表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/26

第7話 お兄様の花嫁探し



『他人の気持ちを察してあげられる、素敵な大人になってね。ケイトリンデ』


 わたしは、母の言葉をいつも胸に刻んで行動している。

 そうよね。いつまでも空気の読めない子供ではいられないわ――。

 

「ケイトリンデ様、取引先の資料をお持ちしました。……そのお手紙は?」

 執事のクリフが、机の前で立ち尽くしているわたしにそう尋ねてくる。


「さっきお父様から預かったの。読み始めたら、なかなか終わらなくて」

 便箋にぎっしり書かれた文章をわたしは延々と読んでいた。長すぎるわ。


「ああ、いつもの奥様の愚痴――コホン、相談事ですか」

 咳払いして言い直すクリフに、わたしは詳しく説明する。


「今回は、寄付金詐欺、寸借詐欺、わしわし詐欺、お菓子訪問販売詐欺だそうよ」

「凄いですね。かなり減ったのではありませんか?」

「それもそうね! お父様も頑張っているのね……」


 一家離散の危機に陥ったぐらいに、お父様の詐欺被害率はすごかった。

 わたしの察し能力で何とかなったからよかったけど。


 現在お母様は、王都から離れた侯爵家の領地で暮らしている。

 お父様の監視役……もとい領地経営の立て直しを図るためだ。


 母はたまに帰ってきて、わたしに優しく声をかけてくれる。

『思いやりの心で、他人の気持ちを察してあげられる素敵な大人になってね。ケイトリンデ。けっしてお父様を見習っては駄目よ』


 つまりは、駄目な大人にならないでね、ということらしい。

 今のわたしは、少しは空気の読める淑女になれているのかしら?


 頑張っているつもりだけど、自分ではよくわからない。

 そうだ、他人の意見を聞いてみることにしましょう。


 執事の少年の前まで行き、じっと彼の顔を見上げた。

 今さらこんなことを聞くのは、ちょっと恥ずかしいわね。


「ねえクリフ。わたしの事、どう思う? 貴方の気持ちを教えてほしいの」

「! ……それは、どういった意味でしょう」


「そうね。他人の気持ちを汲み取れているかとか、場の空気が読めているかどうかを客観的に知りたいのよ」


 クリフは眉を下げて困ったような表情を浮かべ、その場に片膝をついた。


「ケイトリンデ様には、良くして頂いております。その寛大なお心は、私が仕えるに相応しい主であると確信しています」


「もう。本当に大げさね、クリフは」


 褒めてくれるのはありがたいけれど、過大評価だと思うわ。

 よほどクリフの方が空気を読めているわよ。


 床にひざまずいて臣下の礼をとる少年に、わたしは右手を差し出す。


「ほら、立ってくださいませ。わたし達は主従ではなくて、友人です」

「友人――ですか。はい、心得ております」


 わたしとクリフは握手した状態で微笑みあった。

 彼の笑顔が、どこかぎこちない気がする。

 あら? わたし、何か間違えてしまったかしら……。


 ◇ ◇ ◇


 その後、投資先を能力で確認してお兄様に報告した。

 人物の情報しか見えないため、できるのは危険な先を回避するぐらいだ。

 

「こちらと、ここの取引はやめた方がいいと思いますわ。ただの勘ですけれど」

「ありがとう、助かるよ。ついでにその勘で僕の花嫁も探してくれないかな?」


「もう。それぐらいご自分で見つけてくださいませ!」

 そんな簡単に言わないでほしい。わたしの結婚相手もまだ探せてないのに。


「ケイトリンデは意地悪だなぁ。クリフからも言ってやってくれよ」

「はい。お嬢様……スタンリー様のご婚約をよくお考えになってみては?」


 クリフに言われ、はっと思い出す。

 そういえば前に、お兄様と婚約者を別れさせたのだった。

 表立っての破棄騒動は起こさずに、裏で手を回してこっそりと。

 お相手の女性が、侯爵家乗っ取りを企む悪人だったから手心を加えずに。


 よく考えると無責任だったわね。ごめんなさいお兄様。


「わかりました。わたしに任せてください」

「ふーん。クリフの頼みなら素直に聞くんだねぇ」

「そ、そんなことはありませんわ!」


 こうして、わたしによるお兄様の花嫁探しが始まった。

 お見合いの釣書を一つ一つ見ながら、【察し能力】を使って調べていく。

 お兄様ももう19歳だから、良い物件となるとなかなか難しい。


 何としてでも、我が家の財産を横領しないような素敵な花嫁を探さないと!


 厳選なる審査の結果、ようやく相手が決定した。

 ――察し能力で表示されたのは、こんな内容だ。


◆題名:深窓の令嬢マリアンネは毎日たのしくスローライフしたい

◆粗筋:ちょっとおっちょこちょいな私だけど、旦那さまを大事にします!

◆部類:少し現実離れした恋愛

◆重要語句:純愛 のんびり ほのぼの 家族大好き 頭お花畑


 花嫁候補の女性は、都から離れた地方で暮らす伯爵令嬢であった。

 クリフにも調べてもらったので、素行や来歴に問題はない。

 頭お花畑、とあるのが少し気になるぐらいね。お花が好きなのかしら。


 ◇ ◇ ◇


 そして初顔合わせの日がやって来た。


 屋敷を訪れたのは年齢18歳の、ピンクブロンドの女性だ。

 深窓の令嬢らしい清楚な装いで、柔らかな微笑みからは気立ての良さが伺える。


「はじめまして~。マリアンネです」

「お初にお目にかかります。妹のケイトリンデと申します。マリアンネ様にお会いできて光栄ですわ」


「リンデちゃんね。私のことは、マリリネって呼んでね~」

「は、はあ……わかりました。今日はよろしくお願いしますね、マリリネ様」


 うん。なんだか独特な雰囲気の女性ね。悪い人ではなさそうだけれど。


 お兄様とマリアンネさんは、屋敷の応接間で話をしている。

「マリアンネ……じゃなくてマリリネ嬢。君の趣味は刺繍とあるけれど、どんなものが得意なのかな?」


「うふふ、そうですね~。ついつい夢中になって、うっかり着ているドレスごと刺繍したことがあります。ベッドカバーやカーテンにもやってしまいましたわ~」


 彼女の語る失敗談に、スタンリーお兄様が引き気味になっている。

 さすがのわたしでもそこまではやった事がないわ。すごい。


「そ、そう。それは凄いねぇ。……領地経営における投資比率についての意見を聞かせてほしい」


「そうですね~。難しい話はちょっと苦手なので、お家で家族を守るのが、私の大切なお仕事だと思います~」

「…………そうだね。確かに大切な仕事だ」


 わたしとクリフは、2人の会話をはらはらしながら見守っていた。


「お嬢様、あのお二方は大丈夫でしょうか」

「何とかなる……わよきっと!」


 どんな時でもニコニコとうなずいてくれる女性なので、腹黒で野心家のお兄様には案外合っているのかもしれない――と思わないでもない。

 

 2人がどうなるのかは、今後のお付き合い次第である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