第20話 宴の終わり
こうして、歓迎パーティでの悪役令嬢対決は幕を閉じた。
なおイヴォング殿下は、城の一室で眠りこけているのが発見されて捕まった。
「ま、待ってくれ! オレ様はまだ何もしてないっ! 俺TUEEEもチーレムもまだまだ体験していないんだああぁぁっ!!」
「黙れ、イヴォング。これ以上ヴァレン王国の名に泥を塗るな」
「うぐっ」
アーネスト殿下は、泣き叫ぶ弟王子の腹を殴る。
さらにイヴォングは口に猿ぐつわをされて、兵士たちに運ばれていった。
彼は初めドリスとの関与を疑われたが、王国で罰して欲しいと突き返された。
確かに、イヴォング王子がやった事といえば自作自演の脅迫状を書き、こっそり帝国にやって来ただけだものね。不法侵入だし十分有罪だけれど。
彼の言うオレツエーやチーレムなどの語句の意味は、未だによくわからない。
取り調べの兵士の人も、理解できなくて扱いに困ったのだと思う。
イヴォングの【電波】は、念じただけでドリスと会話できる能力らしい。
勝手に何か話されても困るので、アーネスト殿下の無効能力を使いつつお城の部屋で拘束することになった。後日、一緒に連れて帰るそうだ。
「クリフ殿、ケイトリンデ嬢。弟が迷惑をかけて大変申し訳なかった。特にケイトリンデ嬢には、婚約の件でも嫌な思いをさせているというのに……。後日その事も含めて、王家側から謝罪の場を設けさせてほしい」
頭を下げるアーネスト殿下を、わたしは急いで押しとどめる。
「そんな、とんでもないです。昔のことはもう忘れましたので、どうかお気になさらないでくださいませ」
2年前の婚約破棄は辛かったけれど、それから色々なことがありすぎて悲しみは引きずらなかった。能力に目覚めて、クリフに出会って、破滅回避のために戦ったり失敗したり笑ったりの毎日で忙しかったものね。
「我々は、イヴォングの見張りをしながら選出の儀まで城内に留まらせてもらうことにした」
「お願いします。私たちは一度王国に戻りますので、後日改めてお伺いします」
「そうか。では気を付けて。また会おう」
殿下と話すクリフの隣で、わたしは2通の書簡の筒を大切にお預かりした。
「国王陛下あてとエリーザ様あてのお手紙、必ずお渡ししておきますわね」
「すまんな。頼んだぞ」
アーネスト殿下に別れを告げ、わたしとクリフは城内のとある場所に向かった。
第1皇妃派閥のローレンツ王子については、すぐに片が付いた。
病弱で部屋に引きこもり、なかなか出てこない王子の正体は――なんと。
「もう終わりましたよ。いい加減、表に出てきて下さい。姉上」
「やれやれ。仕方ないか……」
クリフの呼びかけで、男装姿のローレンツ様が自室から出てくる。
病弱というのは仮病で、金髪の王女様はとても元気そうだ。
18歳とのことだが確かに男装するのには無理がある。さらしを巻いてあれでは、大きめの鎧を着るしかなさそうだ。
察し能力で、実は女性って見た時はとても驚いたのよね。
娘の性別を隠していた第1皇妃ペトロネラ様も罪深いけれど、それは皇帝陛下の意思でもあるそうだ。陛下の遺した文書に、その旨が記載されているらしい。
第1皇妃派閥はクリフ達に協力を約束し、こちらと争う気はないそうだ。
念のため能力で調べてみたが、反意を持つ人はいなかったので大丈夫だろう。
拍子抜けするぐらい、あっさりと事件が収束してしまった。
今回の事件は、第2皇妃派閥のドリスやジェラルド王子が中心に起こしたことなのだろうか。それとも……。
城内の廊下を歩きながら、わたしは小声でクリフに話しかけた。
「――5年前の事件は、ジェラルド王子が仕組んだことではない気がするの」
「何故そう思われるのですか、ケイトリンデ様」
クリフが冤罪を受けて、追放される切っ掛けとなった過去の暗殺未遂事件。
お茶会で倒れたジェラルド王子の飲み物に毒が混入しており、同席していた弟王子のクリフが真っ先に疑われたそうだ。
毒による病、と彼の察し能力の情報にあったのがずっと気に掛かっていた。
