第22話 新たな出発
次期皇帝選出の儀が、ローレンガルド帝国にて厳粛に執り行われた。
帝国各地の領主や貴族、同盟国の王族が参列したホールで、第1皇妃ペトロネラが壇上で書類を読み上げる。
「皆様。お忙しいところをようこそお集まり下さいました。早速ですが、皇帝陛下からのお言葉――遺言をお伝えしたいと思います」
「何だって」
「遺言だと。どういうことだ」
皇妃の発した不穏な語句に、会場内がざわめく。
彼らは皆、これまでずっと皇帝の存命を信じており疑うことなどなかった。
「陛下がお望みであった事は、現体制の変革。すなわち、帝国の解体です」
騒がしかった聴衆が、しんと静まり返る。ペトロネラの言葉は続く。
「建国から800年が経ち、皇族や貴族は保身に走るばかりでかつての求心力を失い、領民を束ねる事にも限界が来ていました。現状を嘆いた陛下は新たな国に望みをかけておりましたが、志半ばにして亡くなられたのです」
そこまで話すと、舞台の脇から他の皇族たちが何人か姿を見せた。
現れた人物に、帝国貴族たちは息を呑む。
「あれは、失踪していたエメリーン様とアデーラ姫と……ヒースクリフ王子!?」
「生きておられたとは」
「ローレンツ王子は、女性だったのか?」
驚きの声が上がる中、5年前のヒースクリフの追放は冤罪であった事と、ローレンツは皇帝の意向で性別を偽っていた事が告げられる。
ローレンツが帝位継承権の放棄と皇族の廃止を宣言し、新国の概要を説明する。
中央に君主を戴かず、領主が各領を治める議会制度への変更であった。
「しばらくは混乱が生じて情勢が不安定となりますが、どうか皆様には新たな国の出発を温かく見届けて頂きたいのです。何卒、ご協力を賜りたく存じます」
ヒースクリフ王子がそう締めくくり、皇族たち全員が深々と頭を下げる。
人々は呆気にとられていたが、ヴァレン王国の使者2人が拍手をし始めた。
やがて会場全体に拍手が巻き起こり、無事に承認されたのだった。
それから新しい法律や条例などが決まり、旧帝国全土に発布される。
5つの自治領による連邦制国家――新生ローレンガルド国の誕生である。
◇ ◇ ◇
新国樹立の喜ばしい慶事の裏で、悪人たちの断罪が行われた。
騒動を起こした第2皇妃派閥を中心に、身分剥奪や投獄の処罰が言い渡される。
また、5年前の第2王子ジェラルドの暗殺未遂事件についても洗い直され、主犯格の人物が判明して周囲を驚かせた。
それはジェラルドの母、第2皇妃シモーヌだった。彼女は目障りな第3王子ヒースクリフに罪を被せて排除するため、暗殺の狂言を企てたのだ。
――自らの息子に、本当に毒を盛って。
裁定の場で、ペトロネラは非難の声を上げる。
「シモーヌ! 貴女は何という事を」
「ペトロネラ様はずるいですわ。第1皇妃というだけで陛下に愛されて。わたくしは彼の気を引くのにも一苦労ですのよ? 陛下は、昔からジェラルドのお見舞いにはすぐに駆けつけて下さいます。それこそが愛の力なのだと確信しましたわ」
「そんな理由で毒を……。何が愛の力ですか。早く目を覚ましなさい!」
「ところで陛下はどこにいらっしゃるの? 今日こそはお会いしたいのだけれど」
「なっ……」
シモーヌは皇帝の死を未だに受け入れておらず、ドリスを利用してジェラルドを次期皇帝の座につけ、再び暗殺事件を起こすつもりだったという。
彼女の偏執的な考えを理解できる者は、誰一人として居なかった。
処罰の内容は、無期限の幽閉と決まった。
牢へと送られるシモーヌに、ジェラルド王子が駆け寄る。
「……母上!」
「残念ね、ジェラルド。何もかも終わってしまったわ。もう愛してあげられないから、あなたは別の人にでも愛してもらいなさいな」
数日後、地下牢でシモーヌが服毒自殺を図った。
あらかじめ能力で察知していたケイトリンデ達によって未遂に終わったが、本人は殺してくれと泣き叫んでまともに話ができる状態ではなく、そのまま幽閉先で療養することになった。
こうして元皇妃が表舞台から姿を消し、ようやく事件は幕を閉じた。
クリフが事の顛末を説明すると、ケイトリンデは悲痛な表情をして呟いた。
「もう少し、何とかならなかったのかしら……5年前、わたしがもっと早くに能力が使えて貴方と知り合えていたら、きっと」
涙を浮かべる彼女の肩を抱き、クリフはそっとハンカチで涙を拭った。
「あなたが心を痛める必要などありません。ですが、そう言って頂けると救われた気がします。ありがとう、ケイトリンデ」
「うん……ごめんねクリフ。それで、ジェラルド様はどうなったの?」
「兄は、被害者として罪を軽減されました。本人は投獄を要求しましたが、現在は城で監視付きで暮らしています。あなたの助言のおかげで真相も判明し、兄と向き合って話をすることが出来ました。感謝しています」
「ううん。わたしは何もしていないわ。いつか、罪を償い終わって、お茶でもご一緒できる日が来るといいわね」
「ええ、そうですね。いつか、きっと――……」
ジェラルドも他の罪人たちも、良い方向に変わっていけると信じたかった。
能力者であるドリスも、彼女なりに檻の中で罪を償っているはずだ。
2人は、青い空を見上げる。雲一つない夏空には、白い鳥が飛んでいた。
まだもう少しだけ続きます。




