第11話 あるメイド長の独り言
※メイド長のポーラ視点のお話です。
第2話に名前のみ既出という、出番の少ないキャラです。
クリフ以外の使用人が全く出てこないので書いてみました。
――ケイトリンデお嬢様は、不思議な力をお持ちのお方です。
私、ポーラは16歳の時から侯爵家にメイドとしてお仕えして早12年となりますが、常日頃からそう実感しております。
しかしお嬢様の幼い頃は、空気の読めないご令嬢という印象でした。
性格に裏表がないのは良いのですが、思ったことを率直に仰られるせいで、他者を傷付けてしまう一面があったのです。
ポーラの顔って地味よね、という評価を10歳のお嬢様から頂き、しばらく落ち込んだこともありました。確かに当時23歳の私には浮いた話のひとつもありません。
後でよく話を聞いてみると、もっとお化粧をした方が綺麗になる、と助言をしたつもりだったそうです。分かりにくいです。
お茶会で皆が楽しく話している時に、場にそぐわない発言をされて孤立することもしばしばありました。
そのためお嬢様は親しいご友人を作らず、屋敷で過ごすことが多かったようです。
家庭教師の学習は真面目に取り組んで聡明でいらっしゃるのに、円滑な人間関係の構築となると途端に頭が悪くなるようでした。とても不思議です。
今から2年前、13歳で第2王子イヴォング殿下との婚約が決まり、喜ばしい慶事に侯爵家が沸きました。
お嬢様もマナーやダンスの習い事を頑張ると意気込み、全てが良い方向に変わると皆が確信していたのです。
それなのに。……婚約は、解消となってしまいました。
殿下との初めてのお茶会に付き添った私は、またお嬢様が空気の読めない発言をしてしまったと、内心ひやひやしておりました。
ですが殿下も周囲に令嬢を何人も侍らせており、婚約者への配慮がないご様子。
ケイトリンデ様がご不満に感じてしまうのも理解できます。
お嬢様の可愛いやきもちを許せる、心の広いお方なら良かったのですが不誠実な方でした。不敬だとは思いますが、あれは女の敵ですね。
婚約破棄の手紙が届き、部屋にこもって泣いておられた姿が今も忘れられません。
――それを機に、お嬢様はすっかり変わられました。
他人と話す時、何か手元を見る仕草をしてから、相手を思いやる発言をされるようになったのです。きっと頭の中で懸命に言葉を考えておられるのでしょう。
兄のスタンリー様とも積極的に話すようになり、険悪だった侯爵家夫妻の仲を取り持ち、ご家族の絆が深まりました。私たち使用人もほっと安心したものです。
さらに、王都を騒がせていた詐欺集団の魔の手から旦那様を遠ざけたことで、侯爵家の窮地をお救いになりました。
お嬢様のおかげで皆が路頭に迷わずに済み、とても感謝しております。
友人だという少年クリフを連れてきて、屋敷で雇うと告げた時は驚きました。
彼は身元不明の人物でしたが利発な少年で、家令の厳しい指導に耐え、ものの数か月で執事をこなせるようになりました。護衛もできる優れものです。
本来、令嬢には女性の使用人が付き従うべきですが、お嬢様はクリフをそばに置くと主張し、ベテラン家令のマシュー様は大変困惑しておられました。
嫁入り前のお嬢様に同い年の子供とはいえ男性を侍らせるのは微妙ですからね。
どうすべきか悩むマシュー様と2人で、色々と話し合いを重ねました。
お嬢様のご家族にも相談し、判断を仰いだのです。
結局、クリフにある条件を呑ませたうえで側仕えを許すことにしました。
一定の距離を保つ、不要な会話は慎む、飲食に同席しない、などなど。
そうとは知らないお嬢様が、クリフに友人として話しかけては断られ、寂しそうにしている場面が何度かありました。
お嬢様には真実を伝えてはいけない条件だったため、大変心苦しかったです。
現在、15歳のケイトリンデ様は、美しく可憐にご成長あそばされました。
少々空気の読めない部分は残っているものの、お仕えするに相応しい主です。
早く良いお相手が見つかることを、切に願っております。
お嬢様は身の回りの事をご自分でするようになり、またクリフが常に付き添っているため私の出番が減ってしまったのが残念です。家令のマシュー様も、手が空いたということで領地経営の方へ派遣されることになりました。
侯爵家のパーティのせいで「別れの女神」などと不本意な二つ名を頂いてご立腹のようですが、お嬢様の華麗でスッキリとする仲裁を誰もが期待しているのです。
正直、見物料を取ってもいいと思います。劇場で公演とか。
