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大ピンチというのは唐突に訪れる

「――予想以上ね」

「――ええ」


 俺達は今、市場のある広場前まで来ていた。気を付けながら路地を歩き、最初はゾンビらしきものも見かけず、杞憂かと思っていたのだが……。


「……何のことはない。固まってたのね」


 裏道から広場に近づくにつれ、死者の群れとすれ違い始めたのだ。

 俺はそれをヘッドショットで倒しながらやり過ごした。

 何とか気付かれずに到達した道の先には――とんでもない量のゾンビが待ち構えていた。

 我先に――という風に、ゾンビ達は市場にある『肉』を喰らっていたのだ。

 路地裏に隠れたまま、俺達はその膨大な量のゾンビの様子を窺っている。

 ここに来て、姫の仮説が真実味を帯びてきた。やはり――拡散が早すぎる。


「肉市だったのか」

「肉市?」

「月に2度ある、肉を大量に卸すための市だ。屍者こいつらは血や肉の匂いに釣られたようだな」


 ケイトは答えながら舌打ちをする。


「迂回しますか?」


 俺は小声で姫様に提案する。


「――難しいわね。迂回するとなると大分時間ロスになるわ。その間に、陽は沈む。出来ることならその前に抜けたいけど……」


 彼女が言葉を続けようとした瞬間『ん――』とくぐもった声が上がる。

 俺達の視線は――ケイトに背負われた少女に集中した。


「――……!!!!??」


 混乱するように、一瞬暴れた彼女の足が、運悪くケイトの傍にあった桶に当たってしまう。

カラン――という乾いた音が、響き――奴らの視線がこちらに向くのが分かった。


「走って!」


 俺達は一目散に今来た道を戻り、走り出す。後ろからは――まるで波濤のような足音が響いてきた。


「まずい――」


 走り出してすぐに、追いつかれると確信する。なぜなら――その音が伝播したのかそこかしこの裏路地の住居のドアが開き、ゾンビが飛び出し始めたからだ。


 バシュ! バシュ!


 俺はそれを全部一撃で頭を打ち抜き蹴散らしていくが――


「――あ」


 一体のゾンビが――文字通り『降って』来た。


「姫様!」

 

 二階建ての窓から飛び降りてきたゾンビが彼女に躍りかかったのだ。俺は彼女に駆け寄り――噛まれる寸前にその頭を弾で吹き飛ばす。

 しかし――問題はそれだけで済まなかった。


「げ――」


 次々と、ゾンビが窓から飛び降りてきたのだ。


「避けて!」


 俺は姫を抱きかかえる形で道を転がる。後ろで「姫様!」というケイトの大声が遠ざかっていく。

 痛い――転がる坂道の石畳が俺の全身を打ち付ける。


「いでっ! いだっ! うわちっ!?」


止まらない。きた時とは違う道を転がり続け――裏路地が開けて、抜けると――

 浮遊感――一瞬ふわり、と身体が浮き――すぐに――


「あ、ああああああー!?」


下が――無かった。

俺と姫は――崖のように切り立った壁を見ながら――落ちていったのだった。



※※※



 呆然とした意識が――ゆっくりと戻り始める。


「――ッ」


 身を起こしてみようとすると、痺れたように両腕と背中が引き攣る。

 

「んぎっ――一応……骨はやってない、か」


 全身が痛くて息も詰まるが――徐々にだが、痛みは引いていっている。致命傷は無さそうだ。


「――あそこから、落っこちた、のか」


 そのまま痛みを抱え仰向けになったまま天井を見ると、そこには大きな穴が空いている。

 何処かの民家の屋根を突き破り――俺達はここに――


「レオーネ姫!?」


 俺は慌てて痛みも忘れて起き上がる。

 姫は――


「大きな声を……出さないで」

「姫! ……無事で」


 少し離れた床の上に彼女は俺と同じように横たわっていた。

 良かった、と痛む身体を引きずり、彼女に近づく。


「無事……なら良いのだけれど」

「あ――」


 俺が姫を起こそうと近づいた時、それに気が付いた。

 不自然に姫の腹の辺りから飛び出る――細く、長い杭を。

「これは――」

「落ちるときに、刺さったみたい、ね」


 一瞬で、それが不味い怪我だと分かる。分かるからこそ――一刻も早く治さなければ。


「でも……これ抜かないと不味いけど……」


 刺さったまま回復魔法を掛けても意味はない。傷口が閉じないのだから。

 だけど、一気に抜いたら血が噴き出し容態が悪化するかもしれない。最悪、ショック死もあり得る。


「聖結晶――杖はどこだ!?」

 

