020 機雷敷設艦(仮)に移乗する―――『掃海艦』(弐)
スメラギ宙尉の施された手術はブレイン・マシン・インターフェイス(電脳化)等と呼ばれている。これは、脳神経と機械の接続を可能とする技術。肉体の一部のように認識し、人体の代わりに操作できるようになる内容になる。
身体を失った場合の、部分的な義体を制御するための技術として開発されたのだが、サイボーグ技術へと取り込まれていくことになった経緯があり、ニッポン・USAでは軍用への転用を原則禁止している。
しかしながら、宙華、ルーシ連邦において特に規制はされておらず、人権を無視した人体改造が行われているという噂がある。
技術を追求した結果、大型艦船のAI副官の代わりに、電脳化された人間の脳だけを取り出し加工し、『生きた脳』として艦船を制御させる試みが非合法になされた事件も発生している。
その場合、人間としてのアイデンティティーを保てず自我が崩壊することになり、結果、戦闘艦の暴走などで事件が表面化。全面的に禁止される事になった。宙国はこの限りではないが、ルーシ連邦はUSA・ニッポン・ヒンドゥと共に国際条約を締結している。
一部では、この手の実験が条約対象外の『地球上』で秘密裏に行われている可能性も示唆されている。
俺が知っていた『電脳化』に関する事象はこんなところだ。
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ミカミとニカイドウはショックから立ち直ると、PFS経由でそれぞれの上官に報告を始めた。『矢矧』のナカイは勿論だが、情報部と技術工廠はそれぞれ上がある。
この先のことを考えると俺は憂鬱になる。
まず、脳だけになった『スメラギ宙尉』は長い長い尋問の旅が始まる。徹底的な本人確認、その前に、この大型艦に仕掛けられている可能性のある様々なトラップの検証と排除。うっかり、ニッポン宙域に持ち込んで怪しいウイルスでもブチ撒かれたら大変なことになる。軽巡だって、『イエジマ』の隔離された場所で分析・解体処理されたくらいだ。
しかし、これが宙華のやらかし案件であるとすれば、ニッポンは黙っている事はあり得ないであろうし、ニッポン人にたいする犯罪行為としてUSAを主とする友邦にこの内容を伝え、宙国に対する対決姿勢を明示する必要があるだろう。
宇宙船の消失事件は少なくない。その多くは宙難事故によるものと推測されてきたが、今後は『宙国による拉致』という可能性も考えなければならないだろう。
エンジン作れないから船かっぱらいに来ました、だけでなく、ニッポン人の船乗りの『脳』を使った無人攻撃艦の開発なんてされたら、たまったものではない。『夷を以て夷を制す』とか思ってんじゃねぇぞ蛮族が!!と想わずにいられない。
そもそも、地球上に各国があった時代から、彼の国は問題があった。少数民族の弾圧、その中で意にそぐわない人間を拉致監禁し、臓器を抜き取り医療用に利用するとか、その人間を標本にして見世物にして『人体の不思議展』とやらにさらすとか……まあ、価値観が違うとしか言えないな。
スメラギ宙尉が洗脳されたり、別の脳に本人から聞き取った情報を伝え本人に成りすましている可能性だってある。本人確認に時間を相当掛けることだって当然だ。
その後は、延々と何があったか何度も何度も事情聴取され、作り話でないかどうかの検証。そして、その後は、宙国の蛮行の生き証人として生かされ続けることになる。
体を失った彼女が、そうした果てしない人生を生き続けることが果たして良い事なのかどうか俺には判断できない。少なくとも俺は……そうなりたくはない。
『スメラギ宙尉』
『はい、なんでしょうか』
俺は宙軍将校としてではなく、個人として自分の想像するこれからのことを率直に話した。そして、今なら俺のミスで死なせることもできると伝える。
『……最後に、ニッポン人と話せてよかった……そう思う事もできます。ですが、私は、死んだと思う仲間たちのために、私たちがどのようなめにあったのかを同胞に伝えたいと思います』
彼女が正気を保っていられた理由は、その義務感が要因だと自身が感じているようだ。少なくとも百人のニッポン軍人が宙国において、スメラギと同じ目にあわされたと推測される。
軍人でなかったとしても、船の運航ができる者が同様の処置を受けた可能性は否定できない。
『それに、私のことを待っている家族・友人もいると思います。こんな姿になってしまいましたが、私は、父や母、弟に、もう一度会いたいのです』
散々時間はかかるだろうし、この姿で合わせるわけにはいかないので、適当なアンドロイドの人間に似た義体を与えて、肉親と会わせることを軍はするだろうと思われる。
その感動の再会シーンを全宇宙に伝え、宙国への非難声明を加えて拡散することになるに違いない。
恐らく、宙国との交流は完全停止であろうし、『タイペイ星系』を通してのUSAとの経済交流も凍結される。『イラン革命』レベルの話ではなく、完全に価値観を異にする敵対勢力にすぎない。送る塩などあるはずもないのだ。
『解った。俺もできるかぎりスメラギの希望を上に伝える。そうでなければ、スメラギは協力しないともな。なんなら、公正証書でも作らせて約束させることだってするぞ』
『……ニッポン人はたとえ口約束でも約束を反故にはしないでしょう。それで裏切られたらそれまでです。私も協力するつもりはありません』
こちらが信義にもとることをすれば、スメラギがどのような行動に出るかも想像できないわけがない。家族と再会させ、本人の希望に沿ったうえで、宙華批判の看板として義体を与え各地で講演、そのうち国会議員にでも担ぎ出す可能性がある。
