007 ツシマで釣り―――『仮想巡洋艦』(壱)
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表題の『仮想巡洋艦』は『仮装』の変換ミスではありませんので訂正は不要です☆
ちょっと壊してしまったが、まあまあの状態の国籍不明(宙国製)軽巡洋艦をオキナワまで曳航するという簡単な任務を終え、俺達はオキナワで船体の改修工事をしていた。
帰投して数日後、ナカイ隊は第二機動艦隊の母港である『サセボ』への一時的移動を命ぜられた。どうやら、彼の国から海賊? 宙賊に扮した二線級の艦艇がキュウシュウ星系外縁に現れているというのだ。
サキシマ回廊よりさらに整備されていない宙域を通過し、出稼ぎ紛いの賊行為に及んでいるようだ。その昔、洋の東西を問わず、海軍=武装商船=公認海賊という時代があった。地中海で暴れたサラセン海賊は、オスマントルコの海軍提督のもう一つの顔だったりとかだな。
『倭寇』などと日本人がさも海賊行為を行っていたように記録しているむきもあるが、明の海禁策で表向き交易を禁止された商人が『倭寇』と名乗って海賊行為を行っていた面もある。日本人がゼロであったわけではないが、首領格は明人であった。博多や松浦などに屋敷を構えたりしていたらしい。
「というわけで、おそらく、ツシマ・オキナワ要塞の中間あたりの宙域に海賊の根拠地があると推定されているわ」
先日回収した軽巡洋艦の船内資料や通信記録から、情報部はそのように判断したらしい。統合幕僚本部はこれを受け、海賊退治を命じたわけだ。
「面倒なことは現場に丸投げってか」
「ふふふ、嫌いじゃないでしょう?」
「まあな。それに……」
海賊退治ってのは先々役に立つ。宙国軍とドンパチするより、俺達には向いている仕事だ。本来、サキシマ回廊警戒隊の主な仕事は海賊と海賊を装った宙国艦の排除(できれば拿捕・撃沈)にあったからな。
「それに、今回はサセボで改修工事を施してもらう事になるわ。こういう時に船体が簡単に交換できる艦は便利よね」
俺とヤエザキに白羽の矢が立ったらしい。ついでにフラグもだな。
サセボに五隻のナカイ隊がHDで移動すると、即座に『雪嵐』『浜嵐』は新しい船体が与えられた。艦橋を挿げ替えるだけの簡単なお仕事だ。
「なにこれ……」
「ドっから見ても輸送船だよねー」
元々民生品モデルもある『晴嵐』であるが、民生品は「スターエース」とか「スペースエース」とかいう名称の様々な拡張サイズを持つ船体が売りの中型輸送船となる。
「よかったじゃない。これであなたも、下層とはいえ巡洋艦の艦長よ」
下層じゃなくって「仮装」な!! ふざけんな!!
『仮装巡洋艦』というのは、地球上の国家に海軍があった時代においても存在していた艦船だ。
その昔、帆船の時代、「私掠船」というものが存在した。国家公認の「私掠許可状」という海賊免許を契約する。彼のエリザベス女王は、お金がないので海賊のスポンサーになっていたのは有名だ。稼ぎ頭がキャプテン・ドレイクという男だ。
それが、動力船の時代になると、商船と軍艦では速度差が馬鹿にできないほどになる。帆船時代では貿易商船も積み荷がない時に敵国の商船を発見すれば海賊船に早変わりするような存在であったが、蒸気機関の登場で軍艦は速度を、商船は経済性を重視するようになった。
商船では軍艦に全く太刀打ちできず、かといって軍艦を長期にわたり遠洋で海賊行為(通商破壊作戦とも言う)をさせる事は難しい。そこで登場したのは商船風の軍艦=仮装巡洋艦だ。
また、昭和の戦争期においてニッポンの旧帝国海軍では『特設巡洋艦』と称した。船体は商船構造だが、乗員は海軍軍人もしくは軍属(軍の庸人)が務める軍艦の一種であった。
商船の振りをして活動し、商船が近寄れば攻撃をし、軍艦の場合は中立国の旗を掲げ攻撃を受けないように振舞うといった行動をする。攻撃により沈めるよりは、物資を奪ったり自沈処理させたという。
多少、一般商船より高い動力性能と優速であったようだが、所詮は商船なので大きな性能差とは言えなかったようだ。
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「仮想巡洋艦狩りの囮捜査……ねぇ」
「でも、なんでオキナワからわざわうちらが派遣されなきゃならないのさ」
俺とヤエガキは、ナカイ司令のオフィスに呼び出されてた。二隻は一応『駆逐隊』という扱いなので、セットで呼ばれる事が多い。俺が言いにくい事もヤエガキは言えるので、実は有り難かったりする。
現在、第三機動艦隊がオキナワ要塞に駐留しているので、俺達サキシマ回廊警戒隊は仕事があまりない。第三機動艦隊を動かすのには経費が掛かっているので、暫くタイペイ星系の戦況を鑑みて後詰としてここにいるのが妥当だと上は判断したようだ。
なので、お前らが出ていけという事になる。いや、サキシマ警戒隊は十隻で編成されているので、ナカイ隊が移動しろという事なのだろうと俺は推察する。サキシマ回廊の闘いでお疲れでしょ……ということなのだろう。
ナカイ隊はサセボへ移動。そこで、『雪嵐』『浜嵐』が民間輸送船に艤装し、ツシマ回廊周辺を捜索するという事なのだ。
「あなたたちが期待されているという事ではないかしら」
