026 ゴトウ先遣艦隊―――『双胴砲艦』(弐)
『まじで……』
「まじだ。難民船が押し寄せるとよ」
とりあえず、ヤエガキにはこれから俺たちがやらされそうな仕事についてナカイ司令から聞いた話を伝えておく。
『だから晴嵐型を大量に持ち込むんだ』
省力化された駆逐艦なら、情報統制もしやすい。狙撃用の陽電子砲モジュールと情報収集モジュールの組合せで、遠距離からの警告・停船無視からの撃沈までがワンセットだ。
とはいえ、漂流船として辿り着く場合もあるだろう。半ば、死なせるつもりで送りつけてくるんだから、途中でトラブルが起こって遭難死というのはぼろい宇宙船ならありえるはずだ。食料や酸素が足らなくなることもあるだろう。
「俺達は黙って上の命令聴くだけだしな」
『そうだね……目の前で女子供に銃口を向けるわけじゃないから……船を破壊するだけならまだましだよね』
俺なんて、AI副官に『撃っといて』で終わらせる気満々だもんな。そりゃ、命令はするけれど、その責任は俺じゃなくって上が取るべき責任だしな。
『相互主義』ってのが外交には存在する。
目には目を、歯には歯をという言葉をちょっと言い換えた言葉だな。ニッポン人を拉致して兵器に組み込んで送り返すような非人道的な国に対して、人道的対応をする必要はあるのかという話だ。
正規兵を陸戦協定に基づき捕虜として保護するのは、自国の国民である兵士を守るための相互主義に基づくものだ。相手が守る気がない一方的な規範を、こちらが守る必要もないという事だろう。
『USAはどういう対応しているんだろうね』
「わからんな。だが、すでにタイペイには到達しているらしい。タイペイは元々宙華帝国の一部だから収容しても構わないだろうな。その後、どうなるかはタイペイの問題だ」
宙国本土の棄民を押付けられて、タイペイがどうなるか。ニッポンの一部になりたいといわれても難しい。なにしろ、中身は宙国人たちだからだ。その昔、大日本帝国が清国から台湾を割譲され統治した時代とは大いに異なる。なので、いくら求められても宙国と「タイペイ」「オキナワ」「ツシマ」で対峙するのは難しい。
中華帝国の艦隊が、星系単位の独立採算のものであり、遠征の失敗は星系を統治する『省政府』の失策となる。直隷星系とされる皇帝・中央政府が直接統治する幾つかの星系の他は、それぞれの星系に依拠する有力者の中から首長が皇帝から指名される。
失策は罷免を伴い、罷免されれば数世代は要職に就くことは出来なくなるので、早々失敗する事は出来ないという。
「タイペイを攻撃したのはシュン星系の『ニューシャンハイ』所属の東洋艦隊のようだし、サキシマに現れたのは『リューシュン』の北洋艦隊だから、艦隊の再編、上層部の入れ替えで何年かは大規模な侵攻は無いと判断したんだろうな」
『じゃなきゃ、ツシマの先に要塞作るから行けって……危険すぎるよね』
ナカイを将官にするかどうかの試金石も兼ねているんだろうな。一見、危険な任務だが、その実、敵は艦隊の再編中で、それほどでもないという計算か。
『でもさ、捨石艦隊の他に、USAの真似した機動艦隊を用意しているって情報もあったでしょ? それが来るんじゃないと思わない?』
思わないと思いたい。
皇帝の肝いり(というか、朕も持つべきと考えたんだろうな)、USAが持つ宙母打撃群(CSG)に似せた新型艦隊を編成しているという噂がある。今回のタイペイ星系に現れた艦隊はそれに近いものであったというが、あくまで地方政府の省艦隊だ。直隷艦隊である『北洋』とは異なるだろう。
『大型艦を作るのは、ただ拡大するだけじゃ駄目だしね。とくに宙母は艦載機の習熟も必要だし、時間かかるんじゃないかな』
「解決する方法があるだろ?」
『……一隻二隻ならともかく、何百は無理があるよね。宙母だけなら、可能……かもね』
艦載機はAIでも構わないだろう。数で圧倒するという方法もあるし、無人機に少数の有人航宙機を混ぜるという方法や、数機単位で指揮させるという手もある。人間の脳を使うのは……訓練考えたら割に合わないか。俺達が捕虜になればべつだが、航宙機部隊が飛行隊単位で拉致された話は聞いたことがない。
『まあ、目の前に所属不明の船がいたら、警告して引き返させるか沈めるかの二択だよね。それ以外の事は考えない事にするよ』
長々と話してしまったが、そういって飲み会の余韻がすっかり冷めたヤエガキが通信を切った。
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俺は、自分のクルーには「要塞建設のための下準備の調査と哨戒任務」とだけ今回の先遣隊の役割りを説明した。細かなことは知らなくても問題ない。問題になった時「知らなかった」と言えるようにしておく方がましだ。
双胴艦の習熟に数日の訓練を行い、『利根』の先遣隊用の資材の搬入も終わった後、出撃となった。
『ツユキ君、しばらくの間よろしくね』
「……クルリ艦長、どうか、ツユキ艦長もしくは二佐なり先任なりお呼びください」
准宙佐は二等宙佐とも呼ばれるため、略して「二佐」と呼ぶ場合もある。艦長職なら『ツユキ艦長』でいい気がする。
『ごめんね、つい懐かしくなってね後輩よ』
「それは俺も同じです。これからよろしくお願いしますクルリ艦長」
『えー どうしよーかなー この前の懇親会ブッチされたし』