話をしていると、スメラギは自分の置かれた状況に対して客観視できる精神を持ち、出来ることを行い、為すべき事を為す強い意志を持つ人間であると感じた。でなければ、この状態で正気を保っていられるとも思えない。
俺なら……40秒でおかしくなる自信がある。
『つまらんことを聞くが、脳は生身の体と同様、睡眠が必要なんだよな?』
AIなら休息は必要ない。生身の脳なら睡眠は必要なはずだ。
『体がない分短くて済みますし、夜に八時間という形ではなく、暇さえあればAIに船の運航を委ねて寝ていますよ』
なんと! 俺と変わらない惰眠ライフであるようだ。この辺りも、スメラギのタフさの表れなのかもしれない。
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外部との遣り取りを任せていたのだが、どうやら、『矢矧』のナカイ司令の元には、様々な段階からの問い合わせや指示が来ているようで、相当の混乱が発生しているようだ。
『戻りたくありません……』
戻ればエンドレスで書類作成、報告、問い合わせ対応が見えているミカミが泣き言を言い始める。かえりたくない、かえりたくないでござる……だそうだ。
『我は、一先ず徹底した船の調査をするつもりなので、詳しい船内図と艦船データをまとめて至急送れと命ぜられておる』
『スメラギ、用意できるか?』
スメラギは用意してくれるそうで、デブは「やれやれだぜ」とばかりにパワードスーツにもかかわらず腕で額を撫でる。うぜぇ。
『船はどうするか聞いているか』
『……ご自分でどうぞ。司令も御歓びになるんじゃないですかね』
別に喜ばねぇだろ。むしろ、サンドバックにされかねないわ。
PFSまで一旦戻り、『矢矧』のナカイ司令と話をする。モニター越しのナカイの顔は、先日あった時より一段と疲れた顔をしていた。うん、なんかわかった。
『想定外の事態に、中央政府から軍の上層部も判断しかねているみたいね』
『そうか。俺たちはここに留まっている方が良さそうだな』
曳航するにも、『雪嵐』と『涼月』では艦のサイズが違い過ぎるので難しい。少なくとも『冬月』を呼び寄せ比較的大型の防宙艦二隻で曳航するべきだろう。軽巡ならともかく、その三倍は大きい中型宙母サイズの曳航は『晴嵐型』では無理がある。
『ムホン、今、晴嵐に「推力偏向ノズル」を装着する実験を行って居るから、今後はその辺り、かなり有効になるであろう』
『推力偏向ノズル』というのは、航宙機に使われたり93式宙雷にも使われている技術だな。スラスターを用いずに推進器のノズルの方向を変えることで機動変更を可能にする機構だな。
『それは便利だな』
『然様!! これで長期の任務においても推進剤の不足に対する懸念も少なくできるというものである』
今の場合、姿勢制御用のスラスターを噴射して方向変換することになる。これは、推進器と別の消耗品なので、多用することで作戦時間が短くなってしまうという問題がある。戦闘機動なんてすればあっというまにガス欠となる。
『……その、スメラギ宙尉の精神状態はどのような感じかしら?』
『俺に心理学の心得は座学程度しかないが、少なくとも表面的には普通過ぎるくらい普通だ。だから、協力的になってもらうのは難しくない。けど、緊張の糸が切れる可能性もある。だから……』
俺は、スメラギとの会話を掻い摘んで説明し、短い時間で構わないので『家族』との音声のみでの通信が可能かどうかを上層部に打診してもらうようにナカイ司令に伝える事にした。
『そうね。彼女が本人であると確認できたのなら、一先ず家族との会話ができるように配慮してもらうよう本人の希望として伝えることにするわ』
何をどうするか簡単には決まらないだろう。
『矢矧』から追加の人員を送ってもらうことになったが、現状、俺以外の士官は全員尉官となりそうで、申し訳ないが曳航作業開始までこの場で指揮を執ってもらいたいと命ぜられちまった。
『スメラギ宙尉も、次々新しい人間が来る事を好まないでしょうし、宙尉以下から命令されるのも好ましく思えないと思うの』
それはそうだろう。一応、准宙佐で階級は上だしな。駆逐艦とはいえ艦長を務めているのだから、この艦の指揮を執るのには申し分ないかもしれない。
スメラギに、暫く俺がこの艦の指揮を執ると伝えるとどこかホッとした雰囲気になる。それはそうか、宙尉が艦長というのは舟艇サイズか新造駆逐艦で就役後に准宙佐への昇格含めての任命であったりするからな。彼女はそういう段階ではなかったのだろう。
とは言え、かなりセンパイのはずなんだが。
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『矢矧』から人員が到着し、曳航作業のための下準備が『涼月』のクルーとの間で始まる。先に涼月の準備をし、のちに到着する『冬月』の曳航準備が終われば、俺は『雪嵐』の艦長任務に復帰できるというわけだ。
とはいえ、ナカイ隊の仕事はおそらく、この機雷敷設母艦を安全にタイペイの衛星軌道にある軍用の施設まで曳航することに変わるのだろう。『雪嵐』『浜嵐』は曳航中の安全確保に役割が変わるはずだ。非力なんだが。
『そうえば、スメラギ。この艦の名前は何という』
『……艦名は「ピンハイ」です。平らな海と漢字では書きます』
ピンハイね。たしか、日中戦争で鹵獲された日本設計の中華民国の軍艦だったな。
その後、日本海軍に編入されて……名前を改めたはずだ。
俺は思い出せずに、デブに聞く。
『確か……八十島であるな』
たくさんの島……ね。機雷ばら撒くのに似合う名前じゃねぇかと思わず思ってしまう。




