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第18話 悪役令嬢VS悪役令嬢

※能力者ドリス視点のお話です。



 帝都の一市民だったドリスが能力に目覚めたのは、1年前の14歳の時だ。


「この【先読み】能力ってすっごい……! これがあれば天下を獲れるわ!!」


 ドリスは能力で得た知識を元に、どんどんと成り上がっていった。

 まずは珍しい料理やお菓子のレシピを知り合いの商店に売り込んだ。食材によって多少の失敗はあったが、だいたいがうまくいった。


 食品販売が軌道に乗ったら、次に貴族向けに新しい化粧方法やファッションを提案する。奇抜な発想が男爵家の奥方に気に入られ、養女となった。

 

 舞踏会に出席し、それが縁で第2王子の目に留まって交流を始め、半年後には王子の婚約者の身分にまで上り詰める。


 怖いぐらいに、何もかもが順調であった。

(ここまでは能力で見たとおりの展開ね。あたしはひと味違うわよ)


 準備が進み、ジェラルド王子をおだてて次期皇帝の名乗りを上げさせる。

 王子は母親の第2皇妃シモーヌの言いなりなので、皇妃に取り入れば簡単だ。

 今のドリスには協力者もできて、城の内情にも詳しくなっていた。

 

 本日も、王子のご機嫌うかがいに登城している。

 月夜の窓の下、白皙の少年ジェラルドは長い金髪をかき上げ、ワインの入った銀色の杯を傾けていた。


「ドリス。君の力を使えば、本当に帝国の頂点に立てるのかい?」

「フフッ……そうよ。あたしの能力(スキル)があれば世界征服だって可能だわ」

 敬語は使わなくてよいと言われており、ドリスは好き勝手な言葉遣いで話す。


「それは心強いね。頼んだよ、僕の可愛い婚約者殿」

「ええ。全部あたしに任せなさいな、王子様」


 ジェラルドに与するその裏で、彼女はこっそりと彼を嘲笑していた。

(――最後に帝国の頂点に立つのは、あたしの方だけどね。可哀想な王子様)

 

 別室に行き、ドリスは最近知り合ったばかりの他の能力者と連絡をとる。

 その能力者のおかげで、今回の計画が段違いにやりやすくなったのだ。

 こちらから彼に話しかけるには、キーワードである「もしもし」と呼びかければいいだけだ。


『もしもし、イヴォング様。聞こえます? そちらの首尾はどうでしょう』

『ああ。順調さ~。脅迫状を用意して、兄貴が帝国に行くように仕向けたよ』

『感謝します。迎えの者を王国に向かわせますので、イヴォング様も早く帝国に来て下さいね。ドリスは殿下にお会いできるのを楽しみにしております』


『オレ様も早くドリスちゃんに会って、話に聞いた俺TUEEEやチーレムってのを試してみたいな~。世界最強伝説がオレ様の長年の夢でさ、12人の嫁を』

『ドリスもう寝るから明日にしてくれます?』

『あっハイ』


 ぷつりと会話が終了した。

「……あははっ!」

 あまりにも操りやすいバカ王子に、ドリスは噴き出してしまう。


 軽薄なジェラルドでさえ半年かかってようやく信用させたのに、愚鈍なイヴォングは会ったこともないドリスを信じ、うまい話に飛び付いてきたのだ。

 もちろん、夢を叶えてやるつもりなんてさらさら無い。


 イヴォング王子は電波という能力持ちで、たまたま周波数があったというドリスと会話ができたらしい。念じるだけで離れた場所でも話せるのはいいが、会話相手が限られるのであれば使えない能力だわ、と彼女は鼻で笑った。


 現在、帝国各地の領主や同盟国に皇帝選出の儀への参加依頼を出している。

 着々とこちらの描いた計画が進みつつあった。


(各国の王子を集めて逆ハーレム計画!じゃなくて、彼らを人質にして強引にジェラルドを皇帝だと認めさせるの。まさに悪役皇帝ね。そんな横暴をけなげに止めるのが、このあたし。正義の名の元に、聖女ドリスが奇跡を起こすのよ)


 最初に悪役令嬢と名乗ったのは、悪の汚名を被ってでも帝国を平和にしたいがためという事にしている。だが実際にはドリスは王子に脅されて従う、悲劇のヒロインを演じるつもりだ。