そう、確かにブッチしました。ナカイ司令に呼ばれただけだから。ナカイとクルリ先輩は仲が悪いわけじゃないけど、馬が合わないというか、反りが合わないというかそういう関係だ。
指揮官としては、先頭に立って鼓舞するタイプのナカイと、事前に準備を
して委ねるクルリ先輩では人の扱いがかなり異なる。
細かくキッチリ命令通り動かそうとするナカイは、方針だけ示せば自身で考えてより良い結果を出させるクルリ先輩のやり方が苦手なんだよな。艦隊の人事としては、上に行くために任せて委ねる指揮の取り方の参考にも手本にもなるマリ・クルリ宙佐をナカイの傍に敢えて置くことにしたのだと思う。
まあ、やりにくいだろうが艦隊司令・戦隊司令になる為にはそういうことも必要になる。駆逐艦の艦長どまりの俺には縁のない話だが。
艦橋で駄弁を交わしていると、艦隊の進発時間となる。
『駆逐艦雪嵐、前進』
「前進開始します」
既に宙港の外で待機していた駆逐隊は、『利根』の進発に続き、防宙艦二隻に続き移動を開始する。単縦列だが、前方の艦との接触を防ぐためと推進器の後流を避けるため多少左右にずれて進んでいく。
今日のところはHDゲートを経てツシマ要塞の外周で投錨。錨はついていなけいどな。そして、ツシマの要塞司令とナカイの先遣隊司令部で情報交換を行った後、目的の宙域まで七日掛けて通常航行で移動する。
「行きは面倒だけど、帰りはJDできるもんね」
「一応な」
副長の問いにそう答える。ツシマに配置したビーコンを頼りに、JDを行う事で比較的短時間で戻ることができる。
HDゲートは設置コストと宙華艦隊に占拠されるリスクを鑑みて要塞完成後設置が検討される予定だ。
なので、今後到着する設営艦隊も含め、ツシマから通常航行で移動することになる。とはいえ、ツシマに至る宙域を哨戒する意味もあるので無駄なことではない。
新編の戦隊は特に問題なくツシマへと到着した。
『早くしなよ!』
『ツユキかんちょー 待ってますよー』
ツシマの要塞司令に挨拶するために、晴嵐型の艦長は連絡艇を回して貰って移動することになる。え、だって搭載艇がないからねこの艦は。PFSじゃあ、ちょっとな。着脱も面倒だし。
なにが嫌かって、俺以外全員女ってところだな。ずっと弄られるのわかっていていくのって嫌だろ? 何のために引き籠れる『晴嵐型』の艦長になったと思ってんだよ!!
でも、そんな事を顔や言葉に出せば、更に弄られるので俺はポーカーフェイスを取り繕う事にする。
「あ、やっと来ましたねせんぱい」
「……お迎えご苦労」
今回は、情報将校としてきゃるぴんも要塞司令との会議に出席するようで、
何故かわざわざ連絡艇の操縦を自分で行っている。もう俺の船に乗せないから、
これで我慢しておいてくださいね。
「偉そうだね」
「偉いですよ、先任艦長ですからね」
そう、俺、偉いの。例えナカイの腰巾着だ太鼓持ちだと言われても、それでもおれは駆逐艦の艦長が嬉しい。嫌だよ、巡洋艦の副長とか……超中間管理職だろ。組織で上に行くなら良い経験だが、場末の現場で満足な俺にはいらん仕事だ。
「艦隊の移動には慣れたか?」
「これからでしょ先任」
「JDだけですからね。哨戒任務では僚艦として学ばさせていただきます」
僚艦『初嵐』の艦長、カツウラは豆でいい奴だ。可愛い系のぽやっとしたイメージだが、武術の達人らしい。なにその異世界ヒロイン。
俺のパワードスーツが火を噴くぜ(物理的に噴くととても危ない)!!
だから、武術カンケイない。
「ツユキ先任、今度手合わせお願いしますね」
「……パワードスーツ着ていいならな……」
「あ、わかってませんねせんぱい。クララちゃんはパワードスーツ着てもすごいんです」
なにそれ、胸の谷間が?
「重力が無ければ勝手が異なりますけれど、重心を崩せばパワードスーツだってどうとでもなりますから」
なにそのアイキな心得。
「勉強させてもらうよ」
ということで適当に話を合わせる。まあ、実際男女で組手とか、あまり聞かないしな。パワードスーツ越しなら、接触してもセクハラにならないよね。コンプラ問題ないよね!!
「そういえば、ナカイ司令も合気道されていますよね」
「そうだな。かなり遣えるんじゃないか」
そうです、俺も良く士官学校時代は練習台となって投げ飛ばされたり関節決められて悶絶していました。
え、だって、女性相手に技を極めたりすると、後々あいつが大変なことになるし、男相手でもな……士官学校に来るような男はマッチョメンタルが多いから、練習でも女性に投げられるなんてのは許容できないんだよ。
なので、稽古相手……というか、投げられ役・決められ役は俺が務めていた。おかげで、痛みに強くなったぞ。
「わたしたちの同期の間では、ツユキ候補生は真正のマゾって言われていましたよ、せんぱい」
二人の新人がうんうんと頷く。そう言えば、きゃるぴんと同期だったな。
「えー 私らの同期でもだよ。ナカイ司令の相手を務めるのが生き甲斐?みたいな見方されていたよ」
そうだな。レイ・ナカイはとっつきにくい女なんだよ。人見知りというか、ええかっこしいというか、そういう他人からの眼を人一倍気にする。なので、人見知り仲間として相手をしていたわけだ。
「で、二人はいつから付き合ってるんですか?」
「結婚はいつするんですか?」
ん、誰と誰の話だ。
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