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第13話 破滅の危機、再び



 やがてお茶会はお開きとなり、アーネスト殿下とエリーザ様から声がかかる。


「もし、何かあったらいつでも言ってくれ。出来る限り力になろう」

「また皆で集まって、お茶会をいたしましょう」

 肩を寄せて仲睦まじい様子の2人に、わたしとクリフは笑顔で返答をした。


「はい、ありがとうございます。ぜひお願いします!」

「本日は私のような者まで同席を許して頂き、誠にありがとうございました」



 ふう。やっと終わったわ~。やっぱり緊張しちゃった。

 使用人の控室にポーラを迎えに行く途中、クリフが話しかけてきた。

 

「お疲れ様でした、ケイトリンデ様。――大丈夫でしたか?」

「ええ、何とかね。クリフ、あの時は助けてくれてありがとう。とても格好良かったわよ」


 お礼を言うと、クリフは恐縮したようにうつむく。

「そ、そうですか。不敬罪にならずに済んで良かったです」


「不敬罪はあっちの方よ、クリフは悪くないわ。……少し疲れたわね。帰ったら、貴方の淹れた紅茶が飲みたいかも。お願いできるかしら?」

「はい。喜んで」


 こうして、王子たちとのお茶会は無事に終了した。

 あ。せっかくクリフが同席してたのに一緒に紅茶を飲んでもらい損ねた!

 次こそは、絶対に2人でお茶会をしてみせるからね。


 ◇ ◇ ◇

 

 それから1週間が経過した。

 ひとつの問題が解決し、わたしはほっと一息つく。

 これでさらに破滅回避に近付いた気がする。今日も確認しましょう!


 就寝前の習慣になっている【察し能力】を発動させる。

 最近はずっと変わりばえしなかったので、成果が楽しみである。



◆題名:悪役令嬢ケイトリンデ・ワイルダール

◆粗筋:空気の読めない令嬢の訪れにより、ローレンガルド帝国は滅びを迎える。

◆部類:歴史/悲劇

◆重要語句:婚約破棄 悲恋 ざまぁ 国家崩壊 バッドエンド



「……嘘。どうして」

 察し能力の思わぬ結果に、わたしは絶句した。

 なんで前より悪化しているの? しかも帝国……クリフの故郷が崩壊!?


