第24話 婚約式の2人
旧帝国での事件から、約1か月後。季節は夏の終わりを迎えていた。
ようやく、わたしとクリフの婚約式を開くことができた。
2人でダイニングルームの中央に立ち、みんなに感謝の気持ちを伝えている。
次はわたしの番だ。
「えっと……皆さま、本日はわたし達のためにお集まりくださいまして誠にありがとうございます。今まで色々ありましたが、無事に婚約をすることになりました。これもひとえに、皆さまのご指導ご鞭撻のおかげで――」
長テーブルに座る家族みんなから視線を受け、照れ臭くなってしまう。
婚約破棄から解放されてこんな日を迎えられるなんて、本当に感慨深いわ。
ちょっと泣きそう。
「ケイトリンデ。挨拶はいいから、早くキスしなよ~」
「お兄様! 順番というものがありますので茶化さずにお待ちくださいませ」
そもそも結婚式ではないのだから、その予定は全くない。
みんなの前でキスとか恥ずかしすぎる。絶対無理!!
今日は王都ではなく侯爵家の領地に、身内のみで集まっている。
元皇族であるクリフのお母様と妹さんを招待しており、安全を考慮しての事だ。
「――2人で乗り越えていきたいと思います。ご清聴ありがとうございました」
挨拶を終え、わたしは頭を下げる。温かい拍手を送られ、ほっとした。
今日は赤い髪をアップにして、大人っぽいヘアスタイルにしてもらっている。
イヤリングやネックレスなどの装飾品も、落ち着いた感じに統一した。
ダークブルーの格調高いドレスは、クリフのお母様から贈られた物だ。
「ケイトお姉様、すっごく綺麗です……! 女王様みたいです」
淡いパールピンクのドレス姿のアデーラちゃんが褒めてくれる。彼女の方こそ、おとぎ話の絵本から出てきたような本物のプリンセスだと思う。
「帝国式のドレスってやっぱりいいわ~! エメリーン様、娘のために素敵な衣装をご用意下さって、本当にありがとうございました」
「いえいえ。気に入っていただけて何よりです。ケイトさんは何でも似合うから、着せがいがあって楽しいですよね!」
わたしの母とクリフのお母様が談笑している。
2人は意気投合したらしく、わいわいと大騒ぎしながら着付けをしてくれた。
メイド長のポーラが、自分の出番がないと苦笑して見守っていたわ。
帝国のドレスは王国のシンプルなデザインと違い、金糸で繊細な刺繍が施されていて物凄く豪華だ。まるで夜空色のシルクに金の星がきらめいているようね。
でもこれ、お高いんでしょう!?
改めて自分の衣装を見下ろしていると、隣のクリフが小声でささやいてくる。
「ケイトリンデ。今日のあなたもお美しいです。夜空に輝く星々もかすむほどに輝いて見えます」
「あ、ありがとう。クリフだって、とっても格好いいわ!」
執事を辞めてから、クリフが服装について感想を言ってくれるようになった。
嬉しいけれど、聞いているだけで顔が赤くなるし未だに慣れないわ。
最近のクリフは距離が近いし凛々しさが倍増していて直視できない。まぶしい!
クリフの礼装も、わたしのドレスとおそろいの暗青色の生地で作られている。
この1か月ぐらいで完成できる物ではないはずだ。
一体どれぐらい前から衣装を注文してくれていたのかしら……
なんだか怖い考えになったので、気を取り直して式を進行させることにした。
「つ、次は指輪の交換をしますね。それで婚約式は終わりとなります」
「え~。誓いのキスは?」
「ありませんわ!」
王国の風習では婚約時に指輪を贈り合い、結婚式にもそれをまた使用する。
わたしが用意したのは、緑色の宝石のついた指輪だ。
まだクリフには見せていないし、逆に彼の用意した物も見ていない。
「あの。これ、貴方に似合うと思って……!」
ジュエリーケースのふたを開き、両手で差し出した。ドキドキするわ。
「ありがとうございます。ケイトリンデ様の瞳の色ですね。とても嬉しいです」
気付いてくれた!
