第8話 第1王子アーネスト・ヴァレン
わたしは【察し能力】のことをクリフにしか話していない。
最初に打ち明けたのが彼で良かったけど、特殊能力が目覚めた場合、危険人物として排除されたり、捕まって悪事に利用されたりする恐れがあるそうだ。
「能力者って他にもたくさんいるのかしら。前みたいに、悪人に捕まっている子がいないといいのだけれど……」
「私のいた裏組織は壊滅できましたが、全体的な把握は難しいですね」
2年前、クリフの妹を救出した際に他のさらわれた子供たちも一緒に解放した。
特殊能力は、成人になると効果が薄れて消滅するらしい。
ゆえに組織幹部の大人たちを捕縛し、役人に突き出すのは容易だった。
司令塔のわたしと実行役のクリフの連携技である。
「この国にも、わたし達以外にいたりしそう?」
「可能性はあります。くれぐれも身辺にはご注意下さい」
「ええ。わかったわ……」
味方であればいいが敵に回すのは怖い。何だか不安になってきた。
黙り込んだわたしを気遣ってか、執事姿の少年が優しく声を掛けてくれた。
「あなたの事は、この身に代えましても私がお守り致します。どうかご安心を」
「……ありがとう。頼りにしているわね、クリフ」
いつもどおりの彼の真摯な態度に、心が安らぐのを感じてほっとする。
何だか顔の辺りが熱くなりつつ、わたしは内心でツッコミを入れた。
どうしてそんな台詞が自然に出るの!それが王子の証だとでもいうの!?
クリフの正体は、遠く離れたローレンガルド帝国の帝位継承者である。
いつか来る別れが辛いので意識しないようにしているが、やっぱりクリフは素敵だなあとわたしは思わざるを得なかった。
◇ ◇ ◇
ある日のこと。わたしのところに1通の招待状が届いた。
「これは……王家のパーティのお誘い?」
13歳の頃に第2王子に婚約破棄されて以来、王家とは疎遠になっている。
王城に近付くことさえ可能な限り控えているぐらいだ。
それが、どうして今頃になって。
差出人の国王陛下や王妃について察し能力で調べてみても、不審な点はない。
わたしはクリフに相談し、渋々と結論を出した。
「お断りしたいところだけれど、参加するしかなさそうね」
「私も従者として同行させて頂きます」
「助かるわ。よろしくお願いしますね、クリフ」
1週間後。王家主催の舞踏会に出席したわたしは激しく後悔した。
久し振りに来てみたはいいけれど……何だろう、この微妙な空気。
じろじろ見られている気がして、慌てて自身の姿を確認する。
紅いドレスが派手すぎたり、白いレースの手袋が汚れていたり、髪型や化粧がおかしかったりするのかしら。
他の招待客に話しかけてみると一応返事はもらえるが、誰も話しにこない。
なぜか遠巻きにされている。
彼らはこちらを見ながら、小声で会話をしていた。
「あれが、ワイルダール家の……?」
「彼女の開くパーティでは必ず婚約破棄騒ぎが起こるそうですわ」
「別れを呼ぶ令嬢、か…」
聞こえてきた陰口に、居たたまれない気持ちになる。
なによその不吉な呼び名は! もっとましな物を呼ぶ令嬢になりたいわ。
社交やダンスも適当に切り上げ、わたしは会場から抜け出すことにした。
ダンスホールの扉を静かに開けて、王宮の広い廊下に出る。
なんだかものすごく、クリフに会いたい気分ね……
会って話せば、この心細くて悲しい気分がきっと落ち着くわ。
クリフは能力を使って気配を消し、周囲を見張ってくれているはずよ。
きょろきょろと彼を探していると、パーティ会場の扉が音を立てて開く。
わたしの他にも途中で抜ける人がいるのね――と呑気に思っていたところ。
扉の向こうから現れた一人の長身の少年が、声を掛けてきた。
「お前が噂のケイトリンデ嬢か。面白い女だと聞いている」
「はあ?」
うっかり間の抜けた返事をしつつも、見覚えのある顔にハッとする。
この黒髪の少年は第1王子アーネスト・ヴァレンだ。慌てて一礼する。
「これはアーネスト殿下。本日はお招きいただきまして、恐悦至極に……」
「挨拶はいい。最近、侯爵家では面白い事が起きているそうだな。その理由を聞かせてもらおうか、面白い令嬢よ」
何回面白い連呼してるのよ!というツッコミを飲み込み、返答を考える。
どうにかうまくごまかして、この場をやり過ごさなくては。
「恐れながらお尋ねします。面白い事と言うのは、どういった事でしょうか?」
「とぼけるな。別れを呼ぶ令嬢、という面白い呼び名は異常だろう。一体、どんな力を使った?」
真顔でにこりともせず迫る王子に恐怖を覚え、わたしは顔を引きつらせた。
足がすくんで声が出せなくなって、心の中で必死に叫ぶ。
早く助けて、クリフ――――!!
次の瞬間、廊下の向こうから薄茶色の髪の少年が駆け寄ってくるのが見えた。
「ケイトリンデ様、ご無事ですかっ!」
「クリフ!」
執事姿の少年は、わたしをかばって王子の前に立ちはだかる。
その背中を頼もしく思いながら、急いで【察し能力】を発動させた。
アーネスト殿下はわたしを疑っている。
まさか――――
◆題名:第一王子アーネスト・ヴァレン
◆粗筋:特記事項なし
◆部類:ノンジャンル
◆重要語句:特殊能力持ち 自己防衛 「面白い」が口癖
――彼は、まさかの能力保持者であった。
そしてあまりの情報量の少なさに驚くしかない。
面白いが口癖ってどういうことなの。意味がわからないわ。
「遅くなってすみません。お嬢様」
「わたしは大丈夫よ。それよりも殿下の能力が…」
「ほう。まだ仲間がいたのか」
緊迫した空気の中、アーネスト王子は低い声でこちらに告げてきた。
「忠告しておこう。【能力者】はお前たちだけではない」
「……っ!」
放たれた言葉に衝撃を受ける。やはり、こちらのことがばれている。
「お前たちが何をするつもりかは知らないが、この国に仇なすような事があれば俺は容赦はしない。覚えておけ!」
「は、はい……」
強い口調で釘を刺され、思わず頭を垂れてうなずいてしまった。
王子が立ち去った後も、わたし達はその場をしばらく動けなかった。




