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棘姫と風の魔法使い

作者: 藍澤榊

 昔々、ある王国の宮殿に、一人の姫が生まれました。黒い髪に青い瞳を持った、美しい王妃によく似た姫です。

 姫の生誕祝いは、華々しく行われました。多くの人が駆けつけました。国中から、十二人の魔法使いも、集められました。しかし、一人だけ、呼ばれなかった魔法使いがいました。

 呼ばれなかった十三人目の魔法使いは、風の魔法使いと呼ばれる、強い力を持った魔法使いでした。自分に自信を持っていた魔法使いは、酷く悔しがりました。

 そして、十一人目の魔法使いが祝福を与えた後、姫が十六歳の時、糸車の毒針に刺されて死ぬ、という呪いを掛けたのです。その呪いは、とても強く、最後の魔法使いの祝福では、どうにもならない程のものでした。

 国中の誰もが、美しい姫の儚い命を哀れみました。しかし、国王夫妻は、この姫を大切に育て、守ることを決心します。王は国中の糸車を燃やしました。

 娘を愛する国王夫妻に守られて、姫はすくすくと育ち、聡明で、淑やかな、美しい姫になりました。そして、いよいよ十六歳の誕生日を近づく、という時になって、姫は万が一のため、高い塔の中で生活するようになりました。




 誕生日の夕方、宮殿の北端にある高い塔の一室に、姫はいました。持ち込んだ本を読みつつ、侍女の持って来たお茶を飲みます。侍女たちは、心配そうに姫を見ますが、姫は目の前の本に熱中しているようで、気にも止めません。

 夜になるまで、本のある部屋から、姫はほとんど出ませんでした。ほとんど一日中、本を読んでいたのです。そんな感じで、姫の一日は終わりかけていました。

 夜、姫は動き始めました。侍女が寝ていることは、既に知っています。寝床から、ふらりと抜け出すようにして、部屋から出て行きます。

 本を読むことが大好きな姫は、目が悪くならないように、夜は読みません。そのため、昼間にじっと本を読み続け、夜は健康な体を作るために、運動をするのです。

 今晩は塔を三周しようか、などと姫は考えているのでしょうか。静かに階段を降ります。そして、踊り場のところで、姫はあるものを見つけてしまいます。

「へぇー、これが糸車ですか……」

 物心つかないうちに、国中の糸車を燃やされてしまった姫は、本物の糸車を見たことがありませんでした。本の記述でしか見たことの無かった糸車を、興味深げに見回します。

「それにしても、糸車に刺されて死ぬ呪いって、宣言されたら、流石に気付きますよね。大体、昼間無かった物がいきなり現れるなんて、胡散臭いことこの上ないですね。風の魔法使いさんって、馬鹿なのでしょうかね」

