032 ゴトウ宙域哨戒―――『偵察機母艦』(完)
結論から言って、『来遠』の内部には予想通り艦隊司令部が生き残っていた。『利根』に移乗させようかと思ったが、余りに尊大で身の程を知らなかったので、水だけ与え艦橋・CICの接続を外部から途絶させ、予備艦橋から操作することで曳航を可能とする事にした。
まあ、自尊心の肥大化した支配階級というのは、一方的に要求するだけの存在であり、そんなものはホンシュウ星系に送るまでこっちでは何もしないようにすることにした。どうせろくなことを話はしないし、ナカイ隊には関係ないことでもある。
――― 面倒なことは上に丸投げする。その為に高い給料もらってるんだから。
「それで、このままこの宙域で俺達は作業し続ければ……よろしいのでしょうか司令」
「……気持ち悪いわね。いつもの口調で構わないわ先任」
「じゃあ、それで。俺達じゃツシマまで曳航できないぞ」
軽巡なら問題なく数日なら曳航できたし、サキシマからオキナワまでさほど困るような障害物は存在しなかった。対して、ゴトウからツシマまで七日間、曳航ならその倍ほども時間がかかるだろうか。艦も大きく小天体も航路に多い。
「防宙艦を曳艦に出すわ。元々、『蒼龍』が到着する迄は特に必要ではない二隻ですもの。送り届ける頃には『蒼龍』も設営隊を連れてツシマに到着するでしょうから、そのまま指揮を司令部に委ねる事にしようと思うの」
そうだろうな。『利根』に同行させているのは、元々サキシマ警戒隊所属の二隻であったかあであって、随伴の必要なのは『利根』より『蒼龍』だろう。
軽巡の宙雷司令に防宙艦は余剰装備だと言われるのは当然だろう。手放すにはちょうどいいタイミングという事だ。
「それに、私って微妙な立場でしょう?」
ナカイは宙軍省の背広組と比較的仲の良い存在だ。親父を含め一族が政治家・実業家であるという面、本人も宙軍の本流になるとは考えていないし、准宙将に退役するまでになれればいいという意欲だからだ。
それに対して、統合幕僚本部以下制服組は、美女の将官を誕生させることに否定的であるし、自分たちに阿らないナカイの姿勢も気に入らない。何しろ、軍に残る気はなく、最終的には実家の親父の議席を継いで政治家に転進する気であるから、あまり軍の主流派と昵懇であるのはよろしくない。
元軍人の政治家が対外的な強硬派であるとみなされるのはありがちな話しであり、その方が民衆の支持を得られるのだが、実際ナカイの立ち位置は中道だろうか。かまってちゃんの宙華と事を構えるのはよろしくない。こちらに得るものが無いのに必要以上に戦争をするのは意味がないからだ。
棄民を打ち払い、対外遠征艦隊を撃破し続けるために効率の良い方法を思考する方がましだからだ。
そういう意味では、ゴトウ要塞はコスパが良い可能性がある。一個艦隊に要塞で宙国遠征艦隊を阻止できるのであれば、さほどの経済的負担にはならないからだ。
まして、無人艦に限りなく近い……『晴嵐型』駆逐艦を主力とする打撃部隊であれば、人的コストも少なくて済む。その先遣隊司令というポストは、軍功を立てやすくするだけでなく、低コストな迎撃艦隊の創造という現場に立ち会う意味もある。
地に足の着いた現実主義の軍人出身の政治家として、制服組を牽制したい背広組からすれば仲良くしたい存在になるはずだ。
その辺考えて、デブの『技術工廠』も実験艦隊的に様々なモジュールを与えて対宙国戦の最前線に資材を送り込んで来るのだろう。戦争をしたいのではなく、技術の進展を優先にしたいという点で、工廠は背広組寄りの勢力に入るからだ。
背広組は『晴嵐型』の多用途艦の導入に積極的であるのは低コストの量産艦であるからだ。退役後は輸送船として民間に払い下げる事も、収する事も容易であり、何より省力化している点が大きい。十人の人員で運営できるという点が更にお気に入りだ。
制服組は、ポストが簡単に増える量産型駆逐艦の増隻は好意的だが、軍艦らしくない『晴嵐型』に対する評価はかなり低い。機動艦隊には『吹雪型』が主に配置されている。人数が減る事も、軍の組織がスリム化するという意味で気に入らないらしい。
