高尾山
「は、はい」
礼司はトランクを開けると後ろのドアに回った。
「栗原さん奥に移動してください」
「はい」
「私、前に座るわ」
由美は前を指刺した。
「はい」
礼司は前のドアを開けた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、左足が不自由なので」
「そうですか」
タクシー運転手の礼司は慣れた手つきで由美を助手席に座らせ
車いすをたたみトランクにしまった。
「お上手ですね。乗せ方」
「職業柄です」
タクシーは障害者手帳を持った人は運賃の1割を
引くので障害者の使用頻度は高い、
礼司も慣れていた。
「魔美は今日は後ろだ!」
「はい」
魔美は幅180cm室内長190cmのタクシーに
長さ221cmの弓を斜めに乗せた。
「ちょっとじゃまだけど・・・」
「大丈夫だ運転できる」
亮は運転席に乗って由美の顔を見た。
「由美さん・・・どうすればいいですか?」
「眼鬼は雲のような鬼なので攻撃しても手ごたえが無く、ガス(煙鬼)のように
熱して爆発させることもできない」
由美は空に浮かぶ赤い雲を見上げた。
「難しいですね」
「魔美、鬼のノブください」
「礼司さん、相手はかなり強いわ今までのようにいかないわよ」
「あいつはどんな力持っているんですか?」
「空から眼光を当てて動きを止めてそれを食うのよ」
「メドゥーサのように石にして?」
「うふふ、どちらかと言うと肉の塊」
「わあ・・・」
栗原が声を出して頭を抱えると由美が振り返った。
「あなたが娘を襲った男?」
「いいえ、襲おうとしたのは柿本と梨田です」
「まあ。巫女を襲うなんて彼らにはいつか天罰が下るわ」
「本当か?」
礼司が驚いて由美の顔を見た。
「ええ、そうよ。そうか・・・あなたは向こうの礼司さんだったわね」
由美は礼司の記憶が曖昧なのに気付いた。
「ママ、そろそろ10時よ」
魔美が後ろから声をかけた。
「礼司さん出来るだけ高いところへ行きましょう」
「富士山か?」
「うふふ、面白い人」
由美は自分の知っているまじめな礼司と違っていて
冗談を言う礼司は可笑しくて笑った。
「取り合えず中央高速に向かいます」
礼司はアクセルを踏みホイルスピンを鳴らして走り出した。
礼司は環七を走り永福町から中央高速に乗った。
「由美さん、向こうでは一度行った事がある
場所は走らなくても行けるんだが
ここは未経験だから走るしかない」
「本当?そんな能力も備わったのね」
由美は礼司の進化に驚いていた。
11時までまだ時間があり鬼のノブの効果が無く
礼司は車の間をすり抜けながら
走って行った。
「運転の癖が同じね」
「ん?」
「左に行くとき一度右に膨らむの同じ癖」
由美は嬉しそうだった。
「そう言えば礼司さん、前職は?」
「テレビ局のディレクターです」
「まあ、素敵!ご結婚は?」
「一応結婚しましたが、すぐに離婚しました」
「お相手は?」
「普通のOLです」
礼司はこれ以上聞かれるのが嫌だった。
「ママ、夜野さんお金を借りた女性に借金の返済を迫られて
返せないので仕方なしに結婚したんだって!」
「馬鹿!それを言うな!」
「まあ、本当にチャラいのね」
タクシーは中央高速に乗り八王子に向かって走り出した
「じゃあ、向こうの世界には魔美は居ないのね」
「ああ、子供は作らなかった。その前に離婚したそれに・・・」
由美が向こうで死んでいるとは言いにくく
パラレルワールドの世界は微妙にずれが生じていた。
「でも向こうの私とは会った事があるんでしょう」
「ええ、まあ」
三つの世界の中で礼司は三人存在し今は一人、由美は三人のうち一人が亡くなって
二人が存在し魔美はたった一人バランスのずれは全く別な世界を創造していた。
「ちょっといいスカ?」
「何?」
栗原が魔美に聞いた。
「つまり、俺はそのパラレルワールドに3人いるんですか?」
「たぶん、君のような凡人は3人いるんじゃないか。
でも向こうの世界でもう一人に君に会わなくてよかったよ」
「な、なぜですか?」
「たぶん、君の細胞が分解して塵となって消えていた」
「マジですか?」
「一瞬だから痛くないはずだ」
「一瞬って!」
礼司は栗原をからかって楽しんでいた。
「さすが礼司さん、良く知っているわね。さすが学者さん」
「本当なんですか?」
礼司は冗談は本当と言われて驚いていた。
「はい、所詮接してはいけないパラレルワールドの世界。
同じ質量を持った物質が接触したら溶合するか反発しあうの、
栗原さんが向こうの世界でもう一人の栗原さんの反発によって
消されてしまうのよ」
礼司と由美は懐かしさで初対面と思えないほど、話が進んでいた。
「八王子から高尾山まで圏央道でいけるので時間はかかりませんよ」
「はい」
由美の顔は次第に険しくなった。