大ピンチというのは唐突に訪れる その3
「――げ」
床に座り、装備を確認していたところ、俺はとんでもないことに気が付いた。
「――何があったの?」
「袋に――穴が空いてて、聖結晶が、その……あまりない、です」
装備を点検しなさい、とレネに言われて俺はチェックしていたが、まさかの事態に見舞われていた。
「具体的には?」
「2つしかないです。その――どうしましょうかね?」
「落としたところに心当たりはある?」
「多分――あの時かなあ」
外に杖を取りに行ったときに、ゾンビの攻撃で破けたような音がしたことを思い出す。多分、その時に落としたのだろう。
「だから、外に出ればいくつか落ちてるかもしれませんけど――」
「――難しいわね」
未だ外からは激しく扉を叩く音が鳴り響き続けている。定期的に俺はバリケードを補強していたが――もうそのための家具も底をつきそうだった。
「多分夜明け前までには扉を破壊されるわ。黒杖はどう?」
「まだ――使えないですね」
「じゃあ『散弾』も無理ね。単発じゃリスクがありすぎるわ。最悪、その弾数で乗り切りましょう」
彼女には休んでいる間に俺の攻撃方法の確認と、呼称を決めていた。
そのほうが、いざという時指示もしやすい、と。
「さて、それにしてもまだ喋り方が他人行儀ね?」
「慣れって必要なんですよ。いきなり敬語から友達用にはなりませんて」
「……まあいいわ。さて、じゃあまずは脱出しないといけないけど――」
出口は玄関のみ、勝手口はない。さて――この場合は……。
「出口が無いですけど、どうしましょう?」
「もう一つ、あるじゃない」
そう言って彼女は天井を指さした。
※※※
「うんこらしょ――」
俺が唯一残った椅子と水ガメを足場として重ね、ロープを手に天井へと登る。
二、三度落ち掛けたが、なんとか穴の開いた天井から這い出て、俺は屋根の上に出た。
ロープを垂らし、彼女に呼びかける。
「ちゃんと巻いてくださいね。巻き方は――」
「一度で覚えているわ。しっかり持って――」
彼女は自分に命綱を巻いてから足場に載る――すると――
バキッ――バキィ!
嫌な音が響く。それは足場から――ではなく――玄関の方から響いていた。
「ふんぐっ!」
俺は今出せる全力で彼女を引っ張る。その足に、玄関から入っていた屍者の群れの手が迫る。
寸でのところで――何とか俺は彼女を引き上げた。
「うへっ……ぶへっ……ら、らいじょうぶ……で……」
「貴方の方が、大変そうよ?」
そう言ってレネは俺の背を優しく撫でてくれる。
全身の筋肉がビキビキ言っているけど――少し癒された。
「さて、予想通りだったけど、玄関はもう駄目ね」
ここは想像通り長屋になっていた。遠くまで、同じ高さの屋根が続いている。
「屋根伝いで行けそうね。聖結晶は――諦めましょう」
道を見るとそこは死者の楽園と化していた。そこかしこ、所狭しとゾンビが湧いているのだ。
「――歩いて、行けるところまでは行くしかないわね。作戦としては非常にお粗末で申し訳ないけど」
「仕方ないですね。そもそも、出発の段階からして満足の行く状態でもないですし」
「行先が決まっているだけマシ、かもしれないわね。合流できればいいけど」
ゆっくり、俺達は歩調を合わせて、星明りの中、屋根伝いに先へと進み始める。
屋根の材質はすこぶる悪い。所々穴も開いている。割と高いところから落ちたはずだがそこまで酷い怪我を負わなかったのは、逆に屋根がクッションになってくれていた可能性もある。
間違っても屋根を踏み抜かないように――慎重に慎重に、歩いていく。
「レネ、疲れたら素直に言ってくださ……いや、言ってくれる?」
一瞬不満そうな空気を察して、俺は言いなおす。
「……ええ、正直、まだふらつくわ」
彼女の元々の足取りはすこぶる重い。ただ、脆い屋根の上である現状、スピードを上げてもあまり意味はないから逆に助かっているが。
「ま、この上にいるならそこまでヤバイことにはならない――だといいなあ」
たいていゾンビ物は油断した瞬間、新たな敵が襲い掛かってくるものだ。俺は周囲を警戒しながら進んでいく。
見た目は特に変化なく進むことが出来た。――しかし、敵は意外なところに潜んでいたのである。
ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる――
「……レネ」
「どうかしたの? マクリ――」
ぎゅるるんるるん、ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるるっ――
「まずい――」
気持ち悪いと思った瞬間に、脂汗が一斉に噴き出す。ああ、ヤバイ、これは――
「ぐえ――」
ピー(禁則事項です)
我慢できない何かがマーライオンのように俺の口から迸る。
――。
一瞬意識が真っ白になり――俺は――これが何かを思い出していた。
食中毒――である。
色々やってて更新遅れました。
たぶん日曜日あたりにまた更新します。