022 掃海作業は続く―――『双胴艦』(弐)
ナカイ隊のうち、『雪嵐』『浜嵐』の二艦は俺を分遣隊指揮官として再びタイペイ星系へと掃海作業の実行のため戻ることが決まっている。『矢矧』他二隻は、その時点でオキナワに残っている予定だ。そりゃそうだろ、俺達みたいに艦橋だけ入れかえればいいモジュール艦じゃないからな。
何故先を急ぐかというとだ、『平海』即ち「スメラギ宙尉」の航海記録から散布した機雷の位置が特定でき、その機雷を掃海掃討することで裏付けをとることができると上が考えたからだ。
提供された情報に一定の信ぴょう性があれば、「スメラギ」の存在も一歩確かなものになるということなのだろう。
力になると約束した以上、それを果たすのも軍人さんのお仕事だろう。
「となりに同じ船があると思うと微妙だな」
「人生ゲームのピンみたいで面白いよ」
「確か、六人迄乗せられるのであるな」
一人人生ゲームって意外と楽しいぞ!! 地球時代から続くその名も『宝』人生ゲーム。ニッポンの至宝だな。その時代時代でイベント内容が変わるので「明暦版」とか「宇宙開拓版」といったテーマの設定が可能で息の長いゲームらしい。
その駒は伝統的な三列六座の箱型ビークルで、小型宇宙船であったり、エアカーであったりする。それはデザインにより若干変わるのだが、三列六座は外せない。
「Y字型にできねぇな」
「L字型で妥協しな!!」
その四十秒みたいな言い方やめて!!
二隻並んで一隻で動かす、その昔アイランド艦橋の空母が中心線と艦橋の位置がずれるので、慣れるのに時間がかかったという話を聞いた覚えがある。俺は操艦しないので関係ないと言えばないんだが。
「軸に関しては、AIに補正させるので問題ない」
とデブが言う。それはそうか、人間の感覚と違って簡単に修正できるからいいよな。
「それと、これはコストがかかるのであまり多数できないのだが、今回は実用試験用に用意してある」
気持ち悪い推進器のノズル。これは、『推力偏向ノズル』か。
デブ曰く、スラスターを使用せず、推進器のノズルを可動式にする事で、左右20度ずつ動かす事による機動変更を行う事ができるようになった。推進剤の消費によらない機動変更が行えることにより、より長期の任務が可能になるらしい。
これの改修工事も踏まえてのドッグ入りだそうだ。
「ますます長期間働かされそー」
「軍人に労働基準法は適用されないからって、あんまりだな」
とはいえ、スラスターの推進剤の節約は戦闘時に有利になるだろう。残量気にする程度が緩和されるだろうしな。
「晴嵐型は今後の対宙軍事政策で重要な艦となる予定らしい。なので、一段と予算がついておるのだ」
ああ、駄目な奴だ。あの、大戦中にめちゃめちゃ試作作ったどっかの枢軸国とか、謎の駄作機を量産した英国面の国とか……あるよね。とはいえ、『晴嵐』はUSAの香りのする標準化された艦船な気がする。
安く単純で、大量生産の消耗品。多用途に使用できて平均点がとれるタイプだ。省力化省人化されているのもいい。
「あとは、艦橋が脱出ポットって言うのも良いよね。生き残れば次もあるじゃん」
「であるな。この艦は三ケ月から半年で仕上げられるが、乗員を育成して戦力化するには十年かかる。五分の一の人数で同程度の戦力を発揮でき残存性も高いのなら、規模に劣るニッポンにはこうした艦船が重要であると我は思う」
器用貧乏という気もするけどな。
器用なのはいいが、貧乏なのは良くない。
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双胴艦は中も軽く見たが、特に操作的に問題なかった。お休み中のAI副官にも『問題ないわ、パワーマシマシよ!!』とやる気を見せられ、ヤエザキはテンションの高さにビビっていた。お前もこんな感じだぞいつも。な、他人がそうだと疲れるだろ? 反省しろ!!
「艦長のテンションの低さとのギャップにうけるー」とか言っていたが、お前のAI副官のフラット腹黒さも俺はドン引きしている。ニブイが勝ちだな。
「では我はこれで」
「おう、休みで暇な所悪かったな」
「よかったんじゃない? 暇でやる事なさ過ぎてたみたいだからさ」
黙っておくのも優しさだぞ、お前のそういうところが駄目なんだヤエザキ。
見た目はそこそこで、駆逐艦なんてむさくるしいところに一人だけ若い女がいるにもかかわらず、中身がオッサンなヤエガキは人気あるのだが、それは「気安い」という点で好感度が高いだけなんだなこれが。
士官学校の時も「全員お友達」みたいな感じで、なんか男の群れに一人混ざってへいきだったしな。あとがさつ、雑に扱って問題ないてきな?本人気にしていないのか、そう言う素振りをしているのか未だにわからん。
「せっかくだから、飯でも食って帰るか」
「いいねぇ、焼き肉、焼き肉いこうよ、たっかい奴。ツユキの驕りで」
「ええぇぇ」
「こういう時は上官が奢るもんでしょう?」
俺もお前も准宙佐だよね。同じ艦長だよね。
「先任手当の分高給取りじゃん。それと、分遣隊長になるんだから昇進祝い的な?」
何で自腹でお祝いしなきゃならないんだろうな。謎だぜヤエガキ。まあ、男が金払うってのも見栄の範囲なんだが、軍人の給与なんてのは公務員なんだから、退役するまでガラス張りで面白くもなんともないよな。
そして、何故かオキナワ名物の黒豚の良いのを出す焼き肉屋に俺の奢りで行くことになる。何でブタなのにウシ並みに高いのか疑問。
「肉の値段って、育成期間と餌の量がそのまま反映されているみたいだよ。黒豚の成育がウシくらいってことなんじゃないかな」
鶏が一月、豚が半年、牛が二年だったか。黒豚はゆっくり成長する種類なんだな多分。
とりあえず、シークワーサーのサワーで乾杯するか。
「ツユキィー もうおなかいっぱいー」
俺の奢りだからって無茶しやがって…… ほんと、メチャクチャ食ってるなこいつ。いや、その気持ちはわかる。並の駆逐艦乗りならともかく、『晴嵐型』は食事がコンビニ飯だからな。レンチンしたレトルトばかりで飽きるんだよ。
煮物やシチュー、麺類が多いしな。焼き物は出ないし、酒も飲めないから焼き肉行きたくなるのも良く解る。唐揚げとか微妙だしな……レンチンは。
「これでまた明日から働けそうか?」
「明日もまだ休暇中でしょ? なに酔っぱらってるのさ」
酔っぱらっているのはお前だ。ほら、あんまりくっつくと……怪しからんものがけしからないだろう!!
