2 こいつ……、マジで私を殺す気だ。
父さん、母さん、雛子はマジで雛になったよ。
しっかし、ここはどこだろう? 鳥の巣の中ってのは分かるんだけど、大きな木のずいぶん高い所に作られてる。
ちょっと頑張って壁面をよじ登り、外を覗くと、見渡す限り森。
たぶん日本じゃないよね。
おう、上空の風が沁みる。綿毛のようなふわふわの羽毛がなびいた。
巣には私以外に、卵が四つ。
つまり、私は長女だ。あ、言い忘れたけど、性別は雌ね。
前世では一人っ子だった私に四人、じゃなくて、四羽も弟妹が。感慨深いけど、面倒な世話とかしなくていいよね? 鳥だし。
生まれ変わっても性格はまんまだわ、私。
それにしても、卵を見つめていると、何だか変な気になってくる。
焦燥感、というか、破壊衝動……、
いやいや! 何考えてるんだ私! 実の肉親! 弟か妹だぞ!
でも四つの内、一つだけ妙に愛おしい卵があるんだよね。
何だろ? まいっか。鳥独自の習性とかでしょ。
ところで、私さっきから鳥鳥言ってるけど、自分の種類は全然分かんないんだ。
母さんを見る限り、たぶん鷹や鷲の仲間だと思うんだけど、羽は綺麗な水色。こんな鳥いたっけ?
と噂をすれば母さんが帰ってきた。ゴハンを持って。
ドスンと置かれたのは一頭、いや一匹か、の獣。よく運んできてくれるヤツなんだけど、ちょっと、……猪に似てるんだよね。
まさかね。だってサイズが私と同じくらいだし。きっと鼠とかだ。とにかくゴハンが虫じゃないことに感謝だわ。
いっただきまーす!
自慢の鋭い嘴でお肉をついばんでいると、母さんがじっと視線を送ってくる。それから私と卵を交互に見て、キュキュイって鳴いた。
ん? 何が言いたいの?
どうもね、鳥語なるものがあるみたいなんだけど、私にはまだ理解できないんだよ。そのうち分かるといいんだけど。
ま、「姉としてしっかり皆を守りなさい」的な感じだろう。
任せてよ、母さん。
あれ? ため息つくような素振り? 何なの、もう!
私が生まれてから二日経って、四つの卵のうち一つが孵った。
結構間隔が空くんだな。とそんなことより、
ハッピーバースデー! 私がお姉ちゃんだよー!
おやおや? なぜか思いっきり睨みつけてくる。
私が何をした。まだ孵って数秒じゃん。
誕生した弟は色々とおかしかった。
まず、ゴハンを独占しようとする。私が食べようと近付くと、体を使ってガード。さらには嘴を振りかざして威嚇まで。
何なの、この子……。
私はゴハンにありつけなくなった。
ちょっと母さん! この子変ですよ!
眼差しでそう訴えても、彼女はフイッと顔をそむけるだけ。
……ダメだ、この家庭は崩壊している。
何も食べられないまま丸一日経過。
おなか減った……。
対して弟よ、たった一日でずいぶんでかくなったな。
ん? おい、何をしている?
弟は卵の一つを頭で押し始めた。ぐいっぐいっと巣の端まで運ぶと、今度はお尻で押しながら淵を上へ上へ。
おい! 待て待て! やめろ!
弟は卵を巣の外へ、つまり、空中に捨てた。
卵がどうなったか、見なくても分かる。
……こいつ、何だよ。こいつ! 何だよ!
弟は続いて次の卵に取り掛かる。
させるか! もう実力行使だ!
その時、空から猪っぽい鼠が降ってきた。母さんが戻ってきていた。
母さん! 見て! 卵が一つ減ってるでしょ! こいつが捨てたんだよ!
ところが、巨大鳥は一瞥しただけで再び飛んでいってしまった。弟は作業を一旦中断し、届いたばかりのお肉を貪り出す。
これはもう家庭崩壊なんてレベルじゃない……。異常だ。
こうなったら残り二つの卵は私が守る!
の前に、私もゴハンだ。おなか減りすぎて力が出ないよ。もうこんな悪魔みたいな弟に遠慮なんてしないから!
とお肉をついばんだ瞬間、横から弟に本気の蹴りを入れられた。
こ、この、クソガキ……。
私の意識は遠のいていった。
――霞む目が捉えたのは、巣の淵に乗った卵。
あんなバランス悪い所に上手く立つもんだ。コロンブスもびっくりだよ。などとぼんやり思っていると、卵は倒れて巣の向こう側に消えた。
しまった! またやらせてしまった!
気を失っている間に、弟は食事を終え、二つ目の始末もほぼ完了させていた。
残すは一つ。私が妙に愛着を抱いていたあの卵だけだ。
その愛しの球体に悪魔が忍び寄る。や、忍んではないな。堂々としている。まるで、これが所定の作業です、と言わんばかりに。
この人でなしが! 鳥だけど!
今、私は自分でも引くぐらいアツくなってる。
前に言ったけど、冷めた実利主義者が私。ただ、あの卵だけは絶対に守らなきゃならない気がするんだ。
というわけで今、私は人生で、いや、鳥生で一番アツくなってる。生後四日目だけども。
私は残された力を振りしぼって立ち上がった。
……その卵だけは、絶対やらせないっ!
ころびそうになりながらも必死に駆け、弟に渾身のタックル。
見たか! 長女の力を!
と胸を張る間はなかった。
すぐに起き上がった弟の跳び蹴りで、私はあえなく再び倒される。と弟は追撃の構え。私はもつれる足でわたわたと逃げ回った。
与えるダメージがあまりに違う。ゴハンを食べているかいないかの差は大きすぎた。壁際まで追い詰められた私。
ズボシ! と弟の嘴が顔のすぐ横に突き刺さった。
こいつ……、マジで私を殺す気だ。
抗いたいけど、ほんとにもう体力が残ってない。ちくしょう、空を飛ぶこともなく死ぬなんて。
ゴロンと仰向けに倒れた私は、心の中で叫んだ。
何かないの! この状況を切り抜けられる何か!
すると突然、視界にウィンドウが現れた。
え? 突然すぎて意味が分からない? だから、ウィンドウが出たの。ゲームのステータス画面とかのアレ。
そこには私の叫びに応じるように、取得可能技能の一覧ページが。
弟は私にトドメを刺そうと、壁を蹴って跳び上がる。杭みたく、嘴を勢いよく私に打ちこむつもりだ。こいつ、やっぱり悪魔の化身に違いない。
私のゲーム脳は、数あるスキルの中からこの状況に合った最適な一つを選んだ。
技能は瞬時に、私の体に宿る。
あんまりお姉ちゃんをナメてんじゃないよ!
くらえ! 〈風迅蹴り〉!
シュドン――――ッ!
仰向け状態から放つ、風を纏った強力なキック。
空中で逃げ場のない弟を直撃し、その体を天高く跳ね上げた。
落下予想地点は、巣の外。
為す術なく重力に引っ張られるあいつと、最後に目が合った。
伝わってきたのはただひたすらに、絶望。
私は這うように移動し、守りきった卵に辿り着く。
マジで、もう立つ力も残ってない。
卵におでこをコツンと当て、ゆっくりと瞳を閉じた。考えることは色々とある。けど、今の私の心に浮かぶのはたった一つのことだけ。
……私、弟を殺しちゃった。
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