005 巡洋艦を回収する―――『工作艦』(壱)
サキシマ回廊戦の後日談になります。
『駆逐艦乗り』は宙軍では不人気職である。とくに、若い宙軍士官学校候補生とかな。やっぱ、小さくても優美なデザインのコルベットとか、できれば花形『戦艦』『装甲巡洋艦』なんかに乗りたいじゃん。職場の環境もいい。居室は階級なりだが、食堂や娯楽設備、士官室・士官次室とかな。
そもそも、男女比が違う。主力艦は男女比半々かやや女性が多い。単純に採用が半々だから男女比半々……というのは当然だが、実際は、駆逐艦には女性が少なく、フリゲートやそれ以上の大きな艦には女性が多くなるという傾向だな。平常時・集団行動に女性は向いているが、異常時・少数行動の
際には向いていない……という傾向がある。女性が少数の時代は性差に関して敏感であったが、男女比が世代人口のそれと変わらない環境になれば、性差は考慮せざるを得ない。
――― 駆逐艦はシャワーのみ、尚且つ、一日おきだ。解るね!!
それにだ、晴嵐型は駆逐艦の中でもさらに少数。『吹雪型』の艦隊随伴型なら三十人から四十人だが、晴嵐はたったの十人だ。むさい男ばかりになる。女性がいたい職場ではないし、何でも屋な面もあるのでルーティンにない業務が多くなる。小人数だから、マルチタスクも求められる。
何でこんな話してるかって言うとだな……
『うわぁー、派手に破壊されてるじゃない』
「所属不明の海賊相手だから、捕虜は取らねぇんだろう? 宙域内に武装した宙国人を収容するメリットはないしな」
サキシマ回廊の先日の闘いの後、幸い後続の宙国艦隊は現れなかった。サキシマ警戒隊は、第三機動艦隊の先遣隊が到着した時点で一旦、母港である沖縄に帰投し、補給と整備、乗員の休息を交代で行った。
司令のとりなしもあり、船体を投射兵器として扱った件は不問になったのだが、代わりの船体が『工作艦』仕様のものが割り当てられたのは恐らく遠回しな罰ゲームだろう。
警戒は第三機動艦隊の駆逐艦やコルベットが行うので、お前らは別の仕事をしろ……ということだろう。具体的には航行不能となった所属不明の『巡洋艦』一隻を曳航して『オキナワ』要塞迄持ち帰る事である。
おれたちゃ、宇宙の何でも屋だからな……
戦艦? あれは当然沈められた。なんでかというと、戦艦は、その巨大な火力と防御力、そして収容力を生かして多数の宙兵を内部に積載し、『オキナワ』を制圧する戦力を送りつけられても困るわけだ。
宙国軍戦艦一隻当たり宙兵一個師団を送り込めると言われている。数千人の完全武装の兵士を内部に突入して制圧する戦力が『オキナワ』には存在しない。
損害を覚悟してまで制圧したとして、捕虜となった宙国宙兵を収容する場所は存在しない。数千人の高度に訓練されているだろう宙兵をニッポン領内にわざわざ自身で送り込むなんて狂気の沙汰だ。
結論から言えば、戦艦ごと破壊し、宙兵の存在は無視した……ということだ。
『オキナワ』の無人防御衛星『天照宝珠』の射程内に戦艦を曳航して、レールガンや大型荷電粒子砲で滅多打ちにして破壊した……らしい。
俺は話に聞いただけだから。見ていないし、あくまで「らしい」という程度でしか知らない。領海侵犯からの、数万の宙兵を送りつけてきたのだから侵略する気満々なので、中途半端に仏心をだすと、こっちが危険だ。
今度生まれてくるときは、宙国以外に生まれ変わると良いよね!
