第7話 お兄様の花嫁探し
『他人の気持ちを察してあげられる、素敵な大人になってね。ケイトリンデ』
わたしは、母の言葉をいつも胸に刻んで行動している。
そうよね。いつまでも空気の読めない子供ではいられないわ――。
「ケイトリンデ様、取引先の資料をお持ちしました。……そのお手紙は?」
執事のクリフが、机の前で立ち尽くしているわたしにそう尋ねてくる。
「さっきお父様から預かったの。読み始めたら、なかなか終わらなくて」
便箋にぎっしり書かれた文章をわたしは延々と読んでいた。長すぎるわ。
「ああ、いつもの奥様の愚痴――コホン、相談事ですか」
咳払いして言い直すクリフに、わたしは詳しく説明する。
「今回は、寄付金詐欺、寸借詐欺、わしわし詐欺、お菓子訪問販売詐欺だそうよ」
「凄いですね。かなり減ったのではありませんか?」
「それもそうね! お父様も頑張っているのね……」
一家離散の危機に陥ったぐらいに、お父様の詐欺被害率はすごかった。
わたしの察し能力で何とかなったからよかったけど。
現在お母様は、王都から離れた侯爵家の領地で暮らしている。
お父様の監視役……もとい領地経営の立て直しを図るためだ。
母はたまに帰ってきて、わたしに優しく声をかけてくれる。
『思いやりの心で、他人の気持ちを察してあげられる素敵な大人になってね。ケイトリンデ。けっしてお父様を見習っては駄目よ』
つまりは、駄目な大人にならないでね、ということらしい。
今のわたしは、少しは空気の読める淑女になれているのかしら?
頑張っているつもりだけど、自分ではよくわからない。
そうだ、他人の意見を聞いてみることにしましょう。
執事の少年の前まで行き、じっと彼の顔を見上げた。
今さらこんなことを聞くのは、ちょっと恥ずかしいわね。
「ねえクリフ。わたしの事、どう思う? 貴方の気持ちを教えてほしいの」
「! ……それは、どういった意味でしょう」
「そうね。他人の気持ちを汲み取れているかとか、場の空気が読めているかどうかを客観的に知りたいのよ」
クリフは眉を下げて困ったような表情を浮かべ、その場に片膝をついた。
「ケイトリンデ様には、良くして頂いております。その寛大なお心は、私が仕えるに相応しい主であると確信しています」
「もう。本当に大げさね、クリフは」
褒めてくれるのはありがたいけれど、過大評価だと思うわ。
よほどクリフの方が空気を読めているわよ。
床にひざまずいて臣下の礼をとる少年に、わたしは右手を差し出す。
「ほら、立ってくださいませ。わたし達は主従ではなくて、友人です」
「友人――ですか。はい、心得ております」
わたしとクリフは握手した状態で微笑みあった。
彼の笑顔が、どこかぎこちない気がする。
あら? わたし、何か間違えてしまったかしら……。
◇ ◇ ◇
その後、投資先を能力で確認してお兄様に報告した。
人物の情報しか見えないため、できるのは危険な先を回避するぐらいだ。
「こちらと、ここの取引はやめた方がいいと思いますわ。ただの勘ですけれど」
「ありがとう、助かるよ。ついでにその勘で僕の花嫁も探してくれないかな?」
「もう。それぐらいご自分で見つけてくださいませ!」
そんな簡単に言わないでほしい。わたしの結婚相手もまだ探せてないのに。
「ケイトリンデは意地悪だなぁ。クリフからも言ってやってくれよ」
「はい。お嬢様……スタンリー様のご婚約をよくお考えになってみては?」
クリフに言われ、はっと思い出す。
そういえば前に、お兄様と婚約者を別れさせたのだった。
表立っての破棄騒動は起こさずに、裏で手を回してこっそりと。
お相手の女性が、侯爵家乗っ取りを企む悪人だったから手心を加えずに。
よく考えると無責任だったわね。ごめんなさいお兄様。
「わかりました。わたしに任せてください」
「ふーん。クリフの頼みなら素直に聞くんだねぇ」
「そ、そんなことはありませんわ!」
こうして、わたしによるお兄様の花嫁探しが始まった。
お見合いの釣書を一つ一つ見ながら、【察し能力】を使って調べていく。
お兄様ももう19歳だから、良い物件となるとなかなか難しい。
何としてでも、我が家の財産を横領しないような素敵な花嫁を探さないと!
厳選なる審査の結果、ようやく相手が決定した。
――察し能力で表示されたのは、こんな内容だ。
◆題名:深窓の令嬢マリアンネは毎日たのしくスローライフしたい
◆粗筋:ちょっとおっちょこちょいな私だけど、旦那さまを大事にします!
◆部類:少し現実離れした恋愛
◆重要語句:純愛 のんびり ほのぼの 家族大好き 頭お花畑
花嫁候補の女性は、都から離れた地方で暮らす伯爵令嬢であった。
クリフにも調べてもらったので、素行や来歴に問題はない。
頭お花畑、とあるのが少し気になるぐらいね。お花が好きなのかしら。
◇ ◇ ◇
そして初顔合わせの日がやって来た。
屋敷を訪れたのは年齢18歳の、ピンクブロンドの女性だ。
深窓の令嬢らしい清楚な装いで、柔らかな微笑みからは気立ての良さが伺える。
「はじめまして~。マリアンネです」
「お初にお目にかかります。妹のケイトリンデと申します。マリアンネ様にお会いできて光栄ですわ」
「リンデちゃんね。私のことは、マリリネって呼んでね~」
「は、はあ……わかりました。今日はよろしくお願いしますね、マリリネ様」
うん。なんだか独特な雰囲気の女性ね。悪い人ではなさそうだけれど。
お兄様とマリアンネさんは、屋敷の応接間で話をしている。
「マリアンネ……じゃなくてマリリネ嬢。君の趣味は刺繍とあるけれど、どんなものが得意なのかな?」
「うふふ、そうですね~。ついつい夢中になって、うっかり着ているドレスごと刺繍したことがあります。ベッドカバーやカーテンにもやってしまいましたわ~」
彼女の語る失敗談に、スタンリーお兄様が引き気味になっている。
さすがのわたしでもそこまではやった事がないわ。すごい。
「そ、そう。それは凄いねぇ。……領地経営における投資比率についての意見を聞かせてほしい」
「そうですね~。難しい話はちょっと苦手なので、お家で家族を守るのが、私の大切なお仕事だと思います~」
「…………そうだね。確かに大切な仕事だ」
わたしとクリフは、2人の会話をはらはらしながら見守っていた。
「お嬢様、あのお二方は大丈夫でしょうか」
「何とかなる……わよきっと!」
どんな時でもニコニコとうなずいてくれる女性なので、腹黒で野心家のお兄様には案外合っているのかもしれない――と思わないでもない。
2人がどうなるのかは、今後のお付き合い次第である。




