016 制海権を得るには―――『掃海艦』(弐)
宙賊艦隊は星系から離脱しました、しかしながら、浮遊機雷が多数散布された結果、制宙権? 制海権はとれませんでしたという状況に直面した第二機動艦隊兼タイペイ星系支援艦隊司令官は、お役所仕事らしく他の責任者に丸投げする事にした。
丸投げされたのは……俺達ナカイ隊だ!!! ふざけんな!!
まあほら、俺達『晴嵐』組は、艦隊決戦用の駆逐艦じゃないからね。別に機動艦隊とか……ぜっんぜん羨ましくないんだからね!! 勘違いしないでよねと思う。
「艦長……その顔芸キモいよ……」
うっかり心が顔面に駄々洩れしてしまったらしい。アチュキカンゲキ!!こんな時、目を持たないAI副官には文句を言われないからうれしい。
『はあぁ? あたしにだって、艦内の監視カメラの映像があるんだからあんたの変顔ぐらいまるっとお見通しよ! 武士の情けがわからないのね』
どうやら、俺のAI副官は武士だったらしい。
その昔、江戸時代において『武士』階級が占める割合はおよそ一割あったというしな。西欧諸国では武士に当たる騎士・貴族は1-3%程度であったので結構多い。え、そうだね、AIは武士じゃないね。だがしかし皆よく考えてもらいたい。武士は生まれではなく、生き方の問題なんじゃないのかな?
明治維新を成し遂げた武士階級の根絶を目指して日清日露の戦役は西欧列強により仕組まれたなどという話があるね。そこで、武士たちが死ねば日本は容易に下せると思ったんだね。
ところがどっこい、兵士になれば皆武士のように振舞うのが日本人。
つまり、生き方の問題なんだなこれが。
ニッポン人が『精兵』である理由は、その辺りにあると思うんだよね。
何でそんな自分がたりしているかって? 周りを見ればキュウって縮こまっちゃうだろこの状況!!
『どうやら、軍艦はないみたいね』
民間船、もしかすると宙域からHDで避難しようとしたものが被害にあったのだろうか。
「これって……」
「宙域法違反だろうが、宙賊には関係ないってことだよな」
その昔定められた『ハーグ陸戦協定』において、民間人保護は謳われており、その精神は『宙域法』という形でUCの時代においても定められている。しかしながら、宙国はこの条約を批准していない。最初から守る気がないのは多少潔いのだが。
『人権無視の悪党ってことね』
「ああ。そのうち、USAあたりが非難声明を提出するんだろうな。どこに出すかは知らんけど」
でも、なんでニッポン・USA宙域への接続HDゲートの周辺で機雷散布されてるんだという疑問がある。
これは、『タイペイ星系』の成り立ちに要因があるようだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
元々、宙国の各星系の開発に関して、ニッポンやUSA各星系は無関心であった。地球上に国家があった時代においては、『自由貿易』という考え方が尊重されていた。
平たく言えば、各国が得意な分野で産業を育成し共有していけば、Win-Winな関係が築けるんじゃないかって発想だな。例えば、先進国では既に利益のでない産業でも、途上国では十分利益が出たり、知識集約型の産業にシフトして、製造に必要な労働集約型の産業は人件費の安い途上国で行うみたいな国際的分業ってのが存在した。
実際、巨大な国際的ブランドを持つメーカーは、出身国での製造に拘らず、製造拠点を世界の各地域に建設し、最寄りの地域へとデリバリーする方が利益が出る。
研究開発は本国で、製造はそれぞれの地域でって感じだな。
ニッポンも敗戦国となった後、焼け野原から再度国を建て直し、三十年ほどで先進国・その前の言い方でいれば『列強』に返り咲いた。
反面、当時のUSA(アメリカ合衆国って名前の国らしい)は東アジアでの戦争に足を取られ、キャッチアップしてきた元敗戦国らに産業的な優位性を失いつつあった。
そこで、当時のニッポンに経済的戦争を仕掛け見事勝利し、経済を復活させた。ニッポンは、自国で生産し世界にデリバリーする方法を禁じられた。具体的には、為替政策と産業保護政策によって……だな。え、軍人に政治経済史の詳しい説明は要求すんなよ!!