故に、巡洋艦回収の任務を与えられているわけだ。
「人使い荒いよなぁ」
『駆逐艦なんだから使われてなんぼでしょ? そんな覚悟もなくって艦長とかやってるのなら死んだ方が良いわね』
「……」
この口の悪い奴は、『雪嵐』メインAI人格にして、俺の副官『カスミ・ソデガウラ』だ。ツンデレ風なのだが、デレたの見たことないのが自慢だな。
『さっさと片付けるわよ』
「おう、索敵よろしくな……」
副長は次席指揮官なので、副官とは違うんだよな。いうなれば、秘書とか総務課長とかそういう立ち位置の存在だ。それぞれの艦には、AI によるサポート機能が備わっているのだが、省力化されている『晴嵐型多用途任務艦』は、一般的な軍艦のそれよりもかなり個性的なAIに味付けされている。
――― 現実の女以上に……めんどくせぇ
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艦隊勤務では不人気な『駆逐艦乗り』だが、これが退役後になると話が違う。宙軍OBのとある元大佐が再就職の面接に際し何ができるかと面接官に問われ
―――『艦長ならできます』
と答えた笑い話がある。その方は、重巡洋艦の艦長で退役したという話だが、戦艦や装甲巡洋艦の艦長、戦隊司令などに補される事が無かったので、指揮官としては凡庸であったのだろうとは思う。とは言え、駆逐艦の艦長からすれば雲の上の存在なのだが。
これって何故かって言うとだな、艦隊勤務の本流が『専科』で決まるからでもある。大体が、砲の指揮をする『戦術科』か、艦の行動を管理する『航法科』出身者が艦長となる。小さな情報収集艦や特殊な艦艇の場合『情報通信科』出身の艦長がいたいするが、艦の指揮は副長が担っている場合がほとんどであるし、その場合戦術・航法の出身だ。
百人を超える士官・下士官兵を指揮するというのは大変な事だが、実際、やっていることは管理職としての仕事であり、現場での仕事は部下まかせになる。
で、退役した後、何ができるかというと……航法出身なら民間船での勤務も問題ないだろうが、戦術科? 民間船に荷電粒子砲は搭載していないか、あってもデブリ除去用か自営用の自動砲だけだ。仕事はない。
つまり、軍で花形の戦術科は退役後は役立たずってことだよな。
駆逐艦乗りは、そうでもない。そもそも『晴嵐型』は「多用途任務艦」と呼ばれる何でも屋だ。また、装備の関係で「駆逐艦」に分類されているが、この艦はモジュールを変えることで、「輸送船」「工作船」などに利用でき、「救難艦」などにも利用されることができる。
船体に宙雷搭載用のクレーンを装備しており、搭乗員は全員「クレーン免許」を取得している。これも『再就職』に貢献する。
エンジンをダウングレードし、経済的なものに換えた『晴嵐型』の民生仕様はIH&K スペースインダストリ社から『スペースエース』として売り出されている。価格は一般的な貨物船よりお高めだが、軍から有事の徴用を前提に補助金が出る。故に、整備にも手が抜けない。
部品の共有性を高めることで、軍民両方でのコストダウンを進めることが目的らしい。どこの国のゲレンデだよと言いたい。
誰がRB-79だあぁ!! という魂の叫びが聞こえる……と噂に聞く大量生産艦。
俺達駆逐艦乗りの退職後のプランは、何人かで金を出し合って『スペースエース』を買えるだけの会社を立ち上げ、融資を受けて船を持つ。その上で、軍の後輩から仕事を受けて港湾内や近距離の輸送業務や外注された軍の仕事を受けるってことになる。
有事の際はどこにいても危険なわけだし、いまさら一回りも二回りも下の現役にこき使われるのも腹立たしい。なので、自分で船を持ち、予備役の元駆逐艦乗りを何人か受け入れる気があれば、わりとなんとかなる。
武装に関しては、シールドはそのまま、陽電子砲はデブリ対策用に威力を弱める措置をとられてそのまま置いておかれるし、エンジン関係はプログラムの操作で民間用の出力に制限されるディチューンが為される。だが、使い勝手はあまり変わらない。
軍の払い下げの場合も今後は増えるようなので、新しく買うよりは安くすむかもしれない。軍も予備役艦を乗員込みで民間で保存できるのだから有事の際には良いと判断しているらしい。軍人の社会復帰も問題になりやすいから、予算も付きやすいってことだ。
『前方に艦影発見……推定……致遠型軽巡洋艦』
『おっ、みーっけ!』
インカムから聞こえるAI副官の声と、その後ろからはヤエガキの呟きが重なる。
今回も、『浜嵐』とセットの任務である。今回は、「工作艦」用のモジュール一つに、『強襲用宙兵』のモジュールを二つそれぞれの艦が積んでいる。つまり、宙兵隊との共同作戦という事になる。
俺達が撃破した戦闘から二週間が経過、動力を失った所属不明の軽巡洋艦も、内部の人間がかなり弱るか……となっている可能性が高い。自沈などの処理が為されないとも限らないので、いきなり曳航するのではなく、今回は内部の捜索を宙兵の突入部隊が行い、それを俺達が支援するという役割もになっている。
軽巡ならショボい『晴嵐型』の単装陽電子砲でもダメージを与えられるという打算もある。
『雪嵐から浜嵐へ。宙兵隊に指示を仰ぐぞ』
『オッケー、まあ、中隊長が優秀だから安心でしょ?』
オキナワ要塞は同期会の集まりかというほど、俺達の同期が集まっている。今回の指揮官は『ハヤト・ヤマト』宙兵宙佐という、同期次席の男だ。薩摩隼人でないのは……残念。
指揮統率能力、個人の戦闘力、柔軟な戦術的発想、総合的な作戦理解、全てにおいて高レベルで発揮される理想の前線指揮官(宙兵的には)と評価されているらしい。俺も同期で鼻が高い。とは別に思わない。
イケメン高身長、性格も良く士官学校には非公式ファンクラブまであった。つまり、駆逐艦乗りの敵だな。
『ヤマト宙佐、目的の艦を発見、これから接近します。移乗する準備をお願いします』
『了解だ。よろしく頼むよ』
声まで無駄に爽やかだ。いわゆる、声を聴くと落ち着くってやつだ。声までイケメンとか、何なんだよ。
「ハヤトさん、流石に落ち着いてるね」
「接舷しないで安全策で行くだろうから、こっちもその準備だ。指向できる全砲門、前方の所属不明艦に向け照準合わせ」
「了解!!」
副長兼戦術長であるナツキに委ねる。俺は、俺のできることをしねぇとな。
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けて艦長」
「安心して逝ってください。僕たちが副長をしっかりお守りします!!」
ふざけんな!!




