019 機雷敷設艦(仮)に移乗する―――『掃海艦』(壱)
大きなカステラのような外観の元輸送船。大きさは『矢矧』の三倍程度だろうか。『雪嵐』と比較すれば十倍近くあるだろう。
『「雪嵐」、ナカイ司令から伝達があります。本艦からPFSに情報士官のミカミ宙尉を同乗させてそちらに向かわせます。ニカイドウ技術宙佐とともに、所属不明の大型艦の調査に同行させよ……とのことです』
「了解。到着時間は?」
『いまより三十分後を予定しています」
いつかどこかの軽巡洋艦でも行った仕事に似ているが、今回は『涼月』がすでに先行しているという事、中の状況がある程度事前に伝えられる可能性があるということ。
ついでに言えば、現場の責任者は俺じゃなくってナカイ司令ってところだな。失敗しても俺のせいではない。報連相重視で行こう。
『かわいい情報士官が迎えにきましたよー』
『あいわかった、しばし待たれよ!!』
はぁ、この二人と一緒に行くのって、やっぱ俺の仕事だよね。
「艦長、いってら」
『旗艦との情報リンクばっちりよ安心して逝ってきなさい!!』
いや、逝かねぇから!! 前回と異なり、多少は情報のサポートが受けられるらしい。既に内部に入っている『涼月』のクルーから母艦のデータが送られて来ているとのこと。
急ぎ、デブと二人PFSに乗り込み、俺とデブ、きゃるぴんとPFSの操縦士を務める矢矧のクルーで出発する。俺とデブはカーゴペースです。え、だってパワードスーツ着て狭い艦橋に入れないしな。
「またもや、謎の宙国艦ですよ!」
「おい、謎じゃねぇから。不審なだけだからな。それにしても、何人くらいで動かしているんだ?」
「どうやら、無人艦でAIが動かしているみたいです。詳しい事はわたしとデブで解析してみないと分かりませんけど」
「……我、宙佐……」
「あー 便宜上ですからねその階級。技術者じゃないですか?」
そんなことはない。ことはない。基本的に、医官や技官といった専門系の士官は指揮系統に含まれないからね。機関大佐とか、機関員の中では偉い人だけれど、戦闘に関しては新任少尉も指揮下に置かないからね。
とはいえ、敬意を払うのが筋なのだがイライラしているらしく、余計なことを言って噛みつかれるのも嫌なのでスルーする。一言言って百倍返しが見えているのでな。
既に、搭載機用のハッチは解放されており、『涼月』の搭載艇とは反対舷の開口部から侵入する。外部との通信に差しさわりの無い位置にPFSを停止させ、一先ず周囲の安全を確認。
「さて、おりて格納庫で通信端末と接続しないといけません」
以前の軽巡と異なり、推進器は停止しているが反応炉は動いているので、自動防衛装置などは生きているはずだ。その辺り含めて、ミカミとデブにこちらの管理下に置いてもらわないといけない。
『さっさと行きますよ』
『『お、おう……』』
情報部仕様の強化外骨格を身に纏った、自称マッチョ美少女のミカミが我先にとPFSの格納庫を出る。いい年して『美少女』はないだろ? お前、任官して何年たってるんだよ。永遠の17歳か。
素早く格納庫にある情報端末を使い、艦内の制御設備に接続する。
『んー ファイアウォールとかそういう撃退するプログラム……入ってませんね』
ウイルス感染しても初期化すればOKみたいな発想なんだろうか。とはいえ、発見された無人艦のその後の結末は知れているので、余計な手間はかけないということかもしれない。
デブときゃるぴんがゴソゴソする事数分後、俺は周囲を一通り安全確認がてら歩いていたのだが、ミカミに呼ばれて戻る。
『何か発見したのかは?』
『……この船の責任者から、この場の最高位の将校を呼び出せって、ニッポン語でです』
この船の原型はUSAの輸送船で、宙華で建造されたもののはず。何故、日本語で会話が必要なのか首をひねる。
『変わった。こちら、ニッポン宙軍オキナワ所属の駆逐艦『雪嵐』艦長のアツキ・ツユキ准宙佐だ。そちらの所属と官位姓名を述べられたし』
通り一遍の応答。相手の発言を待つ。
『わ、私は、ニッポン宙軍ツシマ所属、駆逐艦『有明』所属、航法士 キサキ・スメラギ宙尉であります……』
ニッポン宙軍の士官がなぜこの艦に乗っているんだ?
『この船は私一人による自動航行中です。既に、所定の任務を遂行したのち、廃棄されたものになります』
ふむ、つまり、スメラギ宙尉を残して全ての宙国兵は退艦し逃げてしまったということになるのだろうか。
『艦内のセキュリティーシステムを休止します。そちらにコントロールを委ねますので、私がいる艦橋迄お越し頂けませんでしょうか?』
『勿論構わない。でも、何故ニッポン宙軍の士官がこの船の艦橋にいるのか、説明してもらえないだろうか』
遺棄された船に取り残されたというのなら分かる。宙国人というのは、残酷なことを喜んでする傾向が歴史的にみて少なくない。戦車の前に飛び出し通せんぼした大学生を引き潰した映像が全世界に配信された歴史もある。ニッポン人も、開拓で当時渡った人たちが虐殺された『通州事件』という大量殺戮を行った経緯もあるし、日本軍との戦争に負けそうになったので、大河の堤防を決壊させ、万単位の死傷者を出した上で日本軍のせいにした事件もあったりする。
なんで追撃に不利になる水浸し状態を攻勢に出た日本軍がするんだよ。お前ら自分たちが逃げるため自国民犠牲にするの定番じゃねぇか。三国志で劉備が妻子を逃げる馬車から放り投げたの割と有名だろ?
