037 ゴトウ宙域駐留―――『防宙艦(仮)』(完)
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正直、既に『利根』の持つ補給能力では戦隊を維持することが困難になってきていた。『雪嵐』だけでなく、四隻の駆逐艦も相応に消耗している。それ以上に、駆逐艦の搭乗員に疲労が蓄積しているというのもある。
『雪嵐』は巡視船モジュール内の施設があるので遠慮しているのだが、交代で利根の施設を使用する三隻の駆逐艦乗りからは悲鳴が上がりつつある。それは、『利根』の艦内も同様であり、一月以上この宙域に留まり、既にできることをやりつくした状態の戦隊は、はよこい『蒼龍』と誰もが声に出さず考えているようであった。
「うう、新しい雑誌とか読みたい。春夏物特集とかとっくだよね」
「……そうだな」
いや、宇宙空間に四季は無いからね! どこ着ていくんだよ等と言ってはいけないことを俺は士官学校とその後の宙軍経験で知っている。真実ほど人を傷つけるのだよ諸君!!
副長の愚痴を聞き流しつつ、俺はこの先の先遣隊の在り方を推理していた。
ゴトウ要塞の設営隊に関しては、根拠地隊司令部が率いて来ることになる。特別根拠地隊の司令部は艦隊司令部に準じた組織だ。おそらく、新設の機動艦隊が編成されればその司令部にそのまま補されるだろう。
そうなった場合のナカイ戦隊の取り扱いを統幕がどう考えているかというものがある。サキシマ回廊からこっち、少々武勲を重ね過ぎたきらいのあるナカイを前線から外すのではという問題だ。
先任宙佐で戦隊司令を経験したとするなら、後方でお仕事をした後に改めて機動艦隊の戦隊司令なり、近い役職に就けるのが本来の昇格なのだろうが、如何せん、そのようなストレートな昇格を制服組が許すはずもない。
ちょっとした閑職めいた肩書だけは立派な役職につけるのではないかと思わないでもない。先任宙佐では、士官学校校長にはならないし、結構扱いが難しい。専科のトップあたりなら務まるかも知れないな。
そうなると、俺とヤエガキもまたどっか適当な後方勤務に近い予備役艦の艦長とか、星系艦隊の末端司令なんかをやらされるかもしれない。新兵教育担当みたいなところだな。
けどさ、星系艦隊って機動艦隊へ移動したい奴らばっかりだから、晴嵐乗りの俺達の経歴は恐らくヘイトに繋がるんだよね。落ちこぼれ的な感じ?
確か、航空兵が兵科として認識されていない時代、あんまり良い人材が揃わなかったという話も聞く。そういう感じかもしれねぇな。時代の変わり目というのは、古い価値観がひっくり返るもんだし、多用途艦=雑用船という評価が未だ機動艦隊司令官以下主流派の価値観だから、それに影響をうけるのはある意味仕方がない。
「あー そろそろ私も准宙佐かもね」
「……そうだな。評価は順当に上がっているから、そろそろかもな」
「そうすると、ルミさんとの兼ね合いが……」
駆逐艦乗りは昇格早いから仕方ねぇんだよ。上がスッカスカだからな。民間定期航路の貨物船あたりに艦長さん2年勤めたら退役して転職するからな。
転職しても予備役扱いだから、戦時には徴用船の船長をやらされるんだと思うと、駄目じゃんと思う。やっぱ、お偉いさんの運転手だよな! 顔見知りならなおよし。
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その数日後、ゴトウ要塞建設のための設営本隊が到着。
根拠地隊司令部を置く宙母『飛竜』、随伴艦に【重巡洋艦】『古鷹』【防御艦】『冬月』『涼月』【駆逐艦】『長波』『巻波』『高波』『大波』を同道していた。
根拠地司令部に呼ばれたナカイはどうやら新たな辞令を受けたようだ。現職を解き、ホンシュウ星系での教導艦隊の教育司令に命ぜられたとのこと。因みに、『雪嵐』『浜嵐』の乗員と、『利根』艦長のクルリ宙佐、先遣艦隊の司令部メンバーの一部も同じく辞令を受けている。
「やったぁ!! 夢のホンシュウ星系後方勤務だ!! これでお休みは楽しく過ごせそぅー」