まあ、それでニッポンは国内においてはまず、地方に生産拠点を移した。その後、更に、隣接するアジアの国に生産拠点を移した。当時、ニッポンと宙国人の人件費の差は二十分の一と言われていたらしい。そりゃ、移すわ。
ところが、宙国は世界の先進国の製造業を誘致したものの、独裁国家としての我儘を婉曲に通させた。例えば、宙国企業合弁企業でなければ進出を認めずその持ち分も51:49で中国に決定権が残る形でなければならない。
宙国企業ってのは、今の独裁体制のもとになった『共産党』って細胞組織の末端を必ず持たなければならないと法律で定められたいた。こっちの国では当たり前の、株主の意思より『国』ですらない支配政党の意思決定が優先される組織にしかならなかった。
その後、経済発展と『共産党』の我欲の為に人件費を含めた製造コストが爆増。全然生産するメリットが無くなった。当たり前だよな、人件費が毎年倍々になっていくなら、購買力以上に魅力の人件費が高騰する。それでも、市場規模がぁ!! とか言って粘った列強企業は、自分たちの財産である商品を勝手にコピーされ、ディスカウントして売られる事で全く儲からなくなってしまった。
それで、中国市場を製造設備ごと捨てたわけだ。
結局、十年二十年はその後継続して作り続けることができたようだが、新しい設備や製品を作り出せず……その後はピークアウトしていくことになったようだな。
確かに、ニッポンが協力する前において、宙国ッて国は何十年も前の供与された技術で『ソ連』ってUSAや日本と敵対していた国のクルマや家電を製造していたらしい。物持ちが良いってわけじゃないよ。
長々話したが、同じことをこのUC年代においても宙国は行ったわけだ。最初から警戒していたUSAとニッポンは、『香港』のような事例をおこさせない為に、あらかじめ『治外法権』となる領域を設定する事にした。
『香港』というのは、宙国の成立する以前に存在した、別の民族が王朝を務めた『シン』という名の国の時代、対外戦争に敗れ割譲された地域であった。USAに含まれる『ブリテン』の元となった『大英帝国』って国が九十九年租借するってことになった。
で、大英帝国の一部として、国王の代理人の総督を置き統治していたわけだ。言葉も法律も大英帝国に替えて、ニッポン同様発展した地域だった。特に、金融業だったかな。
で、租借期間が終了しても急速に『共産党』の統治に戻さない、大英帝国の統治方法を五十年は残しゆっくりと再統合するって話になっていた。当時は、経済的に成長することで『中国』も先進国のような政治形態になると思っていたんだが……甘かったね。
結局、経済成長が政治的・人的な先進国化をもたらさないという事がはっきり理解された。つまり、最初から『列強』の一角に食い込んだ日本がイレギュラーであり、経済発展と人間の思考はあまり関係がないという事が理解された。
で、今日は「経済発展させてある程度人道的見地から問題ない程度に宙域を発展させる」「しかし、こちらで水道の蛇口を閉められるようにしておかねばならない」という認識の下、『タイペイ星系』が開発された。USA主導でな。
なので、『タイペイ星系』は宙国の一部でありながら、宙華艦隊を含め各国の戦力を一定の数以上配置することは許されないとされていた。
星系の治安維持のためのコルベットか偵察哨戒艇:PFS程度を宙国・USA・ニッポンが4:4:2の比率で配備することになっていたのだ。
結局、宙国の艦船が事前に宙域内の情報収集を行っており、今回の艦隊派遣による宙域の制圧を試みるようになったわけだが、結果、『タイペイ星系』を通じたUSA・ニッポンと宙国との経済的交流は終了することになるだろう。
加えて、製造設備や技術者、その他USAとニッポンの関係者は全て帰国することになる。
宙域国家においては、宙域国家内において『自由貿易体制』が成立している。元々、ニッポンという国は全てのものを自国で生産しなければ気が済まない国であったというのもある。
たった四つの星系とはいえ、元は一つの地球という名の惑星のほんの一部の島にあった国だ。十分な人口規模、いまは十二億だったかな、それが存在するし、資源も四星系内で十分確保できる。
あくまで『宙国』が自活できるレベルの産業発展ができるよう技術的支援をしていただけであり、積極的に関わりたいわけではなかったのだ。
「こっちのHDゲートを掃海したら、今度は、向こうのHDゲートを機雷封鎖することになるんだろうな」
「当然である! そちらはUSAが担当するのだが……」
どうやら、『機雷敷設モジュール』も存在するらしい。おい! また俺達が実験材料かよ!! 今回も同行するニカイドウが横で相槌を打つ。
「安心するが良い。別の『晴嵐型』が行う予定である」
「だがしかし」
「うむ、だがしかし、『雪嵐』『浜嵐』用のモジュールも支援艦にて持ち込ませる事になっておる」
余計な相槌を入れたのは副長様でした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
第二機動艦隊司令部にナカイ司令が向かい、掃海についての指示を受けたのは到着して即であった。
「最優先はHDゲート周辺の安全確保。その為に、『雪嵐』と『涼月』、『浜嵐』と『冬月』の二組に分かれ、指定された宙域の浮遊機雷の『掃討』を実施します。主に、『雪嵐』『浜嵐』の掃海モジュールで機雷の位置を把握、近距離は駆逐艦の主砲で、遠距離は防護艦の主砲で破壊することになります」
なるほど、探すのは『晴嵐型』のモジュールで、砲撃は防護艦の主砲も利用するってことだな。
「この後、即時指定の宙域にむかってもらいます」
「『矢矧』の位置は?」
旗艦は何もしないってわけではないらしい。
「宙賊の残党が潜んでいる可能性もあるそうです。『矢矧』は両掃海隊の周辺宙域を広範に索敵し、不審な艦船を見つけた場合、注意を喚起すると共に、当該宙域に向け掃討戦を行う事になります」
司令部曰く、今回の掃海掃討において、専業の掃海船を使わない理由を改めて説明されたようなもんだな。残党の襲撃前提で、破壊された宇宙船の残骸や、浮遊機雷の多数存在する宙域に出せるのは、自衛用の武装をした上で掃海業務ができる俺達だけって事だ。
『矢矧』の索敵範囲は『大淀』『筑摩』あたりよりは狭いが、掃海部隊二つ程度の周辺宙域なら十分だと言える。
「今回は、無人索敵艇も哨戒任務に出します。浮遊機雷や破壊された船舶の情報収集も兼ねるので、多少掃海掃討任務も楽になるでしょう」
横で情報部のきゃるぴんが苦い顔をしている。
情報部のお仕事って、いわゆる公開情報を分析して幾つかを組み合わせて推定するみたいなインテリジェンスなお仕事で、主にデスクワークだよね?危険はないけどストレス満載的な。
「アンチエイジング・ポイントがぁ……」
そうか、危険手当=アンチエイジング・ポイントの積み立てになるわけね。いや、ここ紛争宙域だから、実戦じゃないけど駐留しているだけでポイント溜まってくんじゃないのかよ。知らんけど。




