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第5話 名もなき暗殺者、クリフ

※クリフ視点のお話です。



 ――彼女と出会ったきっかけは、あまりいい形のものではありませんでした。



 ここは帝国から遠く離れた小国、ヴァレン王国の都。

 侯爵令嬢ケイトリンデ・ワイルダールの抹殺指令を受け、ある少年がこの地に降り立った。


 漆黒の外套を身にまとった、暗殺者の少年だ。

 少年は特殊能力を使い、真夜中の館に忍び込む。

 暗殺対象は赤い髪の令嬢だ。年齢は自分と同じ、13歳だと聞いている。

 

「そこに、誰かいるんでしょう?」

 薄暗い部屋で、少女は振り向きもせずに問いかけてきた。

 

(気付かれた? 気配を消しているのに……まさかこの娘も能力者か!?)


 少年は慌てて距離をとる。

 いったん退避しようとすると、ケイトリンデはさらに声を上げた。


「待って! わたしはあなたと話がしたいのですわ、クリフさんっ!」


 ぴたりとクリフの足が止まる。自分の名を知る者などいないはずだった。


「わたしと一緒に、人質になっている妹さんを助けましょう!」

「……何故、それを」

 能力を解除し、クリフは姿を見せることにした。


 ケイトリンデは灯りをつけ、クリフを見て驚いた顔をした後、席を勧めてきた。


「どうぞここに座ってね。あ、お菓子もあるから食べていいわよ」

「……結構だ」


 どうやら、子供扱いされているらしい。

 確かに、年齢の割に自分は背が低いかもしれないが……。

 解せない気持ちになりつつも、クリフは素直にテーブルについた。


「ええと、まずは自己紹介ね。わたしはケイトリンデ。【察し能力】で人の情報を見ることができるの」


「察し……? 聞いたことがないな」

 組織で3年間教育を受けさせられたクリフでさえ知らない能力だった。


 侯爵令嬢はう~ん、と悩む表情を見せ、やがてぽんと手を叩く。

「そうだわ。言っていいのかわからないけれど……あなた帝国の王子様なのよね。どう? これで信じてもらえるかな」

 

 駆け引きなど考えてなさそうな呑気な様子に、罠の可能性は低いと判断する。


「わかった。信じよう」

「それで、あなたの能力はどんなの?」


 手の内をさらすことは控えたいクリフだったが、ここは正直に答えた。


「組織にばれているのは【気配消し】だけだ。他は知られていない」

「えっ。能力ってひとつだけじゃないのっ!? あなた、すごいのね!」


「…………」

 緑色の瞳を輝かせてはしゃぐ少女を、クリフは呆れた目で見つめてしまう。

 

 (とが)められたと感じたのか、ケイトリンデはばつが悪そうな顔で口を尖らせた。


「ごめんなさい。周りに誰も能力者がいなくて、わたし何にもわかってないんだもの。だけど仲間ができてうれしいわ!」


「俺は、お前を殺しにきた暗殺者なんだが?」

「ええ。知っているわよ」


 ケイトリンデは平然と言い放った。恐怖など一切感じてないような表情で。

 彼女の落ち着きぶりに、クリフは眉をひそめる。

 よほどこちらを信用しているのか、それとも――


「……殺すつもりはない。事情を説明してから遠くへ逃がすつもりだった」

 黙っていても脅しにはならないと判断し、真実を口にした。


 よほどの悪人でなければ逃亡を勧め、組織には偽りの報告をしている。

 クリフはそれが出来る能力を持っていた。


「そうなの? なあんだ。思ったよりいい人じゃない」

「お前は――、あなたは…本当に変わっているご令嬢ですね」


 思わず苦笑を漏らすと、ケイトリンデは拳を握りしめて怒り出す。


「か、変わってるって……ひどいわ! 空気が読めないって言われたことは何回かあるけど!」


 ぷんぷんと憤慨する少女の姿に、クリフは久しぶりに笑った気がした。


 こうして、2人は手を結び、友人となった。

 クリフの妹を救う事の交換条件は、ケイトリンデの破滅回避のお手伝いだ。


 なお、ケイトリンデの暗殺を依頼したのは王都にはびこる詐欺集団だった。


 彼女とどんな繋がりがあるのかは全く不明だが、放置しても厄介なのでアジトを壊滅させて残党を役人に突き出しておいた。

 組織への報告は、依頼人の自滅による契約解消という事にする。

 



 妹を救出するため、クリフたちは行動に出た。


 まずはケイトリンデの察し能力で、組織の人間の情報を集めて分析する。

 驚いたことに、彼女の能力は名前さえ分かれば離れていても発動した。

 また、名前が不明でも人物の近くにいれば発動可という壊れ性能でもある。


「これは、とてつもない能力だと思います。凄い……」

「でも少し使いづらいのよね。意味の分からない語句が多いし」


 卓越した能力を持ちながらそれを全く鼻にかけない姿を見て、やがてクリフは彼女に尊敬の念を抱くようになった。


 クリフは自らの事情を説明した。

「組織は妹が王女だと知って捕らえています。帝国を陥れる際の駒にするために」


 貴族の屋敷に軟禁されている妹のことをクリフは常に案じていた。

 早く助けてやりたいが、見張り役に能力者がいるので手を出しあぐねている。


「人質ってそんな意味だったのね……。王子のあなたは大丈夫なの?」


「組織には俺の身分も兄妹である事も隠しています。だから自由に動けました」


 【認識阻害】の能力でクリフの正体は守られているのでそこは心配ない。


 組織を敵に回して戦うのは、1人では困難だとクリフは考えていた。

 いつかは同志を見つけ、共に立ち向かうつもりだった。


 それがこんな形で、ようやく叶う日が来るとは――――



「お兄様っ!」

「アデーラ! 無事で良かった……!」


 2歳下の妹の元気な姿を見て、クリフは涙を浮かべる。


「うまくいってよかったわ。これでクリフのご家族も安心できるわね!」

「……本当に、ありがとうございます。ケイトリンデ」


 ケイトリンデと一緒に組織を倒し、妹を救った日の喜びは一生忘れないだろう。


「今日より、()はあなたにお仕えします。ケイトリンデ様」

「えっ?」


 ひざまずいて臣下の礼をとると、赤毛の少女は目を白黒させて驚いていた。


 それからクリフは家令の下で猛勉強し、短期間で執事としての資格を得た。

 剣術も体術も得意なクリフの、護衛としての腕を買われた抜擢でもある。



 2年の月日があっという間に過ぎ、少年と少女は大きく成長した。


「あなたとの出会いは、あまりいい形ではありませんでした。ですが今は……」


 ――――私は幸せです。


 少年が呟く言葉は、風に吹かれて儚く溶ける。

 

「どうかしたの? クリフ」


 侯爵令嬢がくるりと振り向いた。

 少女の鮮やかな赤髪が柔らかく揺れ、陽射しにきらめく若葉色の瞳が不思議そうにこちらを見ている。


「いえ、何でもございません。これからもよろしくお願いしますね、お嬢様」


 たとえ、いつか別れる日が来るとしても。


 命を懸けてでも彼女を守ることを、帝国の王子ヒースクリフ・ローレンセンは心から固く誓うのだった。



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