 姫は、糸車を前にして、独り言を呟いていました。今のところ、呪いは、全くと言って良いほど効いていません。

「何故、呪いが効かない?」

 突然、階段に声を響きました。姫は声のした方へ顔を向けます。

「あなたの掛け方が悪かったのでしょう」

 黒いローブを纏った、突然現れた見知らぬ若い男に、姫はさらりと言います。

「そんなはずは……」

 男は、姫の近くまで来てから、糸車の前に座り込みます。その姿は、あまりにも情けなく、折角の長身も台無しでした。

 そんな時、ふわりと光が動きました。

「頭の弱い、幼稚な魔法使いさん、そろそろ、ご臨終ですね」

 姫の声は、淡々としていました。男、魔法使いは慌てて姫を見上げます。そして、漸く自分の危機に気付くのです。

「ちょっと……何ですか、それは……」

「ランタンですが、何か?」

 姫は、ランタンを高く掲げ、今にも魔法使いの後頭部に振り下ろそうとしているようなところでした。

「……姫が、こんなのなんて、聞いていません」

 魔法使いは、慌ててランタンの勢力範囲から外れますが、容赦なく姫のヒールが魔法使いの顔を襲います。

「哀れみの目を向けられ続けた女が、純粋で無邪気なお姫様に育つはずないでしょう。大変だったのですよ。母上にも、父上にも、純粋でお淑やかなお姫様を演じるのは」

「分かりました。分かりましたので、どうかその足をどけて頂けないでしょうか」

 不敵な笑みを浮かべている姫は、ヒールで魔法使いの顔を地面に押し付けていました。魔法使いは懇願します。

「まぁ、私は優しいですからね」

「最後、ぐりぐりと踏みましたね?」

「気のせいでしょう」

 姫は、フン、と鼻で笑い、魔法使いの顔からヒールを放しました。魔法使いの頬には、ヒールの痕がくっきりとついています。魔法使いは、立ち上がり、埃だらけのローブをそのままに、姫に尋ねます。

「……何故、こんなに腹黒いんだ」

 姫は、わざとらしく溜息を吐きました。

「あなたのせいでしょう。私の性格をここまで歪めた責任、取って下さいよ」

「どうやって?」

「そんなに厳しいことは言いませんので、ご安心下さい。ただ、その場を動かず立っていて頂けたら……」

 そう言ってから、姫はランタンを高く持ち上げました。

「無理だろ。殺す気ですか」

「煩いですね」

 姫の不敵な笑みが、さらに歪んだ時には、魔法使いの意識はありませんでした。

 ただ、ランタンが強く何かに当たる音が、静かな塔に響き渡りました。




 魔法使いが目を開けると、姫の顔が視界に入りました。

「殺すはずないでしょう。私は、自分の手を、汚す気は無いので」

「……」

 まだ夜です。そこは、姫の予備の部屋なのでしょうか。姫以外誰もいません。

「どうかなさいましたか? 馬鹿な頭を一生懸命動かしても、できることは限られていますよ」

 姫はさらりさらりと言います。全くと言って良いほど、罪悪感は無いようです。魔法使いは大きく咳払いをします。

「俺の魔法は、水の魔法使いの祝福ですら、どうにもならないぐらい強力な物。何故、呪いを破ることができた」

「私は、槍形吸虫に寄生された蟻ではありませんよ」

 姫は即答しました。口元には、相変わらずの不敵な笑みが浮かんでいます。

「意味が分からない」

 魔法使いが言うと、姫はわざとらしく頷きました。

「つまり、あなたとの知能の差ですね」

「ああ、腹黒さの差と言うことか」

 男は、納得したように何度も頷きます。すると、姫はおもむろに、太い百科事典を持ち上げ、薄らと笑みを浮かべました。

「別に、私は自分の手を汚さないことにそこまで拘りはしませんよ」

「すみません、すみません」

 姫は大きな溜息を吐いて、百科事典を下ろします。ああ、残念だ。そんな表情でした。

「ところで、この鎖、どういうことですか? 魔法でも外れないんですけど」

 魔法使いは、そう言って、自分を縛り付ける鎖を、がちゃがちゃと揺らします。姫は笑います。

「多分、あなたが捕まっていようと、一年間は、この塔に閉じ込められると思うので、一年間、遊ばせて頂こうかと」

 魔法使いは、黙り込んでしまいます。これから一年間のことを想像しているのでしょうか。あまりの衝撃を受容できていないのか、複雑な表情をしていました。

 しかし、魔法使いはすぐに気を取り直したようでした。

「魔法の効かない鎖の方は?」

 魔法使いは尋ねました。姫は、気品溢れる笑みを浮かべました。

「人間、気合と根性があれば、大抵のことはできます」

「絶対、あんたの腹黒さと性格の歪みから湧き出る、特殊能力だ」

 百科事典が、柔らかい何かにのめり込むまで、それ程長い時間は掛かりませんでした。





 世界一と謳われる魔女がいました。黒い髪に青い瞳を持った、美しく聡明な魔女でした。その魔女の隣にはいつも、一人の強い魔法使いがいました。

 とある王国の王宮の北にある、小さな塔で、二人は暮らしていました。

「死にたいのなら、いつでもどうぞ」

「すみませんすみません」

 王国が滅びても、他国が王宮を占領しても、国が復興しても、その塔だけは変わらぬ姿をしていました。


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