003 サキシマ回廊の戦い(弐)
「我が友よ!!」
「……なんでついてくるんだお前」
「いや、センパイの『雪風』にEMP弾の発射機追加するからに決まってるじゃないですかぁ」
帰りの『宙間複合作業艇』にはデブときゃるぴんが同乗している。
「あそ。『雪風』じゃなくって『雪嵐』な」
「しってました!! わ・た・し 知ってましたぁ!! わざとですぅー」
「あそ」
雪風というのは歴史ある艦名であるし、不沈艦としてまた武功艦として有名なんだよね。駆逐艦ではあるけれど、代々優秀な艦長が配置されているらしい。おれじゃねぇよな。
作業艇には四連装発射筒が作業腕とともに牽引されている。敵艦隊との接触時間の推計は六時間後。無人通報艦が定期的に接触しており、短いJDを繰り返しながら北洋艦隊十隻がサキシマ回廊を通過中なのだ。
「JD用のビーコンを狭い回廊内に設置する為に、偵察艦を男気JDさせるとか、人の命の軽い宙国ならではのやり口ですね」
「情報部だってビーコンの排除進めていたんだろ?」
「当然であるな。とはいえ、無人の作業船では限界がある。海をも超える飛蝗の如き所業だな」
どうやら二人はそれで既知の関係らしい。女性の前ではキョドリが激しいデブにしては普通に会話できるので何故かと思ったが……実は男の娘というわけではなかったらしい。もしくは、デブがオッサン女でもなかった。
「お前さ、オネェになればいいんじゃねぇか」
「……何故……」
この職場は女性比率が高いのだ。それも、知的で男性以上に勇敢な美女ばかりだ。常に緊張を強いられるニブイデブに対する俺なりの優しさなのだがな。
『雪嵐』に帰還し、全員に今回の作戦の概要を説明する。何故って……
「あー ルミさん!! お久しぶりです!!」
「ナツキちゃん、こんにちは。おじゃましますぅ」
「でも、どうしたんですか?」
「実は、せんぱいに拉致されてぇ」
おい!! お前仕事だよな。作業おわったら『矢矧』に戻れよな。お前の席ねぇから!!
「あれ、宙二さんじゃありませんか」
「おお、アツキの妹姫でがおじゃりませぬか……」
副長はナツキ・ツユキ。俺の実妹だ。結婚は出来ない。同じクルーなので、上陸日や休日が同じなのだから、兄妹ででかける事だって少なくない。いやほら、妹に悪い虫がつかないように配慮するのも兄の仕事だろ?ニブイデブの視線を妨げるように前に出る。
「はぁー」
「なに溜息ついてんの?」
「シスコンきもい」
いや、普通だよね。
旗艦での会議内容を掻い摘んで伝え回廊出口で、宙国北洋艦隊を迎え撃つことを伝える。なに、ミサイルを運んで撃つだけの簡単なお仕事だ。
「……簡単なわけないよね。戦艦だよ!!」
「主砲がレールガンで船体に埋め込まれているから艦首方向にだけ気を付ければ、あとは副砲対策だけだな。副砲は軽巡洋艦の主砲並だから、雪嵐の艦首シールドで十分守れるだろ?」
シールドとバリアは同じ意味だが、シールドの方がカッコいいのでシールドと言いたい。え、エネルギーの帯を纏っているんだよ。相殺できるエネルギー負荷までは守ってくれる便利な装備だ。
「アツキ、我に今一つ策があるのだが」
「……お前、この艦に残れよ……」
「相分かった」
自分が残るなら、変なことはしないだろう。死んで英雄になるのは御免だ。そもそも、二階級特進って遺族恩給の問題もあるよね。俺の遺族恩給って誰が貰うんだよ。
一時間ほどで、四基目の発射機が無理やり接続される。背びれみたいでカッコいいのだが、その面の二基の単装陽電子砲が使用不可となるので痛しかゆしな気もする。
「撃っても当たらないから使えなくてもおんなじ」
「戦術士官がそれ言うか?」
「事実だし。航宙機相手じゃ旋回速度が合わないし、他の駆逐艦相手でもこっちの射程の方が短いじゃない」
副長の言は正しい。何故なら、この砲は武装商船や海賊、臨検用の脅しグッズであり、大きめのデブリを破壊する為に主に用いられるので、艦隊戦用の装備ではないのだ。空に向け威嚇発砲的装備だ。
因みに、デブは艦橋ではなく「戦術室」という名前の個室に配置した。ぜってぇ戦闘中に操艦の邪魔になるし、無駄に話しかけて来そうでうざい。
「艦長、期待されてますな」
「……使い勝手がいいってだけだろ。あと、言いやすい」
サキシマ警戒隊司令レイ・ナカイとは士官学校時代からの腐れ縁だ。何かと仕事を押付けられ、使い勝手の良い下僕とでも思っているのだろうか。孤児の俺と、開拓中の惑星とは言えその開発をになう一大企業の令嬢とでは立場が違う。親父さんは星政にも寄与しているらしい、所謂上級国民というやつである。
「むちゃぶりするのでも相手を選ぶんだよ、お兄ちゃん」
「久しぶりに呼ばれたな」
「人生最後かもしれないから、噛みしめておきなよ」
うんそうする。