 一気に治すなら連続して何回も回復魔法を撃ち込むしかないが、そのための杖と聖結晶はあたりを見渡しても見当たらない。

 確か落ちるときに杖は手に持っていたはずだ。そして、もう一個のあの黒い杖は――


「黒杖は――あるか」


 まだ使用できないが、黒杖は背中にちゃんと収まっている。しかし、これの再使用まで待っている時間はない。

 聖結晶は腰に下げた袋に入っていたはずだ。何処かに落としたとしたらやはり落下中だろう。多分、近くにあるはずだが――あたりを見渡してもそれらしい物は見当たらない。


「探してきます――少し、待っててください」


 答えるのも辛そうに、レオーネ姫は頷く。

 今は俺しか動けないのだから、彼女の命は俺が背負っているのと同じだ。

 ケイトとあの幼女が無事かどうかを考えるが、今は無事を信じるしかない。

 行先は同じなのだから、どこかで合流できるはずだ、と。

 民家の中を改めて見渡す。

 狭い室内は賃貸マンションの一室――1LDKぐらいの広さしかない。


「これ……集合住宅か?」


 落ちるとき下に見えたのは大きな屋根だった。巨大な――多分ここは長屋の内の一部屋なのではないかと思い至る。


「この中にない――ってことは、外か、もしくは屋根の上、だよな」


 落ちた衝撃で飛んだとしたら、他に考えられる場所は今のところない。

 時間はない。姫の顔色がドンドン蒼ざめていく。

 俺はゆっくりと玄関に向かうと、ゆっくりと――音を立てないように扉を開いていく。


「――」


 見えた。屋根の上だったらまずかったが、扉を開けたすぐ先の道路に俺の手にあった短杖が転がっていて、その傍に袋もあった。

 だけど――無数のゾンビも辺りを徘徊していたのだ。


(音を――立てたからだ)


 先ほどの音でゾンビ達がここへ呼び寄せられていたのだ。道路は十体ほどのゾンビがひしめき、虚ろな視線を周囲に向けている。


「――やるしかない」


 気づかれずに行くのは不可能だった。そして、その時間もない。

 俺は一旦扉を閉じると、周囲の物を確認する。よし――

 深呼吸をして、俺は一気に飛び出す。

 一瞬反応が遅れたゾンビ達をしり目に、俺は道路の前の杖と袋を掴む。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ゾンビ達の爪が俺の鼻先を擦る。

 魔法を繰り出している余裕など何処にもない。俺は一気に元来た扉へと飛び込む。


 ――ザシュ!


 何かが避ける音がしたが、気にしていられない。俺は中に飛び込むと、急いで横にあった戸棚を倒し、玄関を塞ぐ。

 ドン! ドン! と激しい音が戸棚を揺らす。俺は更に部屋にあった机や椅子をその前に置いて防壁にする。


「姫――今治します!」


 バリケードを作ってすぐに俺は彼女の元へと向かう。そして、袋の中から聖結晶を一個取り出すと短杖に詰めて――彼女の身体を抱き起こした。


「――!」


 バシュバシュバシュ!


 抜いたと同時に彼女の腹に短杖を押し当て撃ちまくる。

 吹き出す血――肩に食い込む彼女の爪――俺は無我夢中で、空になるまで魔力を打ち尽くした。


「――はっ……あぁ……」

「……大丈夫、ですか?」


 苦しそうに喘ぐ彼女に声を掛ける。


「――え、ええ……」

「良かった……」


 俺は姫を抱き締めたまま、その手を握り――……ん? 抱き締めた、まま?


「あ……すいま……せん」

「……別に、気にしてないわ。必要なこと……でしょう?」


 俺はゆっくりと、彼女の身体を床に寝かせる。


「――大丈夫、ですか?」

「――駄目かもね」

「そんな冗談……じゃないんですよね」

「短い付き合いなのに、分かって貰えて助かるわ……」


 彼女の顔色には未だに生気がない。傷口は治っているはずだが、床に散らばる血だまりを見ると、そもそも血を流し過ぎたのだろう。


「……立ち上がれる気がしないわ。指も――震えてる」


初歩的な回復魔法では血を創り出したりは出来ない。今ある傷を塞ぐ、これだけだ。造血までカバーしている魔法もあるが、俺はそれを習得していない。著しく低下した体力を一気に戻すことなど出来ないわけだ。


「――仕方ないですね。ちょっと、休みましょうか」


 この期に及んでドタバタしても仕方ない。なるようになれ、と俺は彼女の横に腰を下ろした。


「……案外、肝が据わってるのね」


 喧しくゾンビが扉を叩き続けているが、暫くは持つだろう。中に入ってこないなら問題ない。


「気にしたって、死ぬときは死にますからね。一生懸命生きて、死んだらそれまでってことで」


 そう、突然俺に裏切られて死んだ、両親みたいに。




というわけで分断編です。

うまく合流できるかしら。

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