023 掃海作業は続く―――『双胴艦』(参)
双胴艦のテストを兼ねた掃海活動は、『雪嵐』『浜嵐』の二艦だけの独立分遣隊として「タイペイ星系」へと派遣されている。既に、『平海』の航行記録から機雷の散布された宙域は特定されており、第一機動艦隊のコルベットが掃海掃討を継続しているらしい。
「艦長、機動艦隊司令部から掃海宙域の割当が通達されました」
「確認して、副官に航路トレースしてもらって」
「了解っす!」
副長はお休み中。俺は「分遣隊指揮官」として、艦隊司令部との遣り取りがあるので艦長席に詰めているという感じだ。始まってしまえば問題ないのだが、ナカイのしている苦労の末端だけでも味わっている感じだ。
――― 事務報告めんどくさい……
几帳面なあいつだからこなしているんだろうけど、俺には無理だ。そもそも、艦隊司令官なら幕僚が付いているからそいつらが書類仕事するからいいけど、小艦隊の指揮官なんてのはそんな気の利いたものは存在しない。
たしか、ドイツ参謀本部の原型になったプロイセンの参謀制度ってのは、脳筋将軍・将校を統制するために作られた組織だよね。
宙軍にも参謀は存在するけど、提督になる為の腰かけ的な部分もあるからな。そう考えると、レイ・ナカイは前に出たがる参謀気質の提督。歴史的にはロンメルとかに近いのかもしれない。ロンメルって元々歩兵将校の数学好きだもんな。国防軍の主流派で無いところを総統に好まれたとか。
最後は連合国のヤーボの攻撃で視察中の車両に乗っている最中に戦死しているしな。俺は絶対まねしたくないタイプだ。
俺達の任された範囲は、前回掃海した宙域の更に外側。恐らくは、ツシマへ侵攻した際にタイペイへ逃げ込めないように封鎖線を作るつもりで機雷をばら撒いたのではないかと考えられる。
浮遊しているので、移動して知らぬ間にニッポンの宙域へと漂流されても困るので、粗方ここで片付けるというのが上の判断のようだ。簡易的な空母とはいえ、『平海』はPFSクラスで三百隻は搭載できるサイズであったとのことで、機雷に換算すると、凡そその十倍は散布されたのではないかと推定されている。
調べたデータ上もその付近の数値であったとされている。
『三千は無理だよね』
「三百でもしんどいんだが……」
AI副官と与太話をしつつ、粛々と掃海掃討を行う。
今回、『推力偏向ノズル』に改修された状態で引き渡され、現在もそのままなのだが、デブは乗艦していない。『矢矧』も同行していないので、不要不急の人員はご遠慮願った。
そもそも、掃海任務で高機動する必要性皆無だしな。実用に問題がないかどうかの検証データだけまず取れれば良いという感じだろうか。この星系であれば、オキナワへの帰投は問題ないので、万が一不具合があったとしても問題なく対応できる。
これが、HDゲートの無い宙域なら困ったことになるだろう。
今回双胴仕様の為、二つのカーゴを陽電子砲とその射撃安定用の機材を積み込んでいる。一隻分の反応炉をそのまま使用できるので、連射が可能とするためのコンバーターを一式追加してあるという。ようしらんけど。
残りの二つのうち、一つはいつもの93式宙雷、今一つは光学熱源観測・照準モジュールを積んでいる。巡洋艦並みの索敵能力を有し、また、射撃時の補正を行うことができる。
一門とはいえ、巡洋艦並みの砲撃能力を有し連射性を高めることで短時間であれば軽巡洋艦並みの火力を発揮可能となっている。
「はい、一基破壊」
「お疲れさん、次の目標の捜索だ」
前回は一基索敵し破壊するのにニ三時間かかったが、今回は倍ほどのペースで破壊が進んでいる。もしかすると、三倍くらいかもしれない。また、僚艦である『浜嵐』とは少し距離を置いた別行動となっているのは、俺とヤエガキの関係が気まずい……からではなく、広範囲の捜索能力を生かすことにある。
また、潜伏している宙国艦艇の脅威が払しょくされ、遠征をおこなった宙華艦隊の司令官が更迭されたという情報もあり、再襲来の脅威が低下したからということもある。
「艦長、発見しました」
「……仕事早いな。ドンドン破壊していこうか」
三交代で24時間、浮遊する機雷を除去しつつ、俺は目の前の仕事に没頭することにした。
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『……というわけなの』
「了解。では、タイペイに一旦帰投した際に、『平海』に向かう」
艦艇受領の為に、『矢矧』はホンシュウ星系迄移動しているらしい。タイペイには三日出撃一日休養というローテーションの中で幾度か寄港しているのだが、ナカイ司令経由で機動艦隊司令部から『平海』に向かい、『キサラギ』と話をするようにという命令を受けた。
既に、凡その聞き取りを終了し、本人が洗脳されていないこと、これまでの経緯に関して報告に嘘偽りがないことを軍情報部とその上が判断したのだそうだ。とはいえ、長く専門の人間とは言え訊問官や司令部所属の情報将校らに聞き取りをされた結果、精神的に不安定なのだという。
とうふメンタリストであるナカイの相手をするのが得意とされる俺であるが、特異な環境に置かれた恐らく一回りは上の女性のメンタルケアをするというのはいささか気が重く、俺の役割りなのかと疑問に思う。
『脳だけ』という状態で、会話するための音声システムだけと接続された状況ではメンタルがへ足らないわけがない。これまでは、『平海』を動かし、命令を全うするという「やるべきこと」があったり、尋問とはいえ自分の置かれた状況を説明するという仕事があったので問題なかったのだろうが、この先の事を考えると、先行き不透明さに不安を感じている面もあるあろう。
「キサラギ宙尉に会いに行けって?」