 怖くなって何度も能力をやり直して確認したが、結果は変わらない。

 不安が押し寄せてきて一睡もできないまま、朝を迎えてしまった。


 翌朝。ふらふらと廊下を歩いていると、執事の少年が駆け寄ってくる。

「お嬢様、どうなさいました。お顔の色が悪いようですが」

「……クリフ」


 心配そうに覗き込んでくるクリフを見て、わたしは悩んだ。

 相談するべきなのか、黙っておくべきなのか。


「何でもないわ。ちょっと眠いだけよ」

「ケイトリンデ様……?」

 笑顔を作ってごまかし、わたしは彼を振り切って廊下を歩き出した。


 クリフは帝国に帰って皇帝になるべき人なのだから迷惑を掛けられない。

 簡単よ――わたしが帝国に行かなければいいだけ。きっと未来も変わるはず。


 一緒に行って彼の手伝いが出来ないのは心苦しいが、何らかの手助けは出来る。

 例えば、クリフの敵となる人物を事前に能力で調べたりすることなどだ。


 わたしは自分にそう言い聞かせ、口を堅く閉ざすことにした。


 ◇ ◇ ◇


「というわけでクッキーを焼いてみたの」

「は?」


 朝食後、わたしはお菓子作りに初挑戦してみた。

 思ったより時間がかかったので、完成したのは午後になってからである。

 少々のことでは動じないクリフが、青い瞳を丸くして驚いている。


「厨房に行かれたと思ったら、そのような事をなさっていたのですか」

「気分転換にね。料理長にも手伝ってもらったから、出来栄えは保証できてよ」


 わたしはそう言ってぱちりと片目をつむる。

 悩んでいても仕方ないので、今を楽しもうと思ったのだ。


 まあ、ただの現実逃避である。

 もはや眠いのを通り越し、ふわふわとした高揚感まで覚えてきてしまっていた。


 2階の自室に焼き菓子を持って行くと、クリフが紅茶を用意してくれた。


「わたしの作った初クッキーなのよ。一緒に食べましょう? 友人なら当然よね」

「……わかりました」


 遠慮する少年を説得してどうにか同席させ、2人だけのお茶会が始まる。


「お味の方はどうかしら、クリフ」

「とても美味しいです。お嬢様の手作りの物を頂けるなんて、感激です」

「それは良かった。もう大変だったの。卵は落とすし粉まみれになるし」


「あの、体調の方は本当によろしいのですか……?」

「別に大丈夫よ。でもこうして、クリフと2人でお茶会ができるなんて、やっとわたしの夢が叶ったわ。すごく嬉しい!」

「えっ…」


 今までお茶に誘っても、職務に忠実な彼に断られるのが常だった。

 主従関係ではなく友人だと何度もクリフに主張してきたが、わたしは彼の友人になることすら出来なかった。何もかもが中途半端だ。

 

 もう少し、仲良くなりたかったなぁ……。いつまで一緒にいられるんだろう。


 寝不足のせいで思考がぼんやりとする中、ゆっくり紅茶を飲む。

 いつもの、ほっとするような温かい味だ。


 向かい側に座る少年に気持ちを伝えるべく、わたしは口を開いた。

「わたし、今までずーっと好きだったの」

「!」


「――クリフの淹れてくれる紅茶が。飲む人の体調を考えて茶葉を変えたり季節によって淹れ方が違ったり蒸らす時間も完璧だしお茶にうるさいお兄様さえ唸らせるほどの絶妙な職人技を毎日のように惜しげもなく披露されて誠に感謝の念に堪えないぐらいわたしは大好きだわ!」


 息継ぎすら忘れて力説していると、がたりとクリフが席を立つ。


「本当に大丈夫ですかお嬢様!? やはりお体の具合がよろしくないのでは」

「そう? 全然元気なんだけど」

「なら良いのですが…」


「ほら、早く座って貴方も紅茶を飲んでちょうだい。――そういえばクリフって、好きな人がいたりするの?」

「ゲホッ」


 質問すると、紅茶を飲もうとしたクリフが盛大にむせていた。

「失礼しました。……それは、ケイトリンデ様の能力でお分かりになるのでは?」


「身近な人には多用したくないの。一度信用した人を疑うみたいで嫌なのよ。よく考えたらこの能力って怖いわね…クリフ、わたしのこと気持ち悪くない?」


 自分でも今さらな質問だと思いつつ、そう尋ねる。


「そんな事は一切ございません。私を絶望から救ってくれた尊き力です。――私の想い人を知りたいのであれば、ぜひその能力を使ってみて下さい」


「やだ。実はわたしの勘違いだったら嫌だもん」

「……?」


 困惑した表情のクリフに、わたしは眠気で目蓋が重くなりながら語った。


「クリフがわたしの事を好きすぎるような気がするけれど、きっと勘違いなのよ。貴方は帝国で皇帝になってご家族と幸せに暮らしてほしいわ。わたしが帝国に行くと絶望的な悪い結末になるから、寂しいけれどここでお別れしましょ……」



 ◇ ◇ ◇



 言いたい事を言い終えたのか、ケイトリンデは座ったまま眠ってしまった。


 邪気のないその寝顔はとても幼く見える。

 大きすぎる力を持っているが、彼女はまだ15歳の少女だ。


 それなのに、彼女はひとりで何もかも抱え込むつもりなのだろうか。

 

(ケイトリンデ様…。私は――――)


 少女の小さな肩にそっとブランケットを掛け、クリフはある決意をした。



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