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第21話 ケイトリンデは空気を読みたい!



 移動能力で王国へ帰ろうとしたら、クリフから話を切り出された。


「前に、全てが終わったらあなたに伝える事があると約束しましたよね」

「ええ。覚えているわ」

「今から、それをお話しさせて下さい」

「!」

 

 待って。心の準備がまだよ!

 移動能力を使う直前だったから、手を繋いだまま話を聞くことになった。

 別に逃げないけど逃げられないわ。


 クリフは真剣な表情でわたしの方を見つめて語り始める。


「2年前、ケイトリンデ様にお仕えするにあたり、お嬢様と必要以上に馴れ合わないための禁止事項を家令のマシュー様と取り決めました。飲食を共にしない、不要な会話は慎む等です」


「そんな事があったのね……」

 だからずっとお茶会の同席を断り続けていたのか。

 理由が判明して納得すると同時に、クリフを困らせていたんだなと反省する。


「今まで知らずにあなたに無理を言ってしまってごめんなさい。でもこれからは、いつでも気兼ねなくお茶会ができるわね」


 いつかクリフと一緒に家族で食事ができたらって思ってたから嬉しいわ。


「ええ、勿論。執事を辞めましたので、俺はただのヒースクリフです。つまり」

 そこで言葉を切り、クリフがにこりと微笑む。

「――つまり?」


 そう聞き返すと、彼は一歩こちらに近付いてわたしの顔を覗き込んできた。


 近い。近すぎるわ!

 いつも格好いいのは当たり前として、今日のクリフは礼装がばっちり似合っていて10割増しで格好いい。執事の黒いコートもいいけど白いタキシードも素敵ね。

 薄茶色の甘いミルクティーのような髪に、青い宝石みたいな瞳が綺麗すぎる。


 まるで王子様みたい…………

 って落ち着かなきゃ、わたし! 

 また空気読めないことにでもなったら、大惨事よ!


 自意識過剰だろうけど、この状況って結婚を申し込まれるとしか思えない。

 もしそうなら、誠実で心のこもった返答をすべきよね。

 はい、喜んで!とか? ……普通すぎるしもっと考えないと。


 などと数秒の間に必死に考えていたら、クリフが続きを話し始めていた。

 

「つまり、求婚が可能という事です。俺と婚約してくれませんか、ケイトリンデ」

「えっ。婚約なのっ!?」


「結婚の方が良かったでしょうか?」

「違う早い未成年だから無理よ。じゃなくて、わたし、察し能力でまだ婚約破棄の語句が残っているの。それが消えない限り、婚約するのが怖くて……」


 ドリスとの対決が終わった後、能力を使って愕然とした。

 わたし、一生婚約できないのかなって……

 結婚できる年齢になるまで待つしかないのかも。


「情報が変わっているかもしれませんよ。今すぐお調べ下さい。もし残っていたとしても、必ずや俺が消してみせますから」


 後ろ向きなわたしを、クリフが力強い口調で励ましてくれる。

 意を決し、【察し能力】を発動させた。

 ぱらぱらと本のページが開き、わたしの情報が表示される。

 ――そこには。

 

「…………消えてたわ」

「では、婚約の申し出を受けて頂けますか?」

「はい。喜んで……!」


 わたし達は両手を取り合い、視線を合わせて――笑い出してしまった。

 ほっとした安堵感から来る笑いと、あまりに残念な自分が可笑しすぎて。

 嬉しいけれど、つらい。

 もっと気の利いた返答をしようと思っていたのに……っ!

 クリフが楽しそうに笑ってくれているのが、唯一の救いだわ。


 こうして、わたしの失態により折角のプロポーズが一部台無しになりました。


 クリフが心の広い男性で、本当によかった!!


 ◇ ◇ ◇ 


 わたしとクリフはヴァレン王国に戻り、公爵家に手紙を届けた。

 王家への手紙は、エリーザ様の方から渡してくれるそうだ。


 いきなり訪ねたから驚かれてしまったけれど、エリーザ様は温かく微笑んでおられたわ。殿下からのお手紙、嬉しいに決まっているものね。


「ケイトリンデ様。またお茶会で色々と聞かせて下さいね。出会った時のお話などを是非!」


「? はい。わかりましたわ。落ち着いたら、また4人で集まりましょう!」

 どういう意味だろうかと疑問に思いつつも、わたしはうなずいておいた。



 頼まれごとが終わり、ようやく家族に今回の件の報告に行った。

 前と同じように、領地の屋敷の地下室で会話をしている。


「……ということがありました。とっても大変でしたわ」

 わたしは身振り手振りを交えながら、帝国での出来事をかいつまんで話す。


 すると、兄のスタンリーが呆れた目を向けてきた。

「なるほどねぇ。ところで2人とも、あっちで挙式してきたのかい?」

「き、挙式っ?! 違いますわ。何をおっしゃるのお兄様!」


 突然の発言に慌てていると、白いタキシード姿のクリフが説明を入れる。


「あの、これはですね……歓迎パーティのためにケイトリンデ様の白いドレスに合わせた礼服を選ぼうとしたところ、私の母と妹が暴走してしまった結果です。誤解を招くような事になりまして、大変申し訳ありません」


