第15話 ローレンガルド帝国へ
次の日の早朝、わたしは自分の家族に旅立ちの報告をすることになった。
きちんと家族に説明して許しを得てから、というクリフの主張によるものだ。
わたし、何にも考えずに目的地に直行するつもりだったわ……
現在、家族は3人とも領地の屋敷にいたから、クリフの能力で移動した。
他人に話が漏れないように、家の地下にある貯蔵室に集まってもらう。
お父様たちにヒースクリフ王子の身分を明かし、特殊能力のことも伝えると、
「うん………………なんか凄いね」
ウォルトお父様が語彙力を失っておられます。わかるわ、その気持ち。
「僕は気付いていたよ? クリフの言葉って帝国なまりがあったし、似たような名前の王子の話も聞いたことがあったしねぇ。能力については、あれだけ派手に婚約破棄パーティなんかやってたらバレバレだから。今後は気を付けなよ」
おそるべし、腹黒お兄様。もし何かの能力持ちだったら最凶だったかも。
あと、あれは婚約破棄パーティなんかじゃないですわよ。
「ねえ、ケイトリンデも能力が使えるって本当なの?」
「はい。黙っていてごめんなさい、お母様」
「実はね、私の実家にもそんな能力の言い伝えがあるのよ」
「え?」
「今度、調べておくわね」
そう言って、ビヴァリーお母様は赤茶色の髪をなびかせて地下室を出て行く。
クリフはお父様とお兄様に、ふたたび頭を下げた。
「先程も申し上げましたが、ケイトリンデ様の事は必ずや無事に侯爵家にお返しすると誓います。……私の我儘で大切なお嬢様をお預かりすることになり、誠に汗顔の至りでございます」
「そんな事ないわ。わたしがわがままなのよ。クリフと離れたくないの!」
わたしがクリフのそばに寄り添うと、お父様は目を丸くしていた。
「2人とも、ずいぶんと仲良くなったんだね……」
「だから結婚すればって言ってたのに。熱々すぎて見てる方が火傷しちゃうよ」
「う……」
スタンリーお兄様に茶化されて、わたし達は真っ赤になってしまった。
しばらくして、大きなカバンを持ったお母様が部屋に戻ってくる。
「お待たせ。着替えと洗面道具と帽子とお菓子と…夜会用ドレスも持って行く?」
「遊びの旅行じゃないですわお母様!」
今後の事を色々と話し合った後、旅立つわたし達を家族が見送ってくれた。
「クリフもケイトリンデも、気を付けて行ってくるんだよ」
「僕らに手伝える事があれば何でも相談しなよ。帝国に投資するのもいいかもね」
「生水に注意してね。クリフ君の事は秘密にしておくから心配しないで」
「みんな、ありがとう。クリフが守ってくれるから、わたしは大丈夫よ」
それにしてもわたしの家族ってなんて個性的なの。……みんな大好きよ!
「皆様のご厚意、深く感謝致します。出来る限り早く戻れるように努めます」
「それでは、行ってまいりまーす!」
こうして、わたしとクリフは帝国の一歩手前の土地へと出発した。
移動能力を使う寸前、しみじみとした口調でクリフが呟いていた。
「――前々から思っておりましたが、ケイトリンデ様のご家族は本当にお心の広い方ばかりですね。私も見習いたいものです……」
そうかしら? 心が広いのは、絶対にクリフの方だと思うわ!
◇ ◇ ◇
帝国の最北端にある、ダレル辺境伯が治める地。
その国境の山を越えた向こう側に、ひっそりと隠れ家が作られていた。
ここは現在は空白地帯で住民がおらず、今のところ見つかる心配はないそうだ。
わたしは2年ぶりにクリフの家族と再会し、帝国の事を教えてもらった。
王国にはあまり情報が入ってこないため、わたしが知らない事も多い。
クリフもわたしを巻き込まないよう配慮してか、情報を伏せていたのだ。
今はクリフの妹のアデーラちゃんが、わたしの相手をしてくれている。
彼女に教わった事を、確認の意味も込めながら口に出してみた。
「……ヒースクリフ様は、第3王子。そして第1王子がローレンツ様、第2王子がジェラルド様、と。現在は皇帝陛下がご病気で皇太子が決まっておらず、3人の皇妃様の派閥に分かれて後継者争いが起こっているのね」
表向きは病気という事だが、実際は崩御されているらしい。
5年間も皇帝の死を隠し通しているとか。まさかそんな事実があったとは。
「そうです。ケイトお姉様。兄は第2王子暗殺の冤罪をかけられ、追放の身となりました。あの5年前の事件は、第2王子本人による狂言の可能性が高いです」
アデーラちゃん、すっごく成長してる! 13歳なのにわたしより大人っぽい。
輝く金茶色の髪や、クリフ似の整った顔立ちと気品はどう見てもお姫様よ。
これが王家の血筋のなせる技なのね。あやかりたいわ。
クリフの追放後、お母様である第3皇妃エメリーン様は、娘のアデーラ姫を連れて王城を脱出した。各地を転々としながらクリフを探していたけれど、その際に運悪くアデーラ姫が能力者の組織に誘拐されてしまったの。
そこでクリフがわたしと手を組んで救出したのよね。
「あの時のお姉様は、とても格好良かったです! まるで英雄のようでした」
「いえ、わたしは非力ですわ。ヒースクリフ様の方がよほど英雄だと思います」
「それはごちそうさまです。お2人が仲睦まじいようで、私も嬉しいです」
にこりとアデーラちゃんに微笑まれてしまった。別に惚気とかじゃないのに!
クリフの家族と第3皇妃の一派は、ダレル辺境伯の管轄下に身を寄せている。
ここで帝都に戻るための準備をして、奮起の時を待っているそうだ。
「母も兄も、帝位に興味はありません。均衡状態が崩れ、内乱が起きて国が荒れるのを阻止したいのです。第2王子が動いた今、こちらも早く手を打たないと」
「何があったのですか?」
「ジェラルド王子が婚約者を連れて、自らが皇帝になると宣言しました。その婚約者は、自らを『悪役令嬢』だと名乗っているそうです」
「えっ?」
悪役令嬢って、わたしの事じゃなかったの!? 一体どういうこと?
アデーラちゃんの次の言葉に、わたしは息を呑んだ。
「彼女は、男爵令嬢のドリスはおそらく――――『能力者』です」