副長、本音が駄々洩れです。クルーの多くは大歓迎である。この宙域にもういい加減貼り付きであったし、オキナワやサセボも中々ネットで注文した商品が届かなかったりする。PXの品揃えも替わり映えしないし、三食レトルトシャワー生活も正直飽き飽きしている。艦隊勤務ってそんなもんだけどな。
「艦長、『浜嵐』からです」
『いやー ナカイ司令にまた引っ張ってもらったかもねー』
ヤエガキ艦長。そうじゃねぇよ。そもそも、将来の機動艦隊司令からすれば、『晴嵐型』駆逐艦が気に入らないし、戦果を挙げた俺達をナカイとセットで後方に廻して活動しにくくさせたいんだろうな。
『でもさ、教導艦隊ってなんだろうね?』
「さあな。おそらく、急遽増員される『晴嵐型』駆逐艦の乗員教育を専門で行う促成栽培の教育隊じゃねぇか」
『あー そういう役割ね。まあ、いいじゃん。精々、暴れて見せましょうってね』
どこの連合艦隊司令長官だよ。
デブから聞いた話だが、一気に機動艦隊三個増設という状況に対して人員が追いつきそうにもないということで、主力艦に主に正規の士官を充て、新造駆逐艦には非正規……民間もしくは一般学生からの採用を充てるという方針が出ているという。
実際、定員を今年二倍にしたからと言って十年は育成に掛かるだろう。やらないよりましだが、建造ペースに追いつきそうにもないから故の中途採用というわけだ。
「けど、レイさんも大変だよね」
「どこが」
「え、だって……素人さんだよ?」
副長の言わんとすることろはよくわかる。促成栽培の軍人で戦争しろとか罰ゲームだって考えだろ? 上もそう思っているんだろうな。
だが少し考えて欲しい。准宙将・艦隊司令官になる為には、後方勤務も経験しなければならない。特に、退役後の展望を考えるナカイにとっては、機動艦隊勤務で幕僚なんぞやらされるより、どんな組織でもいいからその長を務める方が経験になる。
さらに、新設部署であるなら前任者のしがらみもない。まして、艦隊勤務を希望するような主流派制服組は恐らく全然お呼びも希望でもない。さらに、民間からの採用であるから、年齢や性別での差別も宙軍より弱いだろう。
まして、ナカイはサキシマ回廊の闘いの英雄。後方にいる民間人のほうが恐らく評価が高い。ついでに言えば、後方勤務にして宙軍省も広報活動に協力させようということだろう。それは、ナカイにとっても望むところだ。政治家も芸能人も知名度と人気が大切な商売だからだ。
自分自身、花形の部門を周っていたらいつまでたっても上に行けないと考えているだろう。自身で教育した部隊を持って、戦うというのは指揮官冥利に尽きるというものだ。
願わくばこの先、年次により戦術に理解の無い先輩指揮官がその艦隊を
ナカイから奪わないことを願うのみだ。
『クルリ先輩、首席幕僚らしいよ。まあ、当然だよね』
「あ、情報幕僚はルミさん継続みたいです。ナカイ組そのままですね」
俺とヤエガキ、ミカミは『ナカイ組』と呼ばれる、ナカイの腰巾着軍団だ。そこに、クルリ宙佐も今回加盟。まあ、司令部をもつなら、意思疎通のできている面子で揃えたいもんな。その程度は、人事も考えてくれているらしい。まあ、機動艦隊以外ならある程度融通が利くと言事だな。
俺の頭越しに、副長と『浜嵐』艦長のトークが続く。ついでに、ニカイドウの奴も一緒についてくるのだから、あまり変わらないのはその通りだ。
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『利根』を追い出されたナカイとその幕僚の一部はどうやってホンシュウ星系迄移動するのかと疑問に思っていたのだが、どうやら、『雪嵐』の巡視船モジュールに「あいのり」することになっていた。なにも芽生えることはない面子なので安心。
「せんぱーい。おちゃしましょー」
『カンチョウ、イマ、イソガシイ』
「……そんな人工音声ポイAI副官いませんよ。いつの時代のAIですか」