「そのような命令だな。俺の休暇とかないわけ。これって公務だよな」
「艦長の仕事ってカスミちゃん任せだからいなくても問題ないよ」
副長に本当のことを言われ心が折れそうな俺。24時間の休息とはいえ、むしろ寄港中のほうが補給や司令とのやりとりでむしろ仕事が多い。哨戒中は暇と言えば暇なので、しかたないか。
部下が休んでいる時こそ仕事をしている俺、上官の鑑……ではなく常である。
『平海』へと向かうと、ドッグに入っているわけでも桟橋につけられているわけでもなく係留宙域にぽんと置かれていた。自分で操作した司令部のPFSで着艦し、警戒中の宙兵に来艦の目的を伝えると、そのまま艦橋まで連れていかれる。
艦内捜索も終了し、機械警備の設置も完了しているので、今では一個分隊十名の宙兵が交代で警戒しているのみだ。とはいえ、格納庫周辺の確保と、艦内監視モニターのチェックはAIがしてくれるのでそのフォローくらいしか仕事が無く暇なのだという。
じゃあ、スメラギの相手してやれよと思うのだが、それはそれで許可なく勝手にするわけにもいかず、また許可も下りないだろうという。
「では、扉の外で待機しております」
「ありがとう」
艦橋の安全を一通り確認した後、話をするのに案内の宙兵は席をはずしてくれた。これで心置きなく話してほしいという事だろうか。
「スメラギ宙尉久しぶりです。ツユキです」
『……ツユキ宙佐……ようこそ。お久しぶりですね』
声こそ変わらないのは人工だから当然だろうが、口調が疲れている辺りに尋問ですり減った精神が回復していないというところなのだろう。
「俺達は相変わらず、掃海掃討継続中ですが、宙尉がひと段落ついていまは待機中だと聞いていますが、いかがですか」
『……そうですね……心残りはありません』
いや、なんか言い回しが微妙ですわよ。
先の見えない状態であり、放置気味なので拗ねてんのか。俺が同じ立場でも、ヤサグレないわけではない。常にヤサグレておる気もするが。
「あまり細かい話を聞けていなかったので、色々教えていただけると嬉しいのですが」
『……なにか……』
俺は疑問に思っているのは、脳だけだと感覚器ってどうなっているのだろうかということだな。例えば、会話が成立するという事は聴覚は問題なく生きているという事になる。
では、視覚はどうか。艦内のモニターを見られるのであれば、監視カメラの映像が目がなくとも目の代わりに利用できているのだろうか。
例えば、嗅覚の代わりに艦内の空調や大気の成分分析機などが反応し、臭いがわかるのだろうかとかだな。
味覚は無理だろうが、触覚はどうなんだろう。艦内を人間が移動すると、体の表面を虫が這いずるような感覚で気持ち悪いとか……そんな感じを受けるのか気になる。
その辺を率直に聞いてみた。
『視覚はカメラで、聴覚は音響センサーで代用されています。皮膚感覚はありません。味覚も当然ありません。食事をする必要がありませんから。それと、嗅覚は……ほとんどありません』
「ほとんどとは?」
『艦内に危険な影響を与える成分は「刺激臭」のように感じるようです。火災発生時の煙とかでしょうか』
痛覚がない代わりに、その辺りが設定されているようだという。
「なら、そうだ……音楽なら聴けるよな」
『はい。聴きたいです』
このくらいのことは、司令部か情報部に伝えれば待遇改善してくれるはずだ。食事で気分転換できないのであれば、なにかしらそういったものを考える必要がある。
「例えば、見たい映画とかあるか? 手配できるかどうかは相談してみないとわからないから、何とも言えないが」
『それなら……読みたい本があります』
彼女の知る幾つかの書籍の続刊/新刊が読みたいというのだ。紙媒体ではむりだが、電子書籍なら問題なく取り込めるだろう。これも相談だ。俺は、彼女の好きな作品・作家について聞き、このデータも持ち込めるかどうか確認する事にした。
「それと、何か聞きたいことはあるか」
『……家族の状況です。それと、私の事はどう伝わっているのか。情報部の方達からは一方的な聞き取りでしたので……』
「わかった。調べられる範囲でしらべる。上にも伝える」
『……ありがとう……ござい……ます……』
一方的に聞きたいことだけ聞いて、メンタルケアは全くしていないということが伝わってきた。恐らく、生身の人間であれば、療養施設で社会復帰するための手厚い看護や、家族との面会などもあったはずだ。
変わり果てた姿とはいえ、人間としての感情は変わらない、むしろセンシティブのはずなのだが。あまり、配慮の無い担当者であると思われる。情報部ってヒューミントとか重視していないのか?
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ということで、俺はそもそも大した選択肢がないので、面会の結果を司令部に報告として挙げる事にした。とはいえ、反応は芳しくなく、上からの指示で誰か面会に行かせたという実績作りのための命令だったらしい。
――― 俺の貴重な休日を!! ふざけんな!!
と俺にもスメラギにも配慮の無い司令部の対応に腹立たしさが爆発する。
そして、俺は、俺の数少ない選択肢へと連絡を取る事にした。
一つは、情報部のきゃるぴん。こいつは、スメラギと面識もあるし情報部の人間でもあるから、この対応に対してどう考えるかを相談したい。
今一つは、俺の上司であるナカイに話を持っていく。報告するのは当然であるし、ナカイがどこかの誰かに働きかけたりして、『キサキ・スメラギ宙尉』の取り扱いに関して意見具申するということも否定しない。
スメラギ宙尉の扱いを聴けば、ナカイは激怒するだろうな……とは思う。あとは、あいつがなんとかするだろうさ。