先日、王家からのお招きでお嬢様が舞踏会に出席することになりました。
ドレスの着付けを手伝い、私もクリフと一緒に馬車でお供をしたのです。
行きはそうでもなかったのですが、帰りはとても不安な表情をされていました。
一体何があったのでしょうか。
そんな矢先に、第1王子のアーネスト様からお茶会のお誘いがありました。
公爵令嬢のエリーザ様もいらっしゃるとのことです。
私も、気を引き締めて王城へと同行することにいたしました。
◇ ◇ ◇
「おっ、ケイトリンデじゃ~ん。久しぶりー。いや今は別れの女神様、だっけ?」
「イヴォング殿下……」
王宮内の通路で、ばったりと嫌な相手に会ってしまいました。
婚約破棄後、お嬢様に謝罪のひとつも寄越さなかった不誠実な王子様です。
ケイトリンデ様は青ざめた表情で足を止められました。
第2王子は行く手をふさぐように、私たち3人の前に立ちはだかっています。
王妃様似のお顔が綺麗とはいえ、冷たい印象の軽薄男です。言葉遣いも変です。
殿下は先日の舞踏会は欠席でした。てっきり今日も王家側で配慮されているかと思ったのですが。
2年前と同じように、殿下は何人もの令嬢を侍らせています。
令嬢の人数が増えていませんか? 12人いるのは何かの冗談ですよねきっと。
せまい通路でぎゅうぎゅうで窮屈そうです。通せんぼのつもりでしょうか。
立ちすくむお嬢様をかばうように、クリフが素早く前に出ました。
「んん~? 何だよ、お前」
「お初にお目にかかります、殿下。侯爵家にお仕えする執事のクリフと申します」
「執事ふぜいが、オレ様に何の用だって?」
「そこを通して頂けませんか。アーネスト殿下とのお約束がございますので」
「んなこと言ったって、ここってウチの城だしぃ。後戻りも面倒なんだけど」
いちいち煽ってくる王子を見ているとイライラします。殴りたいです。
身分の低い使用人では手が出せないこの状況、どうすればいいのでしょうか。
「なあ。キミたちもそう思うだろ~?」
しかし、ご令嬢方から返事は返って来ませんでした。
彼女たちは、うっとりとクリフを見つめています。殿下を完全無視です。
ぽかんと口を開けるイヴォング王子の間の抜けた顔が、たいへん見ものでした。
整った容姿で、貴族のような気品を持つ青年へと成長しつつあるクリフは、周囲の目を引く存在です。どこかの王族だと言われたら信じてしまうかもしれません。
ケイトリンデ様にお仕えする姿は、まるで姫を守る騎士か王子のようです。
そして、気持ちいいくらいにクリフが言い切りました。
「――客人を客人として扱わない者に、王族を名乗る資格などありません」
「なっ」
執事の迫力に、殿下が負けて後ずさっています。
威風堂々と一歩も引かぬクリフの態度を見ていると、もはやどちらが王族なのか分からなくなってきました。王族とは・・・
最初はこわばった表情だったお嬢様も、少し微笑んでいるようです。良かった。
と、そこへ第1王子のアーネスト殿下が姿をお見せになりました。
「イヴォング、何をやっている。今日は部屋にいろと命じていたはずだが」
「あ、兄貴。いや、これは」
「私の客人に無礼を働くなど、言語道断だ。早々に立ち去れ!」
アーネスト殿下が叱り飛ばすと、王子と取り巻きたちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行きました。
後日聞いた話では、陛下からもお叱りを受けて1週間謹慎処分になったとか。
ついでにあの女癖の悪さも何とかしてほしいものです。
あれではいつか、ご自分の身を滅ぼすことになりかねないでしょう。
◇ ◇ ◇
突然ですが、私、ポーラはこのたび結婚することになりました!
ケイトリンデ様のおかげで、良いご縁が見つかったのです。すごく身近に。
28歳になり、このまま行き遅れになるかと思っていたので驚きました。
頑張って、後輩のメイドたちに仕事を引き継がなくては。
お嬢様と離れてしまうのが心残りですが、クリフが居てくれて一安心です。
彼ならば、必ずやお嬢様をお守りして幸せに導いてくれることでしょう。
結婚相手の男性は、王都から離れた領地で働いています。
侯爵家の領地経営や財産管理、当主ご夫妻のお世話をしています。詐欺防止対策が急務だそうです。
12歳上の渋くて格好良くて仕事のできる、昔から私の憧れだったお方です。
また一緒に働けるのが嬉しすぎて、夜も眠れません。楽しみです。
今すぐ参りますから、待っていて下さいね。マシュー様!!




