第9話 公爵令嬢エリーザの涙
馬車で侯爵家の館に戻り、2人で今後の対策について話し合うことにした。
わたしは舞踏会のドレス姿のまま、自室のテーブルで頭を抱える。
「わたしの【察し能力】がうまく発動しないなんて、初めてだわ……」
「私の【気配消し】も効かないようでした」
「もしかして、能力者を妨害できる能力持ちなの!?」
「そう考えるのが妥当ですね。それに、まだ彼が敵か味方かも分かりません。気付かれないように詳細を調べましょう」
クリフの意見にうなずく。判断するには情報が少なすぎるのだ。
「それにしても、あの時はすごく怖かったわ……」
アーネスト王子との会話を思い出し、わたしはそう呟く。
あんな真顔で面白いを連呼されても恐怖でしかない。
会うたびに言われたら嫌すぎる。できればもうお会いしたくないわ。
すると椅子に座るわたしの隣でクリフが片膝をつき、わたしの手をとった。
「私が不甲斐ないばかりにお嬢様をお守り出来ず、誠に申し訳ありません」
「えっ? 違うのよクリフ。怖いのは貴方のせいではなくて」
クリフに手を握られた状態で、わたしは慌てて弁明を続ける。
「えっと……あの時すぐに助けに来てくれて嬉しかったわ。ありがとう。とっても心強いし、まるでクリフはわたしの王子様みたいね――って実は王子様なんだから当たり前じゃないの何言ってるのわたし気にしないでっ!!」
恥ずかしい事を言ってしまい、わたしは自分で自分にツッコミを入れた。
いやこれ絶対変なやつだと思われてるわよねなんか顔も熱いし!
動揺しまくるわたしをよそに、執事姿の少年はふわりと微笑を浮かべた。
クリフは、わたしの手の甲にそっと口づけを落とす。
「いつかはあなたの王子になれるよう、努力を重ねていくつもりです。どうかその日まで待っていて下さい――ケイトリンデ様」
手袋越しとはいえ、異性にそんな事をされた事がないわたしはぴしりと固まるしかなかった。
なんだかすごい事も言われた気がするが、全く頭に入ってこない。
「…………そう。ガンバッテネ」
「それでは失礼致します。お休みなさいませ」
彼が扉を閉めて立ち去った後、ようやく脳内が稼働し始める。
わたしは深呼吸し、とりあえず心の中で叫んだ。
だからどうしてそんな行動が自然に出来るの!クリフの王子っぷりが怖い!!
帝国の風習なのかもしれないけれど、ここヴァレン王国では物語中にしか出てこないぐらいの古い作法なのよ。く、口づけなんかも人前でしたりしないし。
もしかしたらあんなやり取りが日常会話のレベルで交わされているの?
帝国、おそるべし!
そんなことを考えながら、わたしは今日も眠れない夜を過ごすのだった。
◇ ◇ ◇
アーネスト王子――新たな能力者との遭遇から3日目の朝。
わたしの屋敷に公爵家からの使者がやって来た。
公爵令嬢のエリーザ様がどうしてもわたしに会って話がしたいのだという。
彼女はアーネスト殿下の婚約者だ。先日の事と何か関係があるのかしら?
訝しく思いつつも誘いに承諾し、わたしは午後から公爵家を訪れた。
豪奢な屋敷の応接室に通されて待っていると、金髪の少女が現れる。
「突然お呼び出ししてごめんなさい、ケイトリンデ様」
「いいえ。エリーザ様もご機嫌麗しく。お会いできて嬉しいですわ」
彼女とは知り合いだが友達ではない微妙な間柄で、会うのも久しぶりだ。
そういえば先日の舞踏会でも姿を見かけなかったわね、と今さら気付く。
「あの……。貴女を『別れの女神』と見込んで、相談したい事があるのです」
「はい?」
エリーザ様から切り出されたお話に、わたしは耳を疑った。
不名誉な呼び名が、さらに格上げされている。
『別れを呼ぶ令嬢』だけでも傷付いてるのに、ひどすぎない!?
衝撃を受けるわたしをよそに、彼女は後ろに立つクリフをちらりと見やる。
「私事なので、出来れば人払いを……」
どうやら、他人に聞かせたくない話らしい。
わたしの方を心配そうに見ているクリフに、大丈夫よ、と目で合図する。
執事の少年は、静かに一礼してから部屋を退出していった。
事前に察し能力でエリーザ様を調べてみたが、悲恋や失恋の語句が並ぶばかりで害はなさそうだと判断したのだ。
「実は、アーネスト殿下のことなのですが――」
そうして、公爵令嬢エリーザが語ったことによると。
1か月前から、殿下の様子がおかしくなった。
元は無口で堅い性格だったのに、急に周りの女性に積極的に話し掛けるようになったそうだ。ただし表情に笑顔はなく、常に真面目な顔であるらしい。
「面白い女だ、と男爵家のご令嬢にお声かけしているのを偶然見てしまって」
「そ、そうなのですか…」
実はわたしも言われました!……って言うわけにもいかないわね。
ここはさすがに空気読まないと。わたしだって日々成長しているのよ。
でも他にも「面白い」の被害者がいただなんて驚きだわ。
公爵令嬢エリーザは思いつめた表情でうつむき、ぽろぽろと涙をこぼした。
「わたくし、嫌われているのです。殿下のためにも、潔く身を引いた方が良いのかもしれません」
「そんな事はありませんわ。エリーザ様がお気に病む必要はございません。あれは口癖というか……殿下はエリーザ様の気を引きたいだけなのでは?」
慰めようとしたら、彼女は急に顔を上げて刺すような視線を向けてくる。
「先日の舞踏会で、アーネスト殿下が貴女と会っていたと友人から聞きました」
「!」
あっさりバレていた。わたしは内心でぎくりとする。
「貴女たち2人が、申し合わせたようにパーティを中座したのを見たそうです。その後どんなお話をされたのかまでは分かりませんが」
こ、これは、あらぬ誤解を受けているのでは。
王子と舞踏会を抜け出して密会……!
面白い女だと言われて浮気……!
婚約者のエリーザ様をおとしめた罪で、わたしが断罪される流れとか?
あせりまくるわたしに、エリーザ様は涙をふいて毅然と告げた。
「どんなことを話されたのか、わたくしには分かります。殿下は婚約破棄をするため、別れの女神たるケイトリンデ様のパーティ参加を申し込んだのでしょう?」
え? そっちなの。
密会や浮気の誤解かと思ったら、まさかの別方向だった!
助かったけれど、不名誉な誤解は全力で撤回させてもらいたい。
「いいえ、違いますわ。当家のパーティは婚約破棄会場ではないですし、アーネスト殿下は参加も婚約破棄する予定もございません。どうかご安心くださいませ」
わたしは公爵令嬢を説得し、どうにかその場を収めたのだった。