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【トラベラー&インぺリウム風MAP】
当初の案だと、回廊出口に『矢矧』を中心とする扇形に半包囲し、先頭の戦艦を攻撃するという作戦が提案された。戦力が同等であればともかく、戦艦に対し、駆逐艦を中心とした小艦隊が半包囲しても容易に突破されると思われた。
なので、艦隊を二分する事にした。本隊は『矢矧』に防宙艦『冬月』『涼月』の三隻。これは、荷電粒子砲による連続射撃を可能とする防宙艦の砲戦能力を生かす部隊だ。
残りは『雪嵐』『浜嵐』のミサイル駆逐艦。L字型に回廊出口に配置し、先に、駆逐艦から接近する。この間、旗艦以下は機関を停止し北洋艦隊から見つかりにくく浮遊状態を維持する。
少なくとも、戦艦二隻が回廊から出て来た時点で攻撃を開始する。
駆逐艦二隻は単縦陣で進み、ミサイルを二波に分けて発射する。最初に各8発の計16発、これは普通のミサイルだ。その後、接近しつつ第二波12発を発射するが、これにはEMP弾4発が含まれる。
第一波の攻撃をタイミングに、本隊は全速で北洋艦隊に急進しミサイル第二波の攻撃の援護とする。
第二波ミサイル着弾後、本隊は戦艦に近接し、至近距離から速射により戦艦の通信・索敵・観測に関わる構造物を破壊し無力化する。可能であれば、『矢矧』搭載の『93式宙雷』の攻撃で撃沈もしくは大破せしめるのがモアベターだ。
「司令好みの作戦になったよね」
「肉を切らせて骨を断つとか、あいつ好きなんだよ。特攻にしか思えねぇねどな。二階級特進なら、あいつ宙将だな」
「嬉しくないけどね」
いや、あいつの実家は喜ぶんじゃねぇの。親父さん、英雄の父ってことで小惑星『チバラキ』の自治政府首班も夢じゃなくなるとおもうぞ。娘の命と引き換えになんて思っていないだろうけどな。
因みに、ホンシュウ星系は二つの惑星『ニュートウキョー』『ニューオーサカ』と、その衛星が存在する。『ニュートウキョー』には人工天体の学園衛星『サイノクニ』軍事工業衛星の『ヨコハマ』、そして農林水産資源惑星『チバラキ』が存在している。
俺も妹も、ナカイ司令、デブ、ヤエガキ、『矢矧』艦長のカリナ、養殖ミカミも同じ出身である。ヨコハマにある『ヨコスカ』軍港での初等訓練、『エダジマ』での本格的な教育と進む中で、チバラキ出身者は弄られる存在であったりする。なので、自然と仲が良くなるのだ。
あぁ!! お前ら、チバラキ産の食品喰うなよ!! と声を大にして言いたい。
豚も牛も鯵も鯖も食うなよ。合成タンパク質の加工肉でも食ってろ。『チバラキ』産の農海産物は、HDでUSAにも送られている。その昔、地球では江戸前と言えば東京湾の海産物だが、UCにおいては『チバラキ』産がそれに当たるのだ。
東京湾は海を挟んで千葉であったのだから、何も問題ない。らしい。二千年前に、わざわざ地球の生物をテラフォーミングした別の惑星の海に放流し生態系を作り上げた先人に感謝感謝なのだ。
レトルトではないが、冷凍の寿司は解凍して偶に艦内でも食べるがけっこううまいぞ。
死ぬ前に寿司が喰いたかった……などと思いつつ、二隻の駆逐艦は回廊出口の手前で監視体制に入る。『矢矧』から射出された無人偵察機が回廊内に侵入し、ジャンプアウトする北洋艦隊を捕捉しようとしている。
「……来たみたい……」
「おう」
手元のモニターだけではなく、艦橋正面の大型スクリーンに映像が映し出される。大きな金属の球体におそらく背後にエンジンが付いている宙国らしいデザインの艦の形状、見間違えるわけがない。
「後方に同型艦が追随していますね」
「……ハヨもどれよ」
いつまでも情報士官なんて駆逐艦に居てもしょうがねぇだろという思いを込めてミカミに視線を向ける。
「熱い思い出も込めてるんですか、マジきもいですよ」
「……じゃあ、旗艦へ帰れ」
「もう無理ですよ、今からじゃ収容してもらえません」
無線封鎖もし、動力も絞っている本隊に、回廊の出口の反対側に潜む駆逐艦から『作業艇』で移動するのは、とっても厳しいだろう。なにせ、小型の沿岸漁船みたいなもんだからな。
「そこの予備シートに座って黙ってろ」
「いやー ルミさんと同席できて光栄です!!」
「なんにも出ないからねナツキちゃん♡」
お前ら同じ階級なんだから、おべんちゃらしても何にもなんねえだろ? とはいえ、情報部付の情報士官は艦隊の駆逐艦乗りよりも格段にエリートである。参謀畑に進むかもしれねぇナカイ司令よりは落ちるが、定時で仕事ができて毎日自宅に帰ることができそうな職場で羨ましい。
なんでかしらんが、ミカミは前線に出たがるので不思議だが。あれか、危険手当狙いだな。あと、アンチエイジング・ポイントが高いとか!
