第14話 別離と告白
ふと目が覚めて、わたしは自らの失態に青ざめた。
窓からは西日が差し、淹れてもらった紅茶もすっかり冷めている。
「ご、ごめんなさい! お茶会の途中で眠るなんて、何て失礼なことを」
毛布まで掛けてもらっているのに気付き、さらに恐縮するばかりだ。
せっかくの楽しい時間を台無しにしてしまったわ。空気読めなさすぎ!
「いえ。お疲れのようでしたので、お気になさらず。……大切なお話があります。夜にこちらにお伺いしてもよろしいでしょうか」
「夜に? ええ。わかったわ」
どこか神妙な様子のクリフに、わたしも緊張した心持ちでうなずく。
わざわざ改まってするような大切な話とは、一体何だろう。
まさか――――
きっと帝国で、何かあったのに違いないわ!
察し能力の結果があそこまで変わるなんて、どう考えても異常だものね。
わたしがやきもきしているうちに夜がやって来た。
皆が寝静まった頃、執事の少年が姿を現す。
彼は窓のカーテンの隙間から覗く丸い月を見上げ、穏やかな声で話し始めた。
「お嬢様と初めてお会いしたのも、このような月の夜でしたね」
「そうね……そうだったかも」
あの時、わたしはクリフを説得するのに精一杯で周りを見る余裕もなかった。
けれど、ランプの灯りに照らされた彼の表情はよく覚えている。
怒っているような、戸惑っているような、諦めているような――それでも光を失わない、強さを秘めた瞳が綺麗だと思った。
……今だって、とっても綺麗だわ。
クリフはこちらに向き直り、静かに一礼して告げた。
「この2年間、あなたにお仕えして参りましたが、お暇を頂きたく存じます。これまで大変お世話になりました」
「!」
突然の別れに、わたしは息を呑む。
いいえ、こうなることは決まっていたのよ。最初から…ずっと。
「クリフ……帰ってしまうのね。帝国に」
「はい。私は、私の務めを果たして参ります。ご恩は一生忘れません」
「そう、気を付けてね。わたしの方こそ、今まで色々とありがとう」
それ以上、わたしは何も言えなくなった。
別れの言葉が、なかなか出てこない。
笑顔で、見送ってあげないといけないのに。
うつむいて唇をかみしめていると、クリフがそっとわたしを抱きしめてきた。
「あなたをお守りできなくなって、本当に申し訳ありません」
「……っ」
我慢しようと思ったのに、涙があふれてくる。
行かないで欲しい。ずっとそばにいて欲しい。
でも、そんなわたしのわがままを通すわけにはいかないわ。
今は空気を、空気を読むのよ。ケイトリンデ。
「クリフ、わたし――――!」
◇ ◇ ◇
その頃、ローレンガルド帝国では帝位争いの不穏な動きが加速していた。
今まで静観していた、第2王子ジェラルドの一派が立ち上がったのだ。
ジェラルド王子は、長い金髪をかき上げながら婚約者の少女に尋ねた。
「ドリス。君の力を使えば、本当に帝国の頂点に立てるのかい?」
「フフッ……そうよ。あたしの能力があれば世界征服だって可能だわ。全部あたしに任せなさいな、王子様」
短い黒髪に、喪服のようなゴシックロリータ衣装の少女、ドリス。
どこか異質な存在の彼女は、窓の外の月を見ながら冷たい笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
「クリフ、わたし――――帝国にはギリギリ入らずに貴方のお手伝いをするわ!」
「えっ?」
わたしは察し能力で見た内容をクリフにそのまま説明した。
空気の読めない令嬢が訪れると、帝国が滅びを迎えてしまうこと。
国家崩壊して、悪い結末になってしまうこと。
悪役令嬢は……なんだか意味がわからないけど一応言っておいた。
「たぶん、国境の手前までなら大丈夫だと思うの。ほら、アデーラちゃん達がいる辺境の地って条件満たしてるわよね? 大丈夫いけるいける!」
そう力説していると、クリフの気の抜けたような返事がかえってくる。
「はあ」
「ついでに言うと、婚約破棄でざまぁで悲恋なのよ。もう悲しくてじっと待ってるなんてできないわ。わたしも行く!!」
言い放った勢いで、ぎゅっと彼の身体に抱きつく。
…………ん? 抱きつく!? 一体どうなってるのこの状況!!
なるほど。抱きしめられてるのを忘れたまま、力説しちゃったみたい。
空気を読む読まない以前の問題よ。どんだけ脳の回転が鈍いのかしら。
クリフの肩幅って思ったより広いのね…って混乱しすぎでしょわたし!
頭の中が真っ白になっていると、クリフがぎゅっと抱きしめ返してきた。
「どうか悲しまないで下さい。絶対に悲恋になんてさせません」
「ク、クリフ……?」
「ありがとう。あなたに勇気を頂きました。ケイトリンデ様は本当に尊敬できるお方で――そして、俺の愛する人です」
「え……っ」
衝撃の告白に、さっきまで出ていた涙も引っ込んだ。
「……あなたを巻き込まずに済む方法を、ずっと考えていました。この先、あなたを不幸にしてしまうかもしれません。それでも俺を選んでくれるというのならば、命を懸けて守ります」
抱きしめたまま耳元で喋るのやめてクリフ! わたしの心臓に悪いわ。
「一緒に来てくれますか、ケイトリンデ」
どうしよう。嬉しい。わたし、クリフと一緒にいてもいいのね……!
早く、はいって言わないと。
「は、は……っくしゅん」
「…………」
「…………っ」
クリフが肩を震わせて笑いをこらえるのが伝わってくる。
なんでこんな大切な場面でくしゃみが出るかなわたしっ!?
ショックで呆然とするわたしを椅子に座らせ、クリフがお水を用意してくれた。
お手数おかけします…………
「わたし、今なら世界一空気読めないコンテストで1位になれるわ……」
「しっかり。ほら、これを飲んで落ち着いて下さい」
「うう…ごめんなさい」
本当に申し訳ない。
こんな残念なわたしを好きになってくれるなんて、クリフは心が広すぎるわ。
これからもずっと一緒にいられるように、わたしも頑張らないと!
※途中で空気を読まずに帝国側の話が挿入されたのは、作品の仕様です。