スメラギ宙尉は「お会いする方が説明が早いと思います」と言い切り、艦橋迄の道順を説明してきた。
一先ず、PFS経由で『矢矧』に状況報告と、『涼月』の乗り込んだメンバーとの情報共有を行う。俺達三人は艦橋へ、『涼月』クルーは艦内の捜索を続行することになった。『有明』『スメラギ宙尉』の情報は大きな衝撃であったようで、機動艦隊司令部からも詳細説明を求める連絡があった。
『初春型の五番艦「有明」であるな』
『警戒隊の二隻の駆逐艦が消息不明になった時の一隻ですね』
その事件は、五年ほど前に発生したらしい。俺は覚えてなかったけどな。当時、要塞所属の警戒隊の艦船は二隻単位で警備活動を行っていたらしい。で、二隻は乗員百名とともに消息不明となり、その後、遺留品や残骸が何一つ見つからなかったのだという。
『要塞配備の駆逐艦に省人化が要求されたのはその前からだが、急速に整備が進むきっかけになった事件であるな』
晴嵐型自体は十年以上前から更新艦として建造されていた。実は、『吹雪型』の後に計画された『初春型』は、艦の大きさを縮小したエコな艦を目指したのだが、設計に無理があったようで六隻で建造中止となった経緯がある。
で、振り切って『晴嵐型』の拡充になったわけだ。
五十人失うリスクが十人で済むんだからエコと言えばエコだ。ちくしょう!!
『まあ、晴嵐の駆逐艦のりって、直ぐ艦長になれますけど、消耗品枠ですもんね』
ぐはっ、ミカミの呟きに俺は大いに傷ついた。防人だよ俺達はさ。
さっさと格納庫らしきスペースから離れ、俺達は艦橋へと一直線とはいかないが、案内のまま迷わず進んでいった。
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商船構造をベースとする艦船なので、あまり複雑なレイアウトではなかった。格納庫から艦橋までも特に回り道や迷い道をする事もなく、何フロアか昇降機で上昇し、教えられた艦橋のフロアで通路へと降り立つ。
『艦橋って、案内板出ていますね。何となく漢字だからわかります!』
『非常灯と案内板は足元に設置するべきであるな』
近代以降の外国語出自の言葉は、日本で日本語由来の漢字に翻訳され近代化のためにアジアで利用されたというものがある。日本語は**語に似ているとかいう隣国人がいたそうだが、ロジックが逆だ。日本人が意訳した西洋の言葉をそっくりそのまま漢字文化圏では導入したことが原因なんだよ。
英語圏でフランス語由来の言葉が多いというのもその辺りだな。
『ここか』
通路の突き当り、位置的に艦橋のあると思われる場所に『JIANQIAO』と書かれている。
『艦橋は艦橋って宙国語で書かないんですね』
俺もそう思った。
扉の前に立つと、認証も何も無いのにスッと開いた。ちょっとビビる。パワードスーツ着ているけど。
中を一通り見まわすが、人影らしいものは見られない。
『そこの端末から、スメラギ宙尉を呼び出してくれ。どこにいるのか分からないと』
『承知!!』
ニカイドウがガサゴソとパネルを開け、中に端子を突っ込んで作業を始める。警戒のために銃を構えたミカミは、そろりそろりと艦橋内を歩きながら確認していく。
『お待ちしておりました』
『うむ。いま宙尉はどちらにおられる』
ニカイドウの問いと同じタイミングでミカミが硬直する気配が伝わって来る。
『見つかりましたか』
一瞬どういう意味か解らなかったが、しゃがみこむ強化外骨格ミカミの元へ急ぐ。指をさす方向を確認すると、そこには透明の容器に入った白い皺だらけの何かが艦長席らしき場所に設置されている。
『ニカイドウ、説明してもらってくれ』
どうやら、スメラギ宙尉以下、有明の乗員全員が宙国軍と思われる大型船に拿捕され抑留されたのだという。
『手術室のような場所に連れていかれ、気が付いた時には自我があるまま、体は船体に収まっていました。今よりずっと小さな船です』
同じ境遇となった『航法士』の同僚が何人かいたが、全員とは会っていないという。
『私が最後の生き残り……と言っていいのか分かりませんが自我を残している存在です』
船を動かす為の『電脳』とされた存在は、上手く機能したとしても、いつまでも正気を保てるわけではなかったのだという。
『植物人間になった事はありませんから比べられませんが、自分の体の感覚がない状態というのは、狂いそうになります。実際、お前以外は全員壊れたと言われたことがあります』
どうやら、ベテランの男性は殆ど成功しなかったらしく、女性か若い男性が『電脳化』されたようだ。そして、ベテラン女性、若手男性、と壊れていき、唯一の若手航法士の女性であった『スメラギ宙尉』だけが任務を遂行できると判断され、この大型機雷敷設艦の『艦長』として配置されたのだという。
『独りぼっちなこともなれましたし、体を失った事にも慣れました』
久しぶりにニッポン人とニッポン語で話せるのがうれしいのだという。
『絶対ニッポンに還ってやるって思ってました。どんな姿形になろうとも』
それが、宙尉が狂気に陥らなかった理由なのだろうか。
『絶対、必ず、あいつらに痛い目にあってもらいます。百万倍返しで』
すでに、正常な狂気の状態なのかもしれない。そもそも、人間狂気に陥らなければ、戦争なんてやってられねぇからな。俺も宙尉とかわらないかもしれない。




