第1話 侯爵令嬢は空気が読めない
新連載です。よろしくお願いします!
――ケイトリンデ・ワイルダールは、空気の読めない令嬢であった。
「ヴィヴィアンヌ。きみとの婚約を破棄させてもらう!」
「オーギュスト殿下、何をおっしゃるの!?」
それは王侯貴族の集う華やかな夜会での出来事だった。
いきなり王子から破談を叩き付けられた公爵令嬢が、驚きに絶句している。
そんな男女の間に、わたし――侯爵令嬢ケイトリンデは颯爽と割り込んだ。
「お待ちください! その破棄は無効でございます」
「えっ」
わたしの放った一言によりパーティ会場はしんと静まり返る。
王子と公爵令嬢に敬意を払って一礼してから、優しく2人に話しかけた。
「お取込み中、失礼しますね。法律上、お2人とも未成年であり破棄手続には保護者の同意が必要です。また、契約次第では違約金も発生します。ここは弁護人を立てて穏やかに解決されるのが最善かと思いますわ」
「え……?」
「では、皆さま。どうぞパーティの続きをお楽しみくださいませ!」
周囲が唖然とする中、わたしは純白のドレスのすそをつまんで優雅にカーテシーを決めてみせる。よし、これで完璧ね。
うきうきと達成感で満たされながら、赤い長髪をなびかせて会場を後にする。
思わずスキップして鼻歌を歌いたくなってきた。
わたしの理想――空気の読める淑女にまた一歩近付いた気がするからだ。
◇ ◇ ◇
赤毛の少女が去った後、ヴィヴィアンヌはオーギュスト王子に問いかけた。
「あの、殿下。先ほどのご令嬢……今夜の招待客なのですか?」
「いや。僕は招待した記憶はないのだが」
「…………」
2人は顔を見合わせて無言になる。
(あの空気の読めない令嬢は、一体誰なんだ――――ッ?!)
仲違いをしていたことも忘れ、2人は似たような事を心の中で絶叫した。
令嬢の正体は、分からずじまいだ。
城の警備をかいくぐって侵入した不審人物だが、どこを探しても見つからない。
結局、王子の婚約破棄宣言はうやむやになり、2人は仲直りして結婚した。
◇ ◇ ◇
「やったわクリフ。うまくいったみたい!」
わたしはパーティ会場の外で待ってくれていた同い年の友人に、さっそく成功の報告をした。
廊下の柱の陰から、薄茶色の髪をした執事姿の少年が姿を見せる。
「お嬢様。まさか隣国に来てまで、あのような――」
最初クリフは驚いた顔をしていたが、すぐに青い瞳を輝かせて言葉を続けた。
「あのような見事な仲裁をなさるとは。さすがはケイトリンデ様です!」
「貴方が協力してくれたからよ。おかげで周りを気にせず潜入できたもの」
クリフの手助けに感謝し、わたしは先ほどのことを振り返る。
呼ばれてもないパーティに他国の令嬢が乱入して王族にからむなど、非常識きわまりないことだが、これにも立派な目的がある。
あの婚約破棄は口げんかが原因で、王子が短気を起こした突発的なものだ。破棄が成立する前にわたしが間に入り、頭を冷やしてもらった次第である。なお、他国の法律などは知らないので全くの出まかせだ。
「そろそろ帰りましょうか。お願いしますね、クリフ」
「はいっ。お任せを」
白い手袋をつけた右手を差し出すと、彼は恭しくわたしの手を取った。
次の一瞬で景色が変わり、自国にある侯爵家の館へと帰還する。
クリフの能力【瞬間移動】である。彼は他にも【気配消し】【認識阻害】などが使えたりする。
わたしは自室でクリフの淹れてくれた紅茶を飲み、ほっと一息ついていた。
「さっきはうまくいって良かったわ。あの2人が破談になると困るのよね。3年後に王位継承で揉めに揉めて、うちの国まで内乱が飛び火して破滅するから」
「お嬢様は、そのような未来のことも分かるのですね。凄いです!」
「そ、そこまで精度は高くないのよ。わたしの力って大ざっぱなところも多いし」