現にジェラルド王子は今にも倒れそうな青白い顔でやせ細った様子だ。
まるで、今も毒を飲まされているかのような……
息子を溺愛していると有名なシモーヌ皇妃様は、情報では毒知識持ちだった。
考えたくはないが、いやな結論が導き出されてしまう。
「もしかしたら、ジェラルド様は被害者ではないのかしら。過去の事件を調べ直せば、クリフもご兄弟と争う必要がなくなるかもしれないわ」
「…………きっと、兄上がその辺りの事情についても話してくれるはずです。真実が明らかになれば、処罰の内容も変わってくることでしょう」
言いにくそうに答えるクリフに、わたしは慌てて謝った。
「ご、ごめんなさい! 変なことを言ってしまって……」
わたしは自らの空気の読めなさぶりを痛感した。
部外者が、興味本位に勝手な憶測を言っていいものではない。
それにクリフにとっては、思い出したくない辛い記憶のはずだ。
後悔するわたしの方を向いて、クリフは静かに首を振った。
「いえ。真剣に私の家族の事を考えて下さり、ありがとうございます。…俺だって憎み合っているよりも、できれば歩み寄っていきたいですから」
暗い渡り廊下を抜けると、夏の陽射しがとても眩しく目に飛び込んできた。
◇ ◇ ◇
城門の前には、見知った人たちが集まっていた。
「お兄様、ケイトお姉様! ご無事で良かったです」
「2人ともよく頑張ってくれました。本当にありがとう」
アデーラちゃんとクリフのお母様のエメリーン皇妃様が温かく迎えてくれる。
「お姉様、髪飾りが曲がってますから直しますね」
「ありがとうございます、アデーラ様。皇妃殿下も、お化粧や着付けまでお願いしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
わたしがお礼を言うと、金茶色の髪の王女様は不満げに口を尖らせている。
「前みたいにアデーラちゃんって呼んで下さい~」
その隣で、にこにこと茶色髪の美人の皇妃様が微笑んでいた。
「そうですよ。私の事はお母様と呼んで下さいな。そのドレス、凄く素敵よね。ヒースクリフの衣装と組合わせを考えるのが楽しくって。また今度やりましょう!」
「次は帝国式のドレスも着てみて下さいねっ。お姉様」
「ええっと……はい、わかりましたわ。ぜひ、またお願いいたしますね」
何ともにぎやかなご家族だ。ふと、わたしも自分の家族を思い出す。
昨日は王都にドレスを取りに帰ったけど不在だったし、元気にしているかな。
後ろで、剣と鎧で武装した厳つい顔の男性がクリフと談笑していた。
辺境伯のトウェイン・ダレル様だ。第3皇妃派閥の味方も大勢いる。
こんなにたくさんの兵士を集めてくれていたのね。
「我々の出る幕は無かったようですな。突撃の合図を心待ちにしておりましたが」
「ダレル伯。お気持ちは分かりますが、争いは無いに越した事はありません」
「そうでしょうとも。きちんと心得ておりますぞ、ヒースクリフ殿下」
クリフに窘められ、ダレル伯は苦笑して後ろ頭に手をやっていた。
そうよね。争いなんて、ない方がいいに決まっている。
――だけどまだ、全てが解決したわけではないわ。
3日後の皇帝選出の儀で、帝国は各国の使者たちに重大な発表をするそうだ。
◇ ◇ ◇
わたしとクリフは、ヴァレン王国に戻ることにした。
アーネスト殿下から頼まれた手紙を、早く届けないとね。
辺境にある隠れ家で自分の荷物を取ってから、クリフの部屋に行く。
移動能力を使うために、彼がこちらに手を差し伸べてきた。
「では、参りましょうか」
「ねえクリフ。帝国は、これからどうなってしまうの……?」
国家崩壊という可能性は消えたようだが、この先を思うと不安でならない。
現在、皇族の全員が帝位継承権を放棄している状態だ。
彼のてのひらを見つめながら、そっと指先を置く。
「大丈夫ですよ。案ずる事はありません。ケイトリンデと俺はずっと一緒です」
そう言って、クリフがぎゅっと手を握ってくれた。
手袋越しに伝わってくる体温に、わたしは心が安らぐのを感じたのだった。




