第17話 悪役令嬢からの招待状
帝国辺境にある隠れ家で迎えた朝。
クリフの真剣な想いを知った嬉しさと、悪役令嬢同士の戦いへの不安とで寝不足のわたしに、さらなる衝撃が待ち受けていた。
「……大変です、ケイトリンデ様。イヴォング殿下が誘拐されたそうです」
「なんですって!?」
朝食後に部屋でクリフからの報告を聞き、わたしは呆然と立ちすくむ。
元婚約者に関する事件の話を、まさかこんな場所で聞くことになるなんて。
今朝、ヴァレン王国のわたしの実家へ定期報告に向かったクリフが、王族からの手紙を受け取ったという。
アーネスト殿下の手紙は、要約するとこう記されていた。
『自室で謹慎中の弟イヴォングが姿を消し、脅迫状が残されていた。王子を返して欲しければ、帝国の次期皇帝選出の儀に参加しろとある。俺は今から帝国に向かうことにした。どうか貴殿らの助けを貸してはもらえないだろうか』
国家を揺るがすほどの大事件に、わたし達は驚くしかない。
「誘拐とか皇帝選出とかって何よ。まさか能力者……ドリスの仕業かしら」
「ええ。王国まで巻き込むとはなんと卑劣な。しかし何故イヴォング殿下が」
「わたし、調べてみるわ!」
すぐに【察し能力】を発動させる。もちろん狙いは王子だ。
◆題名:イヴォングの世界最強伝説(仮)
◆粗筋:王子の夢が今叶う! 帝国で始まる新たなワクワク生活!!
◆部類:高度な妄想
◆重要語句:特殊能力持ち 電波 俺TUEEE予定 チーレム予定 R15は保険
知らない間に内容が変わってる!
またよくわからない語句が増えてる……でも待って。特殊能力持ち!?
「王子にも能力が覚醒したみたい。楽しそうだし、誘拐されたのではなさそうね」
「えっ。能力ですか…それは厄介ですね。帝国側と手を組み、何かよからぬ事を企んでいるのでは」
すぐにアーネスト殿下に連絡したいところだけど、クリフの移動能力では行ったことのある場所にしか移動できないため、王家の馬車を特定するのが難しい。
帝国の近くまで来たのを見計らって、彼に会いに行くことにした。
「殿下の周りでは能力が使えなくなるので、それで判断できると思います」
「その方法があったわね。ねえクリフ、次期皇帝選出の儀ってなあに?」
「帝位を継ぐ場合、通常は皇帝の指名制ですが、不可能な場合は各地の領主を集めての議会による選挙制になります。かつての属国であるヴァレン王国には不戦同盟で参加義務があったはずです」
そういえば、200年前に王国はローレンガルド帝国から独立したと習ったわ。
公用語が同じなのも、昔の名残なのよね。
どちらにせよ、選挙で真面目に皇帝を選ぶとは思えない。
わたしとクリフは嫌な予感がしながらも、アーネスト殿下に会える日を待った。
◇ ◇ ◇
3日後。帝国のひとつ手前の国で、無事に殿下と落ち合うことができた。
こんな短時間で長距離を走れるなんて、王家の馬車が魔鉱具で強化されてるって噂は本当だったのね。
護衛の騎士を人払いしてもらい、3人で馬車内で会話を始めた。
「脅迫状はイヴォングの筆跡だった。これは明らかに罠だろうな」
アーネスト王子の説明に、わたしとクリフは予想どおりだと呆れてしまった。
「はい。どう考えても罠だと思いますわ」
「イヴォング殿下に能力が覚醒したようですが、何かお心当たりはありませんか」
「何だと。あいつにも能力が? そういえば謹慎中に弟の部屋からやたらと独り言が聞こえていた。――離れた場所の者と会話が出来るのかもしれないな」
なるほど。その能力で帝国と連絡を取って出奔したと考えられるわね。
さらに殿下が語ったことによると、ヴァレン王国以外の同盟国にも皇帝選出の儀への参加依頼が届いているそうだ。皇帝陛下の崩御を隠している状態なのだから、各国が怪しいと気付くのも時間の問題だわ。
「昨晩、帝国の使者だと名乗る者からこんな招待状をもらった。どう思う?」
「!」
渡された手紙の文面を見て、わたしは絶句する。
『~歓迎パーティ開催のお知らせ~
新たな皇帝選出の儀を祝して、楽しい宴を開きたいと思います。
ぜひヴァレン王国の悪役令嬢ケイトリンデ様もお呼びいただき、
一緒にご参加ください。開催日はのちほどご連絡いたします。』
「これって……!」
敵に自分のことがばれてしまっている。
思わず血の気が引きそうになったわたしの手を、隣のクリフが握ってくれた。
ありがとう。そうよね、クリフも居てくれるし、しっかりしないと。
「悪役令嬢が何かは分からぬが、ケイトリンデ嬢に頼みたい事がある。どうか一緒にパーティに参加してくれないか。完全とは言えないが、俺の能力で能力者からの攻撃は防ぐことが出来よう。もちろん、クリフ王子にも参加をお願いしたい」
アーネスト殿下の突然の申し出に、執事姿のクリフが頭を下げる。
「気付いておられたのですか。重大な事を隠していて、申し訳ありません」
「いや、何となく雰囲気でそう感じただけだ。気にしなくていい。……それより、随分とそなたらは仲良くなったのだな。良い事だ」
「「えっ?」」
指摘され、わたし達は繋いでいた手を慌ててぱっと離した。
殿下の目の前で、思い切りがっちり握ってしまっていたわ。恥ずかしい!