とはいえ、拡大主義を表立って主張すると『戦前回帰』などと中傷されることになるので、下手なことは言えない。いや、天皇大権も軍令も存在しないから、関係ないんだけどね。ニッポンは立憲君主制の民主主義国家で来てるんだから。
ナカイはそういう意味で、ディスられやすいターゲットであるという事だ。表立って評価すれば制服組の上層部から痛くない腹を探られたりする。とはいえ、背広組や国会向けに「優秀な女性指揮官」というものはアピールしやすく、国民感情も和らげ安い。
如何にも軍人な暑苦しいおっさんよりも、爽やかな若い女性(美人で育ちも良い)ほうがマスコミ受けも良いわけだからな。
「立場が微妙なのは俺たち全員だがな」
「ふふ、違いないわね。寄せ集めのハズレメタル集団ですものね」
毒針で一刺しだから!! 二千年前から人気コンテンツ『ドレクレ』ことドレイク・クエストの人気キャラだもんな。
いつも面倒な仕事を押付けられるナカイ隊だが、経験値が高いという点だけはその通りだ。だからって……意外と昇格している。卒業席次でいえば、俺なんか宙尉ぐらいでもおかしくないんだからな。その後、先任宙尉、准宙佐、先任准宙佐と昇格するわけで、ナカイを別格とするなら、第二集団くらいに付けている。いろいろお世話になっているわけだ。
「それで、何の話だ」
「……防宙艦をゼロにするわけにいかないのは分かるわよね」
「小戦隊とはいえ、『利根』は重要な艦だからな」
本来は第四機動艦隊の旗艦も務められる設備を有している。前線に放置してよい艦ではないのだ。
「それで、今回、二隻減ってしまうのだけれど、それでも予定は進めなければならない事情は変わらない。なので、『利根』も無人機の設置任務に就けることにするわ。けれど……」
今まで二隻の駆逐隊二隊で実行していた任務を、『利根』を加えた二隊に編成替えするという事か。
「なので、『初嵐』『雪嵐』を防宙艦モジュールを組み込んだ仕様に変更して、随伴艦を兼務させることにするわね。毎日、『利根』で報告会をしましょう」
「……なんで?」
「駆逐隊を指揮する先任艦長と戦隊司令の情報共有は密にするべきだと思うの。それに、『利根』の食堂は機動艦隊旗艦用だけあって『矢矧』より一段上の仕様なの。美味しいわよ」
旗艦の食堂はレベルが高いとは聞いている。特に機動艦隊は司令官が宙将なこともあり、駆逐艦のレトルト食と比較する事自体が間違いだ。
「他の乗員の事を考えると、気が引けるな」
「今回、『巡視船モジュール』のテストも予定されているから、それを『雪嵐』に換装しましょう。それなら、食堂もセットされているので、いまよりはずっとましになると思うわ」
なんと、『晴嵐型』駆逐艦で一ケ月の長期巡視をさせようという鬼畜仕様。しかしながら、航海中の傷病や臨検時の負傷者発生などに対応する医療ポッドや食事や休息(特に入浴と睡眠)を改善する非番用休息スペース(ビジホ並)があるのだという。食事って心の健康に大事なんだよね。人はカップ麺のみに生きるにあらずという事だ。
「では、そういうことで」
「ああ、よろしく頼む」
『雪嵐』は防宙艦としての任務に就くことになったわけだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
本来、防宙艦仕様の場合、防御用の追加『シールドモジュール』に、『対宙パルス砲モジュール』二基を装備するんだが、そのうち一つを『巡視船モジュール』に交換したものだ。
巡視船モジュールの宿泊設備はフリゲート=軽巡並みなので悪くない。食事のレベルは艦隊随伴用駆逐艦並なのでそれより少し落ちるが。レトルト三食よりはましだ。
「随伴艦に出世したね」
「出世なのでしょうか?」
『出世よ!! 旗艦を庇って自艦を盾に爆沈するのが、駆逐艦の死にざまでは最高なのよ!!』
あるな。戦艦に向かう魚雷の走路に飛び出して爆沈する駆逐艦とか、でもさ、駆逐艦なら爆沈だけど戦艦なら小破くらいじゃないか?
