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大ピンチというのは唐突に訪れる その4

「近……寄るな」


 心配して近寄ろうとした彼女を俺は押しとどめる。原因は、多分あの硬かった干し肉とパンだ。


「どうしたの!? もしかして――ゾンビ化の呪いが――」

「ああ、いえ……呪いとかじゃなくて、例えばノロとか……」

「ノロ!? それって呪いじゃないの?」

「あ、いえ……その、ウィルスの名前……いえ、どこから言うべきかな……」


 そう言ってる間にまた、俺は軽くえづく。


「ぐえっ――ぷ……はぁ」

「……病気、なの?」

「は……はい、食べ物が原因の――かな?」


 レネは食べずにすぐ吐き出したあれが原因だろう、と俺は彼女に伝える。


「一応近づかないで……飛沫から感染することもある、から」


 潜伏期間的にノロは無さそうだと思ってはいるが、だからと言ってレネにうつらないとも限らない。それにもしかしたら――あの汚い地下牢の水にノロウィルスがいた可能性も否定できない。それなら、間違っても彼女を近づけちゃ駄目だ。


「――貴方の回復魔法で、治せないのかしら?」


 彼女はそう訊ねてくるが、俺は首を振る。


「うちの異教の神様は……魔法を『飛ばす』こと以外は、普通の回復魔法だけだよ。むしろ、レネのほうが……何か知らない?」

 

 ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる――


「!!」

「大丈夫!?」

「は――いや、あ……あかん」


 腹が――痛い。

 冷や汗が止まらない。これ――やだ、漏れ――


「――ない?」

 

 痛みも気持ち悪さも減ってはいない。しかし――出ない。

 顔を上げると、レネが微妙な顔で俺に向かって手を翳している。


「治癒魔法――かなにか?」

「……私の異教魔法よ。言ったでしょ? 異教徒だって」

「効能は毒の治癒――とか?」


 聞いてみるが、彼女は首を横に振る。


「――あまり言いたくなかったのよね。これはその――清浄の神ベルキラの加護よ。一定時間体内の不浄を排出することなく、綺麗に――何言わせるのよ?」

「……なんとなく予想はつくけど――それもしや『御トイレの神様』か?」

「……そうよ、悪い?」

「いえ、助かりましたわ……」


 女の子の前で漏らすという事態は回避出来た。

別の意味で死ぬところだった。

 そう言えばレネが今まで一回も花を摘みに立ったところを見たことはなかった。

 よほど我慢強いのか、アイドルやヒロインはトイレしない――と思っていたが、まさか、魔法だったのか。


「便利ですけど――そんなものの為に異教徒になったんですか?」

「違うわよ! その――洗礼を受けたらそうだって知ったというか……」

 

 恥ずかしそうに彼女はそっぽを向い答える。


 ぎゅるるるるるるるるるっるるるるるるるうううううううううう!


「おうええええええええ――」


 しかし、痛みと吐き気は収まらない。あかん、死にそう――。


「漏らすのは防げるけど、根本の治療になってないわね……」

「あの、病気治療の神様って――いるんですよね?」

「そう言うのが得意なのは――ああ、そうね。領分的にはピカラ神かしら」


 聞いたこともない神様の名前が彼女の口から出る。


「ピカラは快癒の神よ。病気を取り去り、人々に安寧を与える神なのだけど」

「……そいつは、いや、でもいないよな……使い手は」


 いたとしてとっくにゾンビになっているはずだ。

 しかし、考え込んでいた彼女が不意に顔を上げて、一点を見つめる。


「でも――魔法の力を閉じ込めた治療薬ポーションはあるはず。確か――」


 彼女が指さす方向には、丸い屋根の大きな建物が見える。


「あれが、ゲリノスにあるピカラ支部よ。あそこになら――多分薬があるはず」


     ◆


「おうえええええ――」


 何とかかんとか、ふらつく身体に鞭を打ち、俺は長屋の屋根の切れ目まで来ていた。

 そこまで来て、レネが信じられないことを言い出した。


「じゃあ、行ってくるわね」

「はい……ってえええええええええ!?」

「ちょっと、大きな声を出さないの」


 俺は慌てて口を押える。しかし気持ち悪くて吐きそうなのと合いまって、何を目的にしているかわからなくなる。


「――駄目ですよ。危なすぎます」

「そんなフラフラの貴方に任せる方が怖いわよ。それにほら、建物は目の前じゃない」


 確かにその丸い屋根の建物は目の前にあった。運が良いことに屋根は、その建物の真横まで続いていてくれたのだ。長屋街の中心地にこの建物があった。

 レネ曰く、六大教の中で一番『庶民寄り』なのがこの宗派らしい。


「1Fの高窓がすぐ傍にあるわ。ここから中に入れば――外のゾンビはやり過ごせるんじゃないかしら」

「だけど――中はどうなっているのか」

「それは――これよ」


 そう言うと彼女は地下牢で出した光る水晶体を魔法で呼び出す。


「――先を見てくるわ」


 彼女はそう言うと窓から建物の中に、それを忍ばせる。


「いるけど――数は多くないわ。そもそも支部だったからか、そこまで人数がいなかったみたいね」

「ええと――具体的には?」

「両の指の数よりはいないわよ。芋虫野郎もいない。壁伝いに大きな意匠があるから、ここを足場に降りて、帰りは命綱を付けて戻る。私だけの力じゃ帰りは登れないかもしれないからロープで引っ張り上げて頂戴」

「ええ……でも、そんな力ないかも……」

「先に薬を括り付けるわよ。効果は少ししたら出るから、そしたら引っ張り上げる。これでいいでしょう?」

「でも――」


 もう一度言い掛けたところで、彼女の険しい瞳と視線がかち合う。


「――いい? 貴方には私は貰い過ぎている」

「――」

「それを抜きにしても、貴方が復帰しないとこの先進むこともままならない。私は――確率を上げているだけ」

「――」

「だから出来る限り、力を合わせるの。貴方は命綱であり相棒。わかるわね?」


 俺は、ゆっくりと頷く。


「下は灯りがついてないから分かりづらいけど、広間になってる。つまり、礼拝堂ね。ここには何もいないけど、奥にはゾンビが何体か見えた。私は見つからないようにポーションを見つけてここまで戻る。さあ――やるわよ」

「はい」


 ――よろしい。


 そう言うと彼女は颯爽と、何事も無かったかのように、窓の奥へと消えていった。



人生において3回ぐらいはノロわれたことがありますが二度とごめんだい!

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