キラキラと尊敬の目で見つめてくる少年に、わたしは慌てて言葉を返す。
褒められるのは嬉しいけれども、ちょっと恥ずかしい。
2年前、とある事件でクリフと出会ってから彼はずっとこんな感じだ。
忠実な執事としては満点すぎるのだが、友人としては困ることもある。
今も座ってお茶を飲んでいるのはわたしだけで、クリフは給仕役に徹して飲食もせずに立ちっぱなしなのだ。何と言うか、すごく恐れ多い。不敬すぎる。
「いつも言っていることだけれど、誰もいない時には従者のように振る舞う必要はありませんわ。……貴方は、帝国の王子なのですから」
部屋に2人きりとはいえ、最後は小さく告げる。
他人に知られてはならない、絶対の秘密事項だ。
「いいえ。私は追放された身です。一生掛けてでもあなたにご恩をお返しします」
「もう。クリフは本当に真面目ね。恩なら十分返してもらっているのに」
いつもどおりの答えが返ってきて、わたしは苦笑するしかなかった。
でも、わたし――ケイトリンデ・ワイルダールは知っている。
クリフがいつかは帝国に戻り、帝位を継ぐことを。
わたしは自分にしか見えない本、【察し能力】を発動させた。
ぱらぱらとページが開き、知りたい人物の情報が表示される。
わたしの能力で分かるのは、ごく簡潔な4種類の項目のみだ。
その項目についての文章が、目の前に4行ほどでぱっと浮かび上がる。
◆題名:英雄ヒースクリフ・ローレンセンの帰還
◆粗筋:長い旅によって成長した少年は皇帝となり、帝国の内乱に終止符を打つ。
◆部類:貴種流離譚
◆重要語句:追放 帝国の王子 ヒーロー 努力 一途 特殊能力持ち チート
クリフの現在の状況を見て、心の中でそっとため息をつく。
まだわたしと同じ15歳なのに、背負う物が重い。重すぎる……。
2年前にクリフの家族を助けた時、内容が現在のように変化したので驚いた。
どうやら未来が変わると、能力の結果も書き換わるようだ。
――ちなみに、彼との初対面時はこうだった。
◆題名:名もなき暗殺者、クリフ
◆粗筋:侯爵令嬢ケイトリンデの抹殺命令を受け、少年は気配を消して歩み寄る。
◆部類:ダークファンタジー
◆重要語句:少年 スパイ 復讐 美形 最強 特殊能力持ち チート 実は帝国の王子 妹が人質 シスコン
いや、どう見ても設定盛りすぎでしょっ!!
当時のわたしも、心の中で散々ツッコミを入れたものだ。
チートやシスコンなど意味不明な語句もあるが、まあ何だかすごいのは感じ取れなくもない。
こんな相手に命を狙われて恐怖でしかなかったけれど、何とかなった。
暗殺者の少年の正体を言い当てて、説得して味方につけたのだ。
そして2人で力を合わせ、組織に捕まっていたクリフの妹の救出に成功する。
アデーラちゃん、クリフに似てとても可愛い子だったわ。助かってよかった。
今は、彼を護衛兼執事として雇い、目的のために協力してもらっている。
だけど、いつまでもというわけにはいかない。
わたしの目的が達成できたら、次はクリフのお手伝いをしないとね。
まずは、自身の破滅回避から始めなくては。
こつこつと出来ることからやっていきましょう!
「よーし、お次は商業ギルドの不正を何とかするわよ」
「それは良い考えですね。私もお供します」
こうして、わたしの奮闘の日々が幕を開けたのだった。
超ふんわり設定の貴族令嬢ものです。
特殊能力が出ますが、特に能力バトル描写はありません。
【察し能力】のステータス表記方法は、小説家になろう様の(小説を読もう!様の)小説検索結果画面を参考にしました。
※作中の帝国では皇太子以外を「王子」と呼ぶ設定になっております。
ご了承ください。
※本作品はコメディです。どうか広い心でお読みください。