「俺達は『いのちだいじに』でいこう。旗艦は守るがな」
ということで、一先ず『利根』に収容されている各種モジュールを現状のものと差し替える作業が始まった。
既に、『来遠』の曳航のため現場へと向かった二隻の防宙艦。その作業時の周辺警戒の為、僚艦『初嵐』は『来遠』のいる宙域にとどまっている。
「防宙艦仕様に巡視船仕様モジュール迄テストできるとは……」
「よかったですね宙ニさん。もう、しばらくこっちに来なくってすむんじゃないでしょうか。Win-Winですね」
副長の真心からの言葉にぐはっと倒れるデブ。まあほら、艦橋が暑苦しいし、息苦しいのは皆同じ気持ちだ。あんま空気吸うな。吸ったら吐くな。
「この防宙モジュールは、『晴嵐型』専用というわけではないのだ」
「それってどういう意味ですか?」
ニカイドウ曰く、この『対宙パルス砲』モジュールは独立したシステムであり、直接、砲にエネルギーをジェネレーターから送り込むのではなく、砲直下のサブジェネレーターにエネルギーを充填しておいて発射時に使用する方法をとるのだという。
「商船や小規模艦艇、戦闘艦艇であっても、直接ジェネレーターから大容量のエネルギーを引き回せない位置でも使用可能とするための工夫であるな」
「商船は巡航速度と最大速度の差が小さいからな。レーザーに使用する動力源を回すと、船足に影響が出るので追加できないか」
「ふむ、自衛用の小規模陽電子砲も搭載が難しい。であるから、『95式』の発射器もモジュール化して装備できるように開発中であるな」
どうやら、今回搭載した『シールドジェネレーターモジュール』もその一つであるという。元は『晴嵐型』の艦首用シールド発生装置をモジュール化したものであり、このシールドは艦周囲に浮かせて発生させることができるのだという。
「積載されている艦本体の索敵能力に左右されるが、発射される軽巡洋艦の陽電子砲に耐えられるシールドを直径10mの範囲で展開できるものだ」
『晴嵐』の場合、装甲巡洋艦相当もしくは、準戦艦の主砲に耐えられるとされているので、移動可能な分その防御力は減退するらしい。
「艦首に『雪嵐』がそのシールドを回せばどうなる」
『無敵よ!!!』
元気よく副官AIである、カスミ・ソデガウラが宣言するが……無敵じゃねぇ。
「一撃には十分耐えられるが、相殺したエネルギーを再度ジェネレーターに蓄積する迄は無力となるであろうな」
「保険が二枚になったと思えば悪くない。その程度だろ?」
「うむ。物理的には効果がほぼないのでな。至近距離の爆発に抵抗する程度である」
ですよねー。まあ、防宙艦としては、一撃で沈んでもらったら盾の意味がない。そういうことだよね。
「でもさ、食事やお風呂が用意されているのはポイント高いよね。この巡視船モジュール?」
「本来は、臨検時保護した国民に過ごしてもらうための装備であるがな。『晴嵐型』駆逐艦が将来的に長期任務を単独実施する際にはこの装備を搭載することになると予定されておるな」
「このメンバーで長期任務って……無理……」
お、おう。だがしかし、ちょっと考えてもらいたい。おそらく「個室」の様子を見れば機嫌は治るはずだ。
「食事はキッチンがあるので自炊もできるし、決められたメニューならある程度つくられるから、定食屋程度の提供は出来るな。加えて、非番時に使用できる個室は、ビジネスホテル並みではあるが、ベッドと浴槽がある。軽巡洋艦の士官居室なみであるな」
そう話を聞いた副長は、ダッシュでモジュール区画に走っていった。
「対宙パルス砲の射撃テストもしたいんだが」
「ふむ。威力を絞って無人機を標的にテストを申請しよう。問題なく許可がでるであろう」
防宙艦としては最弱の部分になるだろうが、折角の旗艦随伴艦任務であるから、しっかり訓練を受けて精々『晴嵐型防宙艦』のデビューに貢献するとようか。
【作者からのお願い】
更新できるように頑張りたいと思います。応援していただけると嬉しいです。
一日一(・∀・)イイネ!!もお願い申しあげます!
『わりと読めた』、『この続きを読みたい』と思われましたら下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。よろしくお願いいたします!




