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第23話 罰と褒賞



 ドリスは国家転覆を謀った罪で、一番高い塔の独房に収監されていた。


 彼女の能力の【先読み】を調べた結果、それが最適だと判断されたのだ。


 先読みとは、異界の本――『新刊(シンカン)』という書物を得る能力だった。

 他人には見えない本を1日1冊読める。読み捨てで取り置きは不可らしい。

 彼女は【転生者】の物語を好み、そればかりを読んでいたという。

 

 1日2回、食事が届く以外は誰も来ない監獄で、ドリスは大好きだった本を読むことすらせずに固いベッドに横たわって茫然と過ごしていた。


(ああ。今までのことは何だったんだろう。長い夢を見ていたみたい……)


 処刑を免れ、初めは命が助かったと喜んでいたが生き地獄だった。

 狭い天窓と入口の鉄格子以外は灰色の壁に囲まれ、人と話す事もない。

 たとえ能力で本の世界に逃避できたとしても、現実との落差に絶望するだけだ。


 ドリスが無気力に生きていた、ある日のこと。

 塔の階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

 もう食事の時間かなと、彼女はぼんやり考える。


「こんにちは、ドリス。元気にしてたかい?」

「あんたは……!」


 寝床から起き上がって鉄格子の前まで行き、金髪の少年を睨み付けた。

 第2王子だったジェラルドだ。

 ドリスは彼を罠にかけて利用しているつもりで、裏切られていたのだ。


「何しに来たのよ」

「特殊能力は、成長して大人になったら消えるらしいね。それまで君の力が悪用されないよう、僕が監視する役目を負うことになった」

「はぁ!?」


 驚くドリスをよそに、ジェラルドは落ち着いた口調で語り始めた。

 

「君の実家や男爵家の養父母に聞いたよ。ドリスは変わっているけど悪い子ではないと。欲に目がくらむ前の君は、新しい物を広めようと頑張るだけの人間だった。過ぎた力のせいで、夢を見てしまったんだ。――悪い夢をね」


「違う! 違うわ。あたしは生まれた時から悪役令嬢なのよ。みんなに疎まれて嫌われて、そこから大逆転をして成り上がるの! そんな薄っぺらい悲劇のヒロイン扱いなんてやめて。気持ち悪い!!」


 ジェラルドの決めつけに嫌悪感を催して叫んだが、彼は動じずに話し続ける。


「完全に能力が消える年齢は不明だけど、おそらく20代の半ば……あと10年はこの塔に幽閉される。その後の処遇がどうなるかは君の受刑態度で決まるそうだ」


「フンッ。あんたは気楽な監視役でいいわね! 無罪になったんでしょう?」

「いや。僕も一緒にその独房に入りたいと申し出たんだけどね。却下されたよ」

「……え」

 身の危険を感じ、ドリスは鉄格子から離れて後ろのベッドまで後ずさる。


「あたしに復讐するつもり?」

「まさか。大切な元婚約者じゃないか。君が心配なんだ」

 青白く、血の気のないジェラルドの顔に悪意は感じられない。

 

 彼の感情がまったく理解できない恐怖に、ドリスは怯えた。

「やめてよ……皇妃様と一緒にあんたを殺そうとしてたのよ。何が心配よ。恨んでないわけないじゃない」

「君は何度か僕に銀食器を贈ってくれたね。毒のこと、知ってたんだろう」

「知らないわよ、そんなの!」


 それ以上聞きたくなくて、ドリスは耳を塞いで頭から布団を被る。

 贈り物はただの偶然だ。そこに中途半端な同情心など存在するわけがない。

 ましてや、王子が自ら望んで母親の盛った毒を飲んでいた心境なんて、理解したくもない。


「また異界の物語を聞かせてくれるかい? 実は楽しみにしてたんだ。死ぬのを諦めて、頑張ってみようかなと思うぐらいには」

「…………」


「また明日、この時間に来るよ」


 立ち去っていくジェラルドの細い背中に、ドリスはぽつりと声をかけた。


「――――独り言ならたまに呟いてるわ。……勝手に聞いていけば?」



 ◇ ◇ ◇



 ヴァレン王国では、ケイトリンデとクリフに褒賞が与えられることになった。


 表向きは行方不明のイヴォングを探し出した功績だが、実際は帝国での悪事に加担した王子の捕縛と、アーネストの手助けをしたことへのお礼である。


 イヴォングの能力については、国王夫妻にのみ話して他言無用としていた。

 国王たちはケイトリンデたちの事情を察し、それ以上は何も聞かなかった。

 過ぎた力のせいで国が滅ぶこともあると、きちんと弁えていたからだ。


 褒章の授与式典の前に、ケイトリンデに対する謝罪が行われた。

 イヴォングが婚約破棄の手紙を配下に送らせたため後に引けず、そのまま婚約解消扱いとなったこと、解消による悪評が立たないように手を回したが結局は侯爵家の名に傷を付けてしまったこと、本人への謝罪が遅くなってしまったことだ。


 城の一室で国王夫妻に詫びられて、ケイトリンデはしきりに恐縮していた。

 


 関係者のみによる式典が終わり、アーネストは2人に話しかけた。

「お疲れだったな。断っていたのに、無理に褒美を押し付けてすまない」


「あの、本当にいいのですか? あのような立派な物を頂いて……」

 緑色のドレスを着たケイトリンデが、おずおずと城門の外を指さす。

 そこには王家が所有する物と同じ、魔鉱具で強化された馬車が止まっている。


「なあに。貴殿らの働きに比べれば大した物ではない。魔鉱馬車があれば、頻繁に他国と行き交っていても周りから不自然に見えないだろう。それに、きちんと将来の事も考えなくてはな」


 黒いモーニングコート姿のクリフが恐縮したように一礼する。

「はい。確かに仰る通りです。お心遣い感謝致します」


 クリフには爵位を与えたかったが、辞退されたので王国の市民権を授与した。

 別に権利が無くても住めるが、優遇もあるのであって困るものではない。


「将来、2人はどこに住む予定なんだ? 旧帝国か、ケイトリンデ嬢のご実家か」

「えっ!?  えっと――まだ何にも考えていませんわ!」

 ケイトリンデが顔を真っ赤にしている隣で、クリフが苦笑している。


「それは、私の処遇が決まり次第ですね。皇族は廃止されたので、王子としての仕事も無くなりましたし」

「そうだったな。大変だろうが、何か力になれる事があれば言ってくれ」


「はいっ。今日はどうもありがとうございました。アーネスト殿下」

「またいずれ、報告にお伺いします。それでは失礼致します」

 

 2人が馬車に乗って帰るのを見送った後、第1王子は城内に踵を返した。


「さて。イヴォングの能力を消しにいくか」

 5時間で無効の効果が切れるため、何度もかけ直す必要がある。


 兄弟どちらの能力が先に失われるかは不明だが、出来る事はやらねばならない。弟の愚行を阻止できなかった罪は自分にあるとアーネストは重く受け止めていた。

 

 現在イヴォングは城の地下に幽閉状態だ。既に身分の剥奪は決定している。

 泣き暮らして反省しているようだが、この先どう処分されるかは彼次第である。


 能力さえ覚醒しなければ、彼は普通の人生を送れたのかもしれない。

 女性に不誠実な時点で、身を滅ぼしていたのは確実だが。


(……全く。もしこの世に神がいるのだとしたら、一体どんな基準で能力を授けているというのか――)


 誰からも答えの返らぬ問いかけを、アーネストは心の内で呟いたのだった。



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