「エリーザが2人は恋人同士ではないかと話していてな。まさかと思っていたが本当だったとは。ところで最近のエリーザの面白い話なんだが、隣の塀が――」
「…………」
殿下によるエリーザ様話が始まり、しばらく静かに耳を傾ける。
「あ、あの。わたし達、別にまだ恋人では……」
話が終わってから恋人同士という誤解を否定しようとしたら、クリフが笑顔で手を握ってきたので中断した。
うん……なんか圧がすごいわ。これが予備軍の力なのね、きっと。
そのあと殿下と今後の方針について話し合い、運命の日を迎えることになる。
◇ ◇ ◇
ついに歓迎パーティの開催日がやって来た。
アーネスト王子率いるヴァレン王国一行として、わたし達も入城する。
未来も変わったし、この期に及んで帝国内に入りたくないなんて言っていられないものね。少し怖いけど、クリフがいるから大丈夫よ。
さっき馬車から見た帝都の街並みは、煌びやかで整然としていて圧倒された。
でも出歩く街の人は少なく、巡回する兵士の多さが物々しく不穏に感じる。
こんな争いなんて終わらせて、早く平和になってほしいわ。
城で馬車を降りて、中央のホールへ案内される。
わたしとアーネスト殿下と護衛騎士の3人だけが、中に入ることを許された。
会場に入ったわたしの方へ、小柄な少女が一直線に向かって歩いてくる。
「ようこそ帝国へ。あんたが悪役令嬢のケイトリンデね。ずっと会えるのを楽しみにしていたわ」
「初めまして。ケイトリンデと申します」
一定の距離を保ったまま、わたしは一礼して自己紹介をした。
この子が……悪役令嬢を名乗るドリスね。
たぐいまれな才能を見出され、帝国の男爵家の養女になったと情報にはある。
きゅっと弧を描いた細い眉に、青くふちどられた多めのまつ毛、ピンク色の艶やかに光る口紅をつけている。こんなお化粧の仕方もあるのね。
彼女は短い黒髪に黒いレースのヘッドドレスを付け、黒を基調としたフリルたっぷりの丈の短い独特なドレスを着ている。王国ではまず見ないファッションだ。
まるで派手な喪服のようだが、帝国ではこれが普通なのだろうか。
そんな感想を抱いていると、ドリスから文句を言われてしまった。
「なによその白いドレス。全然悪役令嬢ぽくないじゃない。空気読みなさいよ!」
「そ、そんな事を言われましても」
これは昨日家から持ってきた、わたしのお気に入りのドレスだ。
確かに花嫁衣装みたいで、あんまりパーティ向きじゃないかもとはずっと思っていたけど……。
「まあいいわ。ケイトリンデ、あたしと取引しましょう?」
くすりと冷ややかな笑みを浮かべて、ドリスが言い放つ。
わたしは息を呑んで、直前に使った能力について必死に考えを巡らせた。
男爵令嬢ドリスの情報は――――
◆題名:平民少女ドリスの成り上がり奇譚~能力に目覚めたら貴族の養女になり王子の婚約者にもなったので、ついでに帝国の頂点に立ってみる~
◆粗筋:同上
◆部類:高度な妄想
◆重要語句:転生者(自称) 生粋の現地人 中二病 妄想癖あり 特殊能力持ち 先読み
わたし、こんなの相手に一体どうやって立ち向かったらいいの!?