今度はクリフが、彼の選んだ指輪を見せてくれる。
「あっ…。サファイア……」
「お気に召して頂けたでしょうか?」
目の前で、澄んだ青い瞳がわたしを優しく映していた。
「はい、大切にします。ありがとうございます、ヒースクリフ様」
お互いの指にエンゲージリングをはめて、テーブルのみんなにお披露目する。
家族たちから歓声と祝福の声が上がった。
「ケイトリンデ、ヒースクリフ。2人とも婚約おめでとう!」
「お幸せに!」
全員に拍手で迎えられ、部屋の一番奥の座席に2人で並んで座った。
こうして好きな人と結婚を誓い合えるなんて、夢みたい。
――わたしたち、このたび婚約しました!
◇ ◇ ◇
「おめでとうございます、お嬢様、ヒースクリフ様。これより祝宴の用意を始めさせて頂きます」
「ケイトリンデ様、その節は大変お世話になりました!」
家令のマシューとメイド長のポーラが会食の準備をしてくれた。
2人とも新婚ほやほやで、とても幸せそうね。うまく行ってよかった。
わたしがポーラたちを微笑ましく眺めていると、左後ろから声がかかる。
「お嬢様、お飲み物はどうなさいますか?」
「そうね。せっかくだからそのワインを……ってクリフ何やってるの!?」
「あ…すみません。いつもの癖で給仕を」
ワインボトルを戻し、クリフは苦笑しながら元の位置に着席した。
クリフはマシューの姿を見ると、かつての修行を思い出してきびきびと働かないといけない感覚に陥るそうだ。
通常は何年もかかる執事への昇進をわずか1か月で終わらせたのだから、よほど濃い内容の修行だったに違いない。
食事をしながらお酒も進んだらしく、お父様が酔って眠ってしまわれた。
式の間ずっと静かに泣いておられたから、疲れてしまったのね。
わたしが無事に婚約できたおかげで、ようやくお父様を安心させられたわ。
お兄様は嬉しそうに投資の話ばかりしている。こんな時ぐらい空気の読める大人にならないと、お付き合い中のマリアンネ様にも愛想をつかされてしまうわよ。
アデーラちゃんが真面目に話を聞いてくれていて、申し訳ない。
お母様たちは次の衣装について話し合っているみたい。
今日もお色直しといってわたし達の衣装替えをするつもりだったけど、丁重にお断りさせて頂いた。もう10回以上の試着でお腹いっぱいよ。
わたしは、さっきから黙っている婚約者様に話しかけた。
「クリフ、大丈夫? 酔ってしまったの?」
最初のワインがきつかったのかもしれない。
わたしも普段はほとんどお酒を口にしないから、飲みすぎは禁物だ。
「いえ、大丈夫です。こうしてあなたと婚約できるとは、夢のようで……ぼんやりとしてしまいました」
「まあ。わたしと同じことを考えていたのね」
心が繋がっているようで何だか嬉しくなってしまう。
彼はどこか遠くを見上げ、しんみりとした口調で語り始めた。
「もし亡き父がここに居たならば、こう言ったと思います。結婚は――」
クリフが皇帝陛下のことを話してくれるのって、初めてな気がするわ。
彼が10歳の時にはもう……ご病気で亡くなられていたのよね。
「――結婚は1人までにしておけ。側妃なんて娶るもんじゃない。嫉妬が凄くて女は怖い。一途に1人の女性を愛し続けるように、とよく仰っていました」
「小さい子に何言ってるの陛下ーー!?」
しまった。ついツッコミが。みんな騒いでて聞こえてないわよね。ほっ。
まさか皇帝陛下にそんな裏話があったとは。秘密にした方がよさそうね。
ここは空気を読んで、大人の対応をしないと!
「ねえクリフ。陛下は帝国が新しい国になったのを、きっとどこかで見守ってくださっているわ。わたし達も、2人で力を合わせて頑張っていきましょうね」
とりあえず、なんかいい事を言ってごまかしておいた。よし。
ほっとしていると、クリフがにこりと微笑んでわたしの手を握って告げる。
「はい。絶対に浮気はしませんのでケイトリンデも俺だけを見ていて下さいっ!」
「クリフ酔ってるでしょ!!」
その後もにぎやかな宴は続き、わたしとアデーラちゃん以外が酔っ払いだらけになった時点でお開きになった。
次回、最終話となります。




