第4話 わたしの願い
今から2年前のこと。
王家から届いた手紙には『~婚約破棄のお願い~』と書かれていた。
あとは、
『残念ながら今回の婚約は却下されました。取り急ぎ書面にて失礼致します』
という、簡潔な文章のみ。
「はあ? 何よこの手紙っ!」
あっさりと婚約解消されてしまい、わたしは呆然とした。
人前で宣言されなかっただけましだけれど、理由も教えずにひどすぎる。
わたしが空気を読めないせいで第2王子の不興を買ったのが原因だろうが、それだけではない気がする。
当時から、イヴォング殿下は女好きで有名だった。
そういえば、婚約直後のお茶会にも可愛い娘ばかりを侍らせていたわ。
婚約者を招いておいて、いちゃいちゃと見せつけるようなのはどうなのよ。
ぐぬぬとわたしが拳を握っていると、クリフの穏やかな声が聞こえてきた。
「ケイトリンデ様、今日は大変お疲れ様でした。騒動の後処理は私がしておきますので、どうぞごゆっくりお休みになって下さい」
「ありがとうクリフ。貴方も無理しないでね」
「はい、ありがとうございます。それでは失礼致します」
執事姿の少年は恭しく一礼すると、部屋を退出していく。
わたしの能力は「見る」だけなので事を収めるには裏で手配をする必要がある。
そこでクリフの出番だ。貴族として圧力を掛けるのは侯爵家でも出来るが、全てが権力で解決できるわけでもない。
彼に押し付けてばかりで、本当に申し訳ないわ。
そのうちクリフには、ちゃんと恩返ししなくちゃね!
◇ ◇ ◇
わたしは眠りにつく前に、ベッドで横になって現状を確認することにした。
――今のわたしの情報を【察し能力】で見てみると。
◆題名:侯爵令嬢ケイトリンデ・ワイルダールの再生への日々
◆粗筋:空気の読めない言動で破滅するかもしれないし、しないかもしれない。
◆部類:悲劇とコメディをたして2で割った感じ
◆重要語句:婚約破棄 ざまぁ 破滅回避中 良き仲人 別れさせ名人
「…………少しは改善したのよね?」
ツッコミどころがありすぎてどうしようもないが、これが現実だ。
没落・処刑とバッドエンドは2年間のうちに消滅したが、ざまぁと婚約破棄が残っているのが気にかかる。
婚約破棄は、他人の破棄現場に居合わせる事が多いからそれが原因ね。
……と思わせておいて、実は自分の身に降りかかることかもしれない。
どうしよう。これから婚約するのが怖くなってきたわ。
破棄されると思うと、過去の古傷がうずいてしまう。
でも、まだ相手も見つかってない状態で悩むだけ無駄よね。
しばらく眠れないまま、時間だけが過ぎていく。
ふと、わたしはここには居ない少年のことを想った。
クリフ、無理してないといいけど。ちゃんと睡眠をとっているのかしら?
彼と初めて会ってから、もう2年になる。
出会った頃は、劣悪な環境で育ったせいかわたしよりも小柄な少年だった。
女の子みたいに可愛くて、びっくりしたのよね。
15歳になった今では、成長して背丈も頭半分ほど追い抜かれてしまった。
穏やかな性格で優雅さを感じられる物腰は、とても壮絶な人生を送ってきたようには見えない。
彼は10歳の時に謀略で帝国を追放され、裏組織に捕まって3年間も暗殺者として育てられたらしい。
ぬくぬくと暮らしてきたわたしには、全く想像もつかない世界だ。
これまで大変な苦労をしてきたのだから、何とか幸せになってほしいわ。
いつか別れが来るのに、クリフが口癖のように告げてくることがある。
『必ずや、破滅からあなたをお守り致します。どうかお側にいさせて下さい』
その台詞を思い出し、わたしは両手で顔を覆って赤面した。
くっ…そんなことを恥ずかしげもなく言い切れるなんて、さすが王子様ね!
現在、わたしにとってクリフは有能な実行役にして相談相手、そして何より大切なパートナーとなっていた。
ああ。クリフが最強すぎて、他の男性がかすんで見える……っ!
おかげで相手を探しても、身近に優良物件があるせいで見劣りしてしまうのだ。
クリフは紳士的で信用できて将来有望な人物である。
正体が帝国の王子でさえなかったら、と思わないでもない。
帝国……まだ内乱は始まっていないけど、能力で回避できるかもしれないわ。
ローレンガルド帝国――このヴァレン王国からは遠く離れた場所だ。
かつてクリフの能力で連れて行ってもらったことが一度だけあった。
帝国の北端、辺境の地にクリフの妹アデーラと家族が隠れ住んでいる。
平和になったら…家族みんなで仲良く暮らせるといいわね……。
その日が来ることを願いながら、わたしは知らぬ間に眠りに落ちるのだった。
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