無人偵察機は撃墜されるまでに北洋艦隊の全容を俺たちに伝えてくれた。戦艦二、重巡洋艦三、軽巡洋艦五、軽巡洋艦とは言えサイズは『冬月』より少々大きい程度である。
「駆逐艦は連れてこなかったか」
艦内の積載量に制限のある駆逐艦では、長期の短距離ジャンプの連続を行うだけのエネルギー容量が維持できなかったのだろう。また、本来はタンカーを随伴するような移動なのだが、宙域侵入後即戦闘と考えれば非武装の支援船を同行させるのも難しい。航続距離と速度において駆逐艦の代替戦力として軽巡を同行させたと思われる。
「先頭の戦艦二隻が回廊から出て来た時点で攻撃を開始する」
『早くない?』
無線封鎖をしているが、僚艦とは有線で連絡が取れている。ヤエガキの言ももっともだが、気にするべきなのは確実に戦艦を無力化することにある。
「引き寄せすぎて大蛇の頭を逃したら意味がない。それに、本隊の殴り込みで一番危険なのは先頭の二隻だろ? 余程優れた指揮官でなければ戦艦が無力化されれば混乱する。随伴艦の巡洋艦もだ」
『無力化されればね』
一時的にEMPで艦のコントロールを喪失させ、その間に近距離からの砲撃でセンサー類を破壊して戦闘力を喪失させることが目的だ。なにも、二回同じ事ができなくても良い。次回以降は、オキナワ要塞にもっとまとまった戦力を駐留させるだろうからだ。
想定された時間通り、二隻の戦艦は回廊出口に姿を見せた。
「雪嵐、敵先頭に向け全速前進」
「全速前進」
『全速前進ね』
艦長席横の予備シートに座るミカミの顔が引き攣っているのがわかる。
だいじょうぶ、俺も引き攣ってるから。
徐々に加速する二隻の駆逐艦、最大速力にはおそらく加速できそうにもないが、駆逐艦は推力質量比的に加速しやすい。
「ミサイルの射程まで加速、その後、発射機を投射する」
発射機の投射というのは、四発の93式の乗ったコンテナが一段目の推進器となり、推進剤の終了とともに四発に別れて慣性で接近、その後、ミサイル自身の誘導で目標の直前で再加速し命中するという仕様だからだ。
『矢矧』に搭載されているのはこの発射機とは異なる通常のものなので、この小細工は使えない。
直前で再加速する事で防御用の対宙レーザーの対応時間を短くすること、回避運動が取りにくくなることを狙っている。らしい。え、だって、俺達シュミレーターでしか撃った事ねぇもん。
「射程に入ります」
「発射器投射」
「発射器投射!!」
二本のロケットが駆逐艦の船体からボロりと零れ落ち、点火されたエンジンが炎を上げて数十秒間加速していく。
「このまま接近、第二波用意」
「第二波用意!!」
最初にEMP弾を撃たない理由は幾つかある。迎撃される可能性と、もう一つは、大気中と異なり、爆発による電磁波を発生させる物質が少ない部分を補強する為、最初の攻撃のミサイルのエネルギーや敵艦の破片などがまき散らされている方が都合が良い。弾頭自体にその処理は成されているが、より効果的となる。
なので、若干のタイムラグを置いて第二波の発射となる。
「第二波投射」
「発射器投射!!」
第二波の投射タイミングで、隠れていた本隊が加速を開始する。おそらく、敵戦艦は二波のミサイルへの対応と、新たに表れたニッポン艦隊への対応に忙殺されていく。
「雪嵐、再度加速」
「……え……」
『なになに、どうしたの。私らも殴り込み?』
ナツキの「聞いてないよ!」という反応と、僚艦からの確認の通信。
「浜嵐は、俺達の回収を頼む。雪嵐は第三波となり、船体の反応炉を弾頭として敵北洋艦隊の後続部隊へ攻撃を行う」
「『……まじで……』」
おう、大マジだぜ。