「あー やっぱり気になる。気になっちゃうんだ―」
「ま、まあな。でも俺は、退役するまで女はいいかと思っている」
「それはそうだねー どうせ一緒に生活できないしー 死ぬかもしれないしねー」
そういえば、俺の死亡退職金の行き先ってどうなるんだろう。国庫収納か……今の状態だとナツキも一緒に戦死しそうだしな。まあ、深く考えないでおこう。
「死ぬ前にいっぱつやっとくかふたりでー」
「……」
「え、まじになっちゃった?」
「さ、さきっちょだけなら問題ない」
「なにそれ、どうせなら全部行っときなよ」
といいつつ、その後解散した。多分、ヤエザキは酔っぱらって覚えてないんじゃないかと思う。いや、酔った勢いでってのはよくないよ。
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『ヘタレ艦長ちーす』
「……なんなの、お兄ちゃんに会いたいのか妹よ」
『そんなわけないじゃん。もう雪嵐の中だけでおなかいっぱいだよ。それより、ユキさんと飲み行ってなにもなかったらしいね』
え、何で妹がそんなこと知ってるの?
「もしかしてストーカー?」
『そんなわけないし、暇でもないよ。ユキさん本人からお前の兄貴はヘタレだとご報告いただいただけだよ。なんで手出さないのかって』
えー そんなの駄目だよー、愛の無い関係なんてさー。うそです。性欲と愛情を混同してはいけません。
「俺、この戦争が終わったらあいつに結婚申し込むんだ」
『あいつって誰? レイさん、ユキさん、ミナさん? それと、戦争始まってないの、これから始まるんだからね。アラサーにもなってキモいよ』
うえええぇぇぇ、俺だってキモいんだよぉぉぉ。
「今は考えられないだけだ」
『そう言っとくね。ほんと、いろんな人から話しだけ聞くけど、兄としてはいいと思うけど、男としては最低だと思うよ』
いいんだ、俺はナツキの兄として良ければ他の評価なんて……いや、でも退役するまでに改善しておく! 妹ちゃんとの約束だ!!
『まあいいけど、さっさと誰かと付き合っちゃってね。めんどうだから』
「お、おう。善処する」
よくわからないけど、逆らわないで置いた方が無難だな。
『大変です』
毎日送られてくるナカイ司令の愚痴メール。完璧美女みたいな振りをしているがナカイは意外と……落ち込みやすく凹む女だ。ガラスのハートと言ってもいい。だがしかし、俺は女優かアイドルのマネージャーのように宥めすかして、ある時は負けじ魂に火が付くように挑発し、ある時は拝み倒してヤル気にさせてきた経緯がある。士官学校時代からずっとだな。
何となく感じていたのだが、俺の副長になって妹に言われたのは「レイさんってお兄ちゃんに依存してるよね」という話である。いやほら、あいつが頑張ると風よけになるというか、皆の関心があいつに集まって同期としてやりやすいわけ。ちょっと愚痴聞いて、ストレス発散のはけ口になって差し上げれば、優秀な上官として活躍するんだから。
まあほら、そういうのは同期だから許されるってのもあるじゃない?
なので、俺は返信しておく。
『ミカミから聞いた話だが、新設される機動艦隊の分遣隊指揮官にナカイが任ぜられるらしい。機動艦隊の司令官は別だが、戦隊司令・代将になると聞いた。頑張れ』
と、毎日グダグダ連絡してくるめんどくさい後輩(大事な情報源)から聞いた話をしておく。これは、ホンシュウ星系の統幕にいるヤエガキの友達からも聞いた話なので間違いないだろう。
俺がナカイのマネージャー的ポジションなことは同期では知られている事なので、ナカイに伝えたいことは直接本人ではなく俺のところに話が来る。大概ヤエガキ経由だけどな。
何故なら、士官学校時代に色々周りがやらかしてしまい、ナカイと直接連絡とれる同期が俺しかいないからって理由がある。色々教えてくれるのもその時の罪滅ぼしって意味があるらしい。
本人には全く伝わっていないけどな。そのうち、もっと偉くなったら同期会をひらいて、直接話をさせたいと思っている。あれだな、将官になったらお祝いするってことで会を開こう。それなら、同期を呼ぶ理由になる。
――― レイ・ナカイ准宙将ってそう先の話でもないだろうからな。




