26 ヒナコ エピソード0
バーギーを高々と打ち上げた私に雛鳥達の視線が集中する。驚きと共に、常識を疑うようなこの眼差し……。
……覚えがある。
私は以前にも、同じ状況に陥ったことがある!
コハルちゃんが私の肩に手羽先を置いた。
「ヒナコちゃん、本当にいじめられていたの?」
う、うう……!
頭の中に何か……、封印していた何かが、甦ってくる……!
ヒナコ エピソード0
そう、あれは確か中学二年に上がって間もなくのことだった。
この日は体育のバレーボールがとても楽しくて、私の気分は高揚していた。だけど、それを吹き飛ばす出来事が。
休み時間、突然私は四人の女子により、トイレへと連行された。
義務教育の合間の貴重なリフレッシュタイムを奪うとは、なんて奴らだ。用があるなら教室で言え。いつの時代の不良だよ。
「はぁ、早く済ませてくれない? 色々と無駄だから」
「ほんと噂通りの女ね! 冷めた目で見てんじゃないわよ!」
「はいはい。で、どうして私、こんなとこに連れてこられてるの?」
「はぁ? 分かるでしょ! この子よ!」
とリーダー格の女子が指差したのは、私と同じクラスの子。ちなみに、他の三人は別のクラスだ。
「えーと、何だろ。あ、さっきのバレー、すっごく面白かったよね」
「あんた! いい加減にして!」
リーダーの彼女が私にビンタ。しようとしてきたので、手を差しこんで止めた。すぐさま私は相手の頬をバチン。
「……え?」
四人は時間が止まったように固まる。
「いやいや、はたかれる覚えないから。当然防ぐし、反撃するよ」
「ふざけないで! この!」
今度は逆の手でビンタしようと。同様に止めて、逆の頬をバチーン。
「だから、やり返すってば。もうやめて、って大丈夫?」
リーダー格の子はその場に泣き崩れてしまった。
すると、別の女子が拳を振り上げた。
「こいつ! よくも!」
おお、平手打ちの次はグーパンチだ。
私は上半身の動きだけでスイッと避ける。
ふ、ハエがとまりそうなのろい拳だぜ。
さてはあんた、人を殴ったことないね? 私もないけど、漫画では確か……。
ガードの甘い(甘い所だらけだけど)下腹部にボディブロー!
彼女はしゃがみこんで悶絶。
ご、ごめん。みぞおち入っちゃった?
二人が戦闘不能になると、続いてもう一人。
なんと彼女はポケットからカッターナイフを取り出した。
「来ないで! このバケモ」
喋りきる前にそのお腹に蹴りを入れた。刃を出されたら危ないからね。
って今、バケモノって言おうとした? 誰がやねーん。
蹴られた彼女は勢いで個室の中へ。
便器にお尻からはまって悶絶している。
あ、こっちもみぞおちかな?
っていうか誰ー? 便座を上げたのー。
さて、残すはあと一人だ。
ビンタ、グーパンチ、カッターナイフとくれば、次はスタンガンか? いいだろう、かかってきな。こうなりゃとことんやってやんよ。
あら? 残ってるの、私のクラスメイトじゃん。
「……な、何なの、あんた……、あんた! 何者よ!」
いや、あんたのクラスメイトだよ。
彼女は手洗い場に置かれていたバケツを取った。
中にはたっぷりの水が。
「バレーではよくも! 思い知れ! バケモノ!」
非情にもバケツの水を私に浴びせかけようと――。
バレー? それよりまたバケモノって。まいっか。
ここで問題です。後ろは壁。横に避けても相当な量の水を浴びます。私はどうするべきでしょう?
答は、前!
踏みこんで生を掴みとれ!
掴んだのはバケツだった。相手の力も利用し、二人でグイーンとバケツを持ち上げる。それから、向こうの頭上へ。
ザバ――――……。
うわ、私もそこそこかかっちゃった。
これで痛み分け、……ではないよね。
相手の子はプールへ飛びこんだようにずぶ濡れに。
頭からバケツを被って放心状態だ。
だ、大丈夫大丈夫! 体操服に着替えればいいだけだから!
それにしても今の技はよかった。バケツ返し、と名付けよう。
「と、鳥羽内さん……、何、してるの……?」
トイレの入口に人だかりができていた。
騒ぎを聞きつけて続々と集まってきているようだ。
「これは、不良にやきを入れられそうになって、そう、私は被害者だよ!」
「その子達は不良じゃないし、被害者って……、どっちが?」
「どっちって……」
改めて四人に目をやった。
一人は両頬を赤くして泣き崩れている。
一人はしゃがみこんで悶絶。
一人は便器にはまってこちらも悶絶。
一人はバケツを被って放心状態に。
どう見ても私が加害者だ!
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