。」


彼はゆっくりとそういいながら、僕になんだかわからない白いスプレーを吹き付けたので、僕も反射的に手探りで右ポケットのスマホの録音ボタンを止めた。


薄れていく意識の中で黒タートルのアンドロイド君は、慣れた手つきで倒れた僕を抱き上げ、ベットに寝かせたので、そのまま夜まで眠った。


もちろん僕の記憶はなくなっていたが、こんなこともあろうかと手帳にメモは取っておいたし、スマホの録音もあったので、難なく取り戻すことができた。ふうん、未来はずいぶん環境が悪化するのか。そして、タイムマシンは実用には大きな問題がある、と。そしてベンチの人たちは、過去に酸素と空を求めてくる人たちで、人はいつまでも、少しでも幸せになりたい生き物なんだな。


夕日の中、人が消え去るのは、そのせいだったのか、まるで「たそがれタイムマシン」とまた僕は独り言ちた。

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