 悲劇のような喜劇を締めくくるには、もうひとりの悪役令嬢が必要だった。


「あたしのハッピーエンドのため、尊い犠牲になってちょうだい。ケイトリンデ」


 丸い月を見上げ、ドリスは遠い異界の楽しいおとぎ話に思いをはせた。


 ◇ ◇ ◇


 次期皇帝選出の儀の3日前。

 帝国城で開かれた歓迎パーティに、のこのこと罠にかかった鼠がやって来た。

 招待したのはヴァレン王国の第1王子と悪役令嬢だけだが、入口で護衛を付けさせろと食い下がられ、やむなく1人だけホールへの同伴を認めている。


 広い会場内で帝国貴族たちが談笑しているが、すべて偽装した兵士だ。

 兵士の中には苦労して見つけてきた能力者もおり、準備は整っている。

 これからとある令嬢を断罪し、最終的に全ての罪を被せるのだ。


 扉が開き、ターゲットの少女が姿を見せた。

 ケイトリンデ・ワイルダール。ヴァレン王国の侯爵令嬢だ。


 燃えるような赤い髪をハーフアップにして白い花飾りをつけている。

 華美な装飾品は付けておらず、薄化粧のかんばせに緑色の瞳がエメラルドのように輝いていた。純白のドレスにクリーム色の薄手のショールを羽織っていて、体の曲線からスタイルの良さが窺える。


 ドリスは何だか腹が立ってきた。

(なによその真っ白白の服。悪役令嬢どころか、花嫁気取りなの!)

 おまけに黒髪の凛々しい美形の王子と護衛騎士まで侍らせている。落ち着いた物腰の騎士は兜で顔がわからないが、絶対に美青年に違いない。


 ドリスの周りにもちやほやしてくる男性はいるが、なよなよした軽薄な奴ばかりで全くタイプではなかった。

  

 むかつきつつも、ドリスは計画を実行に移す。

「ケイトリンデ、あたしと取引しましょう?」

「取引…ですか。それはこのような場で行えるような事でしょうか?」

「できるわよ。取引って言っても、ただのお願いだもの。こちらへどうぞ」


 彼らを会場の中央にある円形のテーブルまで案内し、ドリスは席についた。

 アーネスト王子とケイトリンデはおとなしく座席についたが、護衛騎士は警戒するように辺りを歩き回って貴族たちに話しかけている。


(無駄よ。そいつら全員、あたしの味方なんだから)

 内心でほくそ笑み、ドリスはぶどうジュースを口にした。


「あんたのお噂は、かねがね伺ってるわよ。別れの女神サマ?」

「!」


 ケイトリンデについては、イヴォングに話を聞いてすぐにピンときた。

 不思議な力で婚約者同士を円満に別れさせ、別れの女神とまで呼ばれている侯爵令嬢がいると。よく調べさせると、侯爵家を没落の危機から救ったのも彼女だという。紛れもなく、能力者だ。

 

「女神サマは、さぞかしすごい能力をお持ちなんでしょうねえ」

「――貴女は『転生者』なのですか?」


 凛とした声でケイトリンデが訊いてくる。

 不利な状況であっても冷静さを失わない態度に、ドリスはイラッとした。


「へえ、そんな事がわかるの? 中々のもんじゃない。異界からの聖なる祝福と精霊王の寵愛を受ける、あたしの足元にも及ばないけどね」


「でもドリス様は、自称転生者で生粋(きっすい)の現地人で妄想癖ですよね? 中二病というご病気なのでしたら無理はよくないわ。争うのはやめて、話し合いで平和に解決しましょう?」


 ケイトリンデから煽りとも取れる発言が炸裂し、ドリスはブチ切れた。


「ちょっとケンカ売ってるの!? 空気読みなさいよ!!」

 椅子から立ち上がり、円卓をバンと叩く。グラスから飲み物がこぼれ、白いテーブルクロスを赤く染めた。


「あんた、破談にしたイヴォングにかなりの恨みがあるわよね? 復讐のため王子を拉致して帝国に逃亡した悪役令嬢は、皇帝選出の儀に紛れて関係者の暗殺を企むの。そんな悪行ばかりの彼女はついに、ひとりの聖女によって裁かれるんだわ」


「一体何のお話ですか?」

「ハッピーエンドの物語に決まってるじゃない。あははっ」


 怪訝な顔をする侯爵令嬢に、ドリスはせせら笑いながらこう続ける。

「命が惜しければ従いなさい。それが嫌なら――『婚約破棄』よっ!」


 ドリスの合言葉で、会場内が一気にざわめき立った。

 貴族を装っていた数十人の兵士たちが隠し持っていた武器を構える。

 

 そのうち十人ほどが、ケイトリンデとアーネスト王子の周りを取り囲んだ。


「さあ。あたしの掌で踊ってちょうだい。滑稽な破滅の輪舞曲(ロンド)をね」


 悪役令嬢――これからは聖女ドリスと名乗るつもりの少女は自らの揺るぎない勝利を確信し、憐れな令嬢を見下ろすのだった。



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