はい、UCにおいては人工音声も生身の声と差が無いので合成音ぽい声は一切ありません。ゴトウからツシマまで暇っちゃ暇なんだよね。
『そこまで行くのが大変だから無理』
「折角お呼ばれしてるんだからおいでよ、ツユキ先任。私のお茶が飲めないっていうのかね」
そんな絡み方をする人は、クルリ宙佐しかおりませんわよね。軍では階級が物を言う世界ですから、従わざるをえません。
「いってら!」
『接待してきなさいよ!』
AI副官の言う接待とは何だろうか? 雑な副長の送り出す声に軽く手を上げ、俺はヨタヨタと艦内を歩いていく。カーゴスペースとはいえ、別区画なのだから、艦橋部分を移動するように気軽に向かう事は出来ない。
一応、船外作業服を上に着用し、事故で被曝死しないように自衛をしてから艦橋にあるエアロックを外して艦中央部の通路へと出る。本来、航行中はこの中に立ち入るのはモジュールの装備の点検などの際にしかなく、それほど通路として整備されているわけではない。
大きな工場や変電所のキャットウォークのような金属の簀子のような通路をカンカンと音を立てつつ移動する。が、真空なので音は伝わらない。
『ツユキ准宙佐、入室します』
『入室を許可します』
声はナカイ司令だ。お前ら待機中というか、半ば暇しているから良いよなと思っていても声には出さない。
食堂兼ラウンジには、司令とそのお供ご一行が書類を広げつつ何やら難しい顔をしている。あれ、暇なんじゃねぇのかよ。
「ようこそ、教導隊司令室へ……というところかしらね。さっそくだけれど、このような計画を考えているわ。精査して意見しなさい」
「……はい……」
新設教導隊という名目だが、実際は宙軍の中途採用・教育枠の組織になるということだ。想定する配備艦艇は『晴嵐改型』駆逐艦で、『雪嵐』も相当する船体と運用プログラムに更新されるようだな。
それで、編成当初はPFSを用いた宙軍の艦隊運動を学ぶ初期訓練を行うということのようだ。採用は、民間商船である程度『宙技士』として航宙士・機関士・通信士を務めていた人間を艦長及び各部門長に配置し、その下に未経験・未熟練者を配置して十人のクルーを編成するという。
PFSを使用するのは経験者中心であり、それ以外の乗員は『雪嵐』『浜嵐』のクルーを各部門の長に昇格させて実際に訓練するという。副長も別の艦の艦長で転出する可能性が高いんだろうな。
「どのくらいの期間で育成完了の予定なんだ」
「できれば半年、遅くとも一年だそうよ」
対宙華の戦争拡大を考えれば、促成栽培できない中途採用じゃ意味がない。とはいえ、厳しい注文だ。
「むりですよねー」
「まあ、本来、宙軍で一人前になるのには配属されて十年はかかると言われているけどね。でもPFSベースの運用に、AI副官がほぼフォローしてくれる『晴嵐型』なら、正直、航宙機レベルで問題ないと思うから、それでも……二年くらいは本来欲しいよね」
航宙機はJDもしないし、宙母に途中まで載せられて、あとは前を飛ぶ編隊長や小隊長のケツを見て飛んでいけば何とかなる世界だからな。駆逐艦は仕事の選択肢がそれなりにあるから、悩ましい。
「戦術的に多くを求めない事だろうな」
「……どういう意味ですか」
「もー もったいぶらないの!」
いや、そんなの皆さんお判りでしょ? 『晴嵐型』は艦隊随伴を前提に設計されているものの、そもそもそんなことを望まれているわけじゃない。だったら、主力艦の露払いみたいな艦隊運動なんて覚えなくていい。
想定される戦域と、その戦場で望まれる行動に最適化した訓練だけを選んで行えば、半年程度で格好はつく。装備も限定できるだろうしな。
「取捨選択するという考えには賛成します。では、何を残すかね」
航宙機を大きく上回る積載量とJDできる航行能力。AI副官によるサポート。そして、同型艦を揃えて四隻ないし八隻単位での集中運用。考えれば、それほど難しくない勝ち筋というのは考え付くと思うぞ。
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