便利に使われているの間違いだろう。巡洋艦や防宙艦は商船に艤装しようがないから、おそらくはじっとして待伏せる役なのだろう。『晴嵐型』は民間でも小型貨物船として運用され始めている。
一つの輸送モジュールに500tほどの貨物が積載できる。コンテナ換算だと20tのコンテナで16個程度となるので300tほどだろうか。それを三箇所収容できるので、1000-1500tほどの積載量となる。
星系内での物流であれば中規模の船舶になるし、星系間であったとしても小口ではあるが小さすぎるという事はない。個人営業の小口配送の輸送船会社であれば珍しくはないだろう。定期航路ではなく、必要に応じて依頼を受けて運ぶ商売のスタイルは、『AKABOU』と呼ばれている。伝統的な名称らしい。
元駆逐艦乗り、哨戒艇乗りの再就職先に多いのがこの手の仕事である。
「一足先に、退役後の人生のお試し体験ということで、喜んで受けるぞ」
「……あなたが退役するのは、私が退役する時よ」
ナカイ司令、俺が便利すぎる艦長だからってそれは随分じゃないのだろうか。いやほら、俺はずっと駆逐艦乗りだけど、ナカイは参謀職や教官・研究職、駐在武官だってあるはずだ。その時はどうするんだよ俺。
「まあほら、あたしも付き合うから、退役する時は一緒だよツユキ」
「おう、まあよろしくたのむわヤエガキ」
「ぜんぜん気がないよね……まあそれでいいんだけどさ」
「……では、話を進めてもよろしいかしら?」
司令曰く、仮装巡洋艦として海賊をおびき出す囮となるようにすると。その上で、海賊船を拿捕するか無力化して船を押さえ、航海の記録から出撃してきた場所を掌握した上で五隻の戦隊を持って海賊の根拠地を攻撃する……ということらしい。
制圧に関しては、今回も安心と信頼の「ヤマト宙佐」率いる宙兵隊の部隊をサセボから揚陸艦で向かわせることになるらしい。
「『大鳳』がでるのか」
「可能性としてはね。規模が小さければフリゲート二隻程度で移送するのではないかしらね」
『大鳳』とは、サセボ所属の装甲航宙母艦と言える大型艦で、ツシマかオキナワが制圧された場合もしくは包囲された際に、増援を送り届ける為の艦船として設計されている。装甲巡洋艦並みの防御力を有する中型宙母サイズの主力艦になる。
「ツユキが主力艦に関心持つなんて珍しいね」
[『大鳳』も多用途艦だからな。そういうのは嫌いじゃない」
ナカイ司令もヤエザキも納得したようだ。シンパシー感じるだろ?
一回り大きな船体の外板を周囲にバルジのように取り付けた『雪嵐』は、遠目には民間貨物宙船に見える外観となっていた。
「しかしだ、我が友よ!!」
「……なんでここにデブがいるんだ?」
「……我が艤装の主任官だからだ」
「あそ」
ニカイドウ曰く、『仮装巡洋艦』であるという事で今回は三つのカーゴのうち一つは宙雷だが、残り二つは『仮装巡洋艦の主砲』を収めたモジュールと、主砲用の追加ジェネレーターユニットのモジュールを積み込んだという。
「旋回砲塔は無理であるので、正面と左右10度ずつ動かせる固定砲台をマウントしておる」
「どっからカッパいできた砲なんだよ」
まさかの宙華製かと一瞬嫌な気持ちになる。撃ったら爆発しましたとか勘弁してもらいたい。安心と信頼の日本製でオネシャス!!
「安心せい!! 旧式軽巡から取り外したものを『晴嵐型』用の追加砲塔として技術工廠で確保してある」
「安心できねぇ……」
軽巡とは言え、退役した古いやつってことは宙雷学校で乗った練習艦と同型だよな。あれは……扱いにくかった。
「いや、艦の反応炉とジェネレーターだけでは不安定になるのは設計上の問題であってな。今回は、追加ジェネレーターで安定して射撃できるだけのエネルギーを確保できているのだ!!」
しかし、この手の急造品は最初から艤装されているものとは質が違う。
「で、何斉射だ」
「……え……」
「だから、安定して撃てるのは、何斉射だって聞いてるんだよ!」
どうやら、発射間隔を毎分二発程度に抑えることが必要らしい。でないと、ニ三連射で不安定になるのだそうだ。やっぱそうだよね。
「元々、晴嵐型の反応炉の出力がな……」
ショボい単装陽電子砲なのも、出力的に大型高出力のものが載せられないからという理由もある。割り切り、低コスト、民生品と共用という『テクニカル』的な船になっているからな。
『テクニカル』ってのは、その昔地球上で戦争に使われた民生品のトラックを流用した不正規軍が使用した車両の事らしい。ニッポンのメーカーのものが使われており、耐久性・部品入手の容易さから途上国の正規軍でも輸送車両などで使用されていたとか。
『晴嵐』はその系譜につらなる宇宙船になるのだろう。
ニッポンとUSAが戦った戦争でも、民生品を流用した船舶を大量生産したことはあったようだ。けど、戦時急造って奴だから平和な時代に、軍用の無駄に高品質のものを作るのは割高になるんだけどな。宙華帝国の隠す気のない野心を考えるに、準戦時体制なのかもしれないな。実際、今はサキシマとタイペイにおいて戦争中なわけだから問題ない。
とはいえ、本来の『仮装巡洋艦』は巡洋艦に準じた砲雷戦能力を有する必要がある。商船に巡洋艦並みの攻撃力を載せたものなのだが、大きさもそれに匹敵するレベルでなければ『巡洋艦』とは名乗らせられない。
精々雪嵐は『砲艦』もしくは『モニター』レベルではないだろうか。