「あらあら。結婚式でもないのに婚礼衣装みたいな服で乗り込むなんて、皆びっくりしたでしょうね。ケイトリンデは本当にそのドレスが好きなのね」


 ビヴァリーお母様に指摘され、わたしは恥ずかしくなってうつむいた。

「だって……」

 このドレス、2年前にクリフがすごく綺麗だって褒めてくれたんだもの。

 彼は執事になってから、全然わたしの服装に感想を言わなくなった。

 無反応で寂しかったけど、例の禁止事項のせいだったのね。


 でも大きめに作っていたとはいえ、13歳の時のドレスを15歳になって着るのはさすがに辛くなってきたわ。きっつい。


 それまでずっと黙っていたウォルトお父様が口を開いた。

「…………ケイトリンデがお嫁に……。クリフ、娘の事を頼んだよ。うっうっ」

 

 いきなり父が泣き出してしまい、わたしは急いで誤解を否定する。


「お、落ち着いてくださいませお父様! 嫁に行くなんて、とんでもない話です。クリフとは婚約する約束をしたばかりですわ!」


「ケイトリンデこそ落ち着きなよ」

 必死に弁解しているわたしに、お兄様からツッコミが入った。


 わたし達3人が騒がしくしている横で、クリフとお母様が話すのが見える。


「辞表は受け取ったわよ、クリフ君。2年間、執事のお勤めご苦労様。マシューもポーラも、貴方の努力を讃えていたわ。よく頑張って誘惑に耐えたって」


「…………!」

 クリフが驚いたように目を見開いているわ。

 一体、何を話しているのかしら。


 ◇ ◇ ◇ 


 結局、わたしがうっかり暴露したせいで家族中に知られてしまった。

 こんなはずじゃなかったのに……。

 

「大切なお嬢様を奪うような形になってしまい、弁解のしようもありません」

 クリフは3人に向かって深々と頭を下げていた。


「むしろ奪ってくれて感謝するよ。ありがとうクリフ。僕が先に結婚して、可愛い妹が売れ残るなんて可哀想だからねぇ」

「ケイトリンデ、クリフ。幸せになるんだよ……!」

「クリフ君。うちの家族はみんな癖が強いから大変でしょうけど、よろしくね!」


 お兄様は調子のいいことを言っているし、お父様は涙が止まらないし、お母様は大らかだけど何だかズレているし。うん、いつもどおりね。


 冷静沈着なクリフも、たじたじになっているみたいだわ。

「は、はい。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します」


「じゃ早速、婚約式の内容を考えようか。王都で盛大に取引先を招いて――」

「私、薔薇の花をいっぱい摘んでくるわね。赤がいい? ピンクがいい?」

「涙で前が見えない……」


「……あの、皆様どうか冷静に」

 3人に囲まれてクリフがピンチね。ここはわたしが何とかしないと!


「みんな、聞いて! わたし達、まだ帝国でやるべき事が残っているんです。婚約発表やお祝いをするのは、もう少し先にしてもらえませんか?」


「えー。善は急げって言うし、今すぐ婚約した方がいいと思うわ」

「そうだそうだ~」

「いや、ビヴァリーもスタンリーも待ちなさい。婚約指輪や相手のご家族の準備も必要だろう。ここはケイトリンデの意見を尊重してあげようじゃないか」


 まあ。お父様がわたしの味方をしてくださっているわ……!

 ちょっと感激。


「尊重したうえで、今夜は婚約おめでとうパーティを内々で開くことにしよう!」

「「おー!」」


 別にそうでもなかったわ。

 反対されるよりは全然いいけれど、大げさに祝われるのも恥ずかしいし困る。


 お母様たち3人は準備をするからと言ってご機嫌で階段を上がっていった。

 

 残されたわたしは、彼に平謝りするしかなかった。

「ごめんなさい、クリフ。わたしのせいで変なことになって」


「いいえ。無事に祝福して頂けて安心しました。俺のような者を家族の一員として認めて下さるなど、侯爵家の方々は本当にお心が広いと感謝するしかありません」


「いやいや。クリフの方が絶対に心が広いから。わたしが保証するわ!」

「それはありがとうございます。これからも、宜しくお願いしますね」


 わたしが力説すると、クリフは苦笑いを浮かべていた。


 どうやらこの先も、わたしの空気の読めなさは治らずに続いていきそうだ。


 …………今だって。

 

「――ケイトリンデ」

 急に名前を呼ばれたから、勢いよく振り向いたの。

 そうしたら。

「どうかしたの? クリフ……んっ」


「す、すみません! 決して唇を奪うつもりではっ!!」


 彼は頬にキスしようとしたのに、わたしが動いたせいでズレてしまったのよ!


 わたしとクリフは真っ赤になってしまい、しばらく言葉を発することができず、お兄様たちに不思議がられたのだった。


「…………」

「…………」


「どうしたんだい? この2人。せっかくのお祝いパーティなのにねぇ」

「しーっ。マリッジブルーなのよ。よく分かるわ、その気持ち」

「私には、甘い空気が(ただよ)っているように見えるんだがなぁ」



 ――――わたしはもっと、空気を読みたい!!





めでたし、めでたし。(まだ